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DHS(国土安全保障省)がウェストブリッジに購入した、地上二階建ての雑居ビル。
その外観は連邦の公文書保管施設か何かにしか見えず、目立つ看板もないが、通りから出入りする背広や作業服姿の職員はみな真面目そうだ。
だが地下は別物だ。ERO(移民・関税執行局・執行作戦部門)のローカルオフィスがあり、地下駐車場と直結する通路から先は完全な制限区域。
IDのない者は踏み入れられない聖域となっていた。
その無機質な空間に、乾いたヒールの音が響いた。
白い蛍光灯に照らされながら、スーツ姿のメイジー・ロックウッドが、一人、重たい防爆ドアから姿を現す。
無言で停めてあった愛用のストリートバイクに近づくと、サドル脇に置いていたフルフェイスのヘルメットを片手に取る。
と、バイクの鍵を挿すその手が一瞬止まり、思い出したようにバッグから私用のスマートフォンを取り出した。
グローブを外して画面をスワイプ。そこには昼に送っておいたメッセージの返信が届いていた。
>支局に当たってみた。TOC(国際組織犯罪課)の連中が喜んでたよ。
>タレコミ屋には金一封送りたい気分だって。
メッセージアプリに表示されたその一文に彼女は小さく笑みを漏らした。
「楽しそうですね」
「わあっ!?」
不意に背後から声をかけられ、スマートフォンを取り落としそうになりながらメイジーは跳ね上がった。
ヘルメットを抱えたまま、勢いよく振り返る。
「ちょっ……いつからいたの!?」
そこには、まるで風のように現れたビーリンが、バイクの後部シートに当然のように腰かけていた。彼女の特徴的な白と赤の服ではなく、シャツや歳相応のジャケットに短いスカート……一見すると普通にアジア人のハイスクール生に見える私服を着て涼しい顔をしてこちらを見ている。
「先に来ていたのは私ですよ。気づかなかったのはあなたの方です」
ビーリンは落ち着いた口調で言いながら、手にしたヘルメットのバックルを確かめる。
まるで、このバイクが自分の移動手段であるかのように自然な動作だった。
「いやいやいや……いなかったわよ!廊下にもロッカールームにも人の気配なんて」
「音を立てる必要がありませんので」
ビーリンの返しは事も無げだったが、それが逆に不気味だった。
メイジーは額を押さえながら、苛立ちとも呆れともつかない息を吐いた。
「で、なんで乗ってるの?」
「下宿先への道が同じですので。効率的かと」
「下宿……って、あなた……本当に乗せてもらう気だったのね?」
「もちろん。公費で交通費を申請するには理由が必要です」
その理屈にすらならない理屈に、メイジーは頭を抱えるしかなかった。が、次の瞬間には溜息をついて肩を落とし、ヘルメットをかぶり直す。
「……わかったわよ、送ればいいんでしょ。乗りなさい、もう」
「すでに乗っています」
「そうみたいね……!」
苛立ちを込めた言葉と同時に、キーをひねる。エンジンが低くうなりを上げ、ヘッドライトが白く地下駐車場の壁を照らす。
二人を乗せたストリートバイクは、ひとつ息をつくように震えると、次の瞬間には夜の街へと滑り出していった。




