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昨夜と同じように、ビーリンを後ろに乗せて、メイジーの愛車は朝の爽やかな空気を残す川沿いの市道をひた走っていた。
ここ、ウェストブリッジ市は、コロンビア川に架かる「ウェストブリッジ橋」を中核に発展してきた小都市である。
市名の由来となった「ウェストブリッジ」は、I-84(州間高速道路84号線)の一部として対岸(ワシントン州側、旧名ルーズベルト)と接続されており、現在の市人口は数万人規模。
I-84が市内を東西および北方向に貫通し、ワシントン州側ではI-82やU.S.ルート97号線とも合流している。
スロットルを軽くふかしたまま進んでいくと、やがて朝の活気に満ちた倉庫街に差しかかった。
トレーラーが警笛を鳴らし、フォークリフトのエンジン音が地面を震わせている。空気には金属とコンクリートの混じった粉塵の匂いが漂っていた。
この街は、成立以来、オレゴン州でも有数の東西南北への物流ハブとして発展してきた。……らしい。というのも、実際のところメイジーもネットで調べただけの知識しか持ち合わせていない。
そんなことをぼんやりと考えながら、倉庫街の外れにある二階建ての近代的なビルの前で、スピードを落とす。
DHS(国土安全保障省)管轄のこのビルの地上階には、CBPやICE(表向きの)が入るフィールドオフィスが併設されており、正面の看板には「ウェストブリッジ市税関ビル」と記されていた。
まだ朝も早いというのに、正面ロビーでは作業服やスーツ姿の人々が活発に行き交っている。
だが、メイジーはそんな人々を横目に、地下駐車場へとバイクを走らせた。
スピード抑制用の滑り止めが敷かれた床をタイヤでキュッと鳴らしながら進み、指定されたエリアへと愛車を停める。
エンジンが止まると同時に、後ろに座っていたビーリンがひょいっと軽やかに飛び降りた。
「ヘイ、ベンの机に春節の爆竹入れておいて。ありったけ」
「テロ容疑で家宅捜索されるのがお望みでしたら」
先に立ち、妙にさまになるしぐさでヘルメットを小脇に歩き始めたビーリンに声をかけるが、彼女は軽く肩をすくめて歩き去ってしまう。
地下のセキュリティゲートに近づき、バッジを翳すと、重々しい音を立てて防爆ドアが開く。
中の小部屋では、暇そうな表情のUSSS職員が側面の詰所から顔を出した。
「おはよう、担当官。今日も時間通りだな」
「ハイ。そっちは寝不足?」
軽口を交わしながら、メイジーは職員にバッジを提示し、通行記録を通す。
彼は手元の装置で背後の防爆ドアを閉め、オフィスへつながるドアを開いた。
「まぁな。あと、できれば明日からは二人一緒にゲート通ってくれよ」
「考えとく。っていうか、セット売りじゃないんだけど」
オフィスのフロアに入ると、案の定というべきか、視線が自分たちに集中する。
「……あの子、誰?」
「課長の娘って線は消えたらしいぞ」
「タカハシがどこかから拾ってきたとか……」
「どおりで独身期間が長いと思った」
「アジア系だから、妹って噂も……いや、違うな」
空調音よりもはっきりとした囁き声が、通路に反響していた。
「おはようございます」
「おう、おはよう」
メイジーはそのまま真っすぐに進み、自分の机にヘルメットを置く。
すでにコーヒー片手にモニターを眺めていたベンが、ちらりと顔を上げた。
「ルームメイトとはうまくやってるじゃないか」
「ええ、とても。AFGEから強権的な命令による精神的被害で損害請求が飛んでくる予定ですから、そのときは覚悟しておいてください」
「そうなったら、総務か法務に投げるさ」
パソコンの画面を追いながら答えるベンにメイジーはかわいらしく頬を膨らませて見せる。
「ふふっ、とてもかわいらしいですね?」
「うひゃっ!?」
振り返ると、ビーリンがいつの間にか先回りして立っていた。
にこやかな笑顔を浮かべて頭を下げる彼女は、金刺繍のされた白一色の上半身と朱色の袴に着替えていた。
「……いつ着替えたの?」
「今しがたです。ロッカールームはこちらですので」
ビーリンは当然のように答え、昨日のうちに開けられていた自身の席につくなり置かれていたラップトップを開く。
「パスワードは?」
「自分の名前。 パスはadminだ。さっさと変えないと毎日のようにシステムの連中から催促が来る」
「ベンはすぐに変えたんですか?」
「変えてない。気が付いたらメーラーが勝手に迷惑メールにぶち込んでくれるようになった」
そういうと、ベンは空のマグカップをデスクに放り、EROのジャケットを肩に引っ掛けて立ち上がった。
「外出ですか?」
「ああ、二人にこの街を案内する」
そういいながら美女と美少女を引き連れてオフィスを通過していくと、まるでショールームでも通るように、同僚たちの視線が揃って動いた。
「案内ですか?」
「ああ、オンボーディングってやつだ」
ベンがバッチをロックにかざしてドアを開けると、中の詰所から警備員の嫌そうなため息が聞こえてきたのだった。




