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Enjoy your stay.  作者: ゆう
case.1
4/14

1-4

 ゴゴゴゴ……


 懺悔室全体を震わせるような鈍い音がしばらく続いたかと思うと、始まりと同じく突然、音は止んだ。

 ベンは何事もなかったかのようにすっと立ち上がる。

「ちょ、ちょっと待って!」

 メイジーは慌てて彼を追って外に飛び出し……その瞬間、言葉を失った。

 天井まで続く無機質な壁、電子掲示板、発券機の前に並ぶ列。

 見渡す限り、まるでどこかの入国管理局のような雰囲気。

 ……ただし、行きかう人々の会話の内容は明らかに異常だった。

「それで、ピトック邸に新たに入居者が出たって?」

「まぁ、間違いなくオーバーステイだな。EROに連絡を」

『就労ビザのご延長は、4番窓口までどうぞ。なお現在、公衆衛生局法第362条により、観光ビザの発行は全面的に停止されています』

 スーツ姿の男女が忙しなく行き交う。

 どこから見ても政府庁舎。だが、非常口のピクトグラムには小さな角が生えており、壁の端には「※動物の魂の持ち込みは不可。必ず検疫場へ」といった注意書きまである。

 メイジーは呆然としながらベンに囁いた。

「……ここ、どこですか」

「言ったろ。大使館だよ」

 ベンは涼しい顔で答え、行き交う人波の間をすり抜けて、カウンターに向かう。

「発券機で番号札をお取りになってお待ちください」

「ICEだ。1時にアポがある。聖ケファに繋いでくれ」

 受付の女性はちらりとEROのバッジを見て、眉をひそめる。

「……ああ、例の件ですね。少々お待ちを」

 ため息混じりに内線電話を取り、数秒のやり取りのあと無表情に言った。

「二階の面談室。14番室でお待ちです」

「どうも」

 ベンはバッジをジャケットにしまい、目を白黒させるメイジーの腕を引いて歩き出した。

 LEDに煌々と照らされる明るい階段を『下り』、2Fと書かれた廊下で数人のスーツ姿の男女とすれ違い、青白い顔をして周囲を睨みつける人影が連行されていくのを見送る。

「あれってまさか」

「オーバーステイで取っ捕まったんだろう。まぁ強制送還だな」

 同じように顔を青くするメイジーに、ベンは気にせず14とプレートの貼られた扉を叩いた。

「どうぞ」

「あの……」

「……腰が引けてるぞ。 ったく、レディーファーストだ」

 ベンは質素な木の扉を開き、メイジーの肩を押し込んだ。

「ハイ、ベニー」

 質素な面談室のドアを開けるなり、陽気な声が飛び込んできた。

 立ち上がったのは、浅黒い肌の中東系の男。目の下には深いクマ、着ているスーツは仕立てが良いのに、着こなしにはどこか疲れた風がある。

「……聖ケファ。あんたの管轄か。手際がいいわけだ」

 ベンは肩をすくめながら歩み寄り、互いに軽くハグを交わす。

「おいおい、もうちょっと嬉しそうな顔しろよ」

 冗談めかして笑う男が、次に向き直ったのはメイジーだった。

 少し驚いたように目を見開き、口元に笑みを浮かべる。

「で、こちらのブロンド巻き毛の美人さんは?」

「新しい相棒だよ、FBIのXファイル出身」

「へぇ、なんて羨ましい話だ! こっちは十世紀は勤労一筋だってのに、相手にするのは石のような堅物天使ばかり。……なあ、貞淑の誓いを立てててないなら、今のうちに政府機関から逃げた方がいい」

 差し出された手に、メイジーは一瞬ためらったが、すぐに曖昧な笑みで握り返す。

「メイジー・ロックウッドです。よろしく」

「シモンだ。こっちじゃケファって名前の方が通りがいい」

「……ケファ。岩、ですよね。まさか……聖ペトロ?」

 メイジーの言葉に、男、シモンは目を細めて笑った。

「勉強家だな。最近のDHSには神学の試験でもあるのか?」

「いえ、FBI、前の仕事で少し……それにケファはアラム語ですよね」

「そうそう。ペトロスより古い名だ。こっちじゃ古参だからな。アメリカで気づかれるのは珍しいよ、シスターや神父を除けば」

 そう言って、シモンは手帳をパラパラとめくりながら椅子に腰を下ろす。

「シスターたちなんて、もう長年連れ添った師匠の奥さんみたいなもんだ。説教は長いし、心配性だし、最後にはいつも俺の健康の話になる。なんだっけ、あのベガスのシスター」

「シスターデロリス」

「そう、デロリス! 彼女の歌を聴きにわざわざ皆で観光ビザをとってサンフランシスコまで行ったんだ。フランシスコの奴がやたらはしゃいで……まぁ、この話は今度にしよう」

「……なんだか、想像してた聖人と違いますね」

 メイジーがぽつりとつぶやくと、シモンは大笑いした。

「そりゃそうだ。白いアバヤを着て金の輪っか浮かべてたら、君たちの職質にあうだけさ。……もっとも、昔はそれで通じた時代もあったけどね。今じゃ生身で肩こり持ちの聖人は、SNS映えしないんだよ」

 ベンは腕を組んだまま、笑いをこらえるような顔で二人の会話を眺めていた。

「そりゃいい。聖トーマス教会の聖歌隊のBGMをつけよう」

「馬鹿を言うな。師匠にそんな予算申請書を出したら、エルサレム神殿の物売り並みに激怒される。代わりに経費削減で私も口パクにされるかもしれん」

 調子のいい掛け合いに、メイジーは目を丸くして二人を見比べる。まるで刑事ドラマのワンシーンに放り込まれたような感覚だった。

 しかし、二人がひとしきり笑ったあと、シモンの顔から、目元の皺だけを少しだけ残したまま、ふっと笑みが消えた。

「……さて。本題に入ろうか」

 場の空気が、わずかに引き締まる。



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