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空中に差し出した手のひらで半透明のキーボードを抑えたベンが先導し、暗い階段と、錆びた扉をメイジーがフラッシュライトで照らし出す。
「それ、なんなんですか?」
「『初めに言葉があった』っていえばわかるか? 集中しろ」
が、ベンがノブに触れた瞬間まるで中から開けるのを待っていたかのように、扉は音もなくゆっくりと開いた。
「こちらはFBI……じゃなかった、ICEです! これより行政令状に基づき物件所有者の同意のもと邸内の立ち入り検査を行います!」
メイジーが手にしたフラッシュライトで室内を照らす。
室内は意外なほど整っていた。
いや、異様なほど整いすぎている。
家具は埃をかぶっている以外は新品同様で、食器や布団、壁に掛けられたカレンダーに至るまで、一分の乱れもない。
それなのに、そこに生活の熱はまるでなかった。
「キャロル・ディアリング号に乗り込んだ沿岸警備隊の気分だ」
「気味が悪いですね……特に何があるというわけじゃないんですけど……なんだか違和感というか」
「違和感を覚えるのは、霊的に空間が維持されれいるからです」
メイジーが小声で言い、ビーリンが囁くように答える。
彼女は部屋の中央に歩みだすと静かに羅盤を手に取り、何かを探りはじめた。
「俺達も探そう。こっちは足が基本だ」
「はい。ベン、あれ……」
室内に踏み込んだメイジーが小声で指差す。
天井の角、古い換気扇の脇に、何かの紙が貼られていた。
ベンがそっと背伸びして引きはがすと、それは黒墨で何かが書かれた中国式の霊符だった。
が、墨はどろりと滲み、触れれば崩れそうなほどに湿気を帯び、文字はもはや判別できなかった。
「幽霊が出るんでオーナーが貼ったのか? ……なら、効果はなかったらしいな」
「いいえ、それなり以上の術師が施した簡易結界の痕ですね。ですが『破られて』います」
ビーリンが近づき、紙片に手を翳す。羅盤の針が、わずかに震えた。
「この建物、外見は二階建てですが、今の気の流れは……明らかに三層以上あります」
「つまり、違法増築か図面に無い地下室か?」
「華僑街ではよくある話ですね……」
「いえ、物理的には存在しないはずの空間が無理やり折り込まれている。鬼打牆に捕らわれたのと似た状態です」
「つまりどういうことなの? 有名な三国志の軍師みたいな人がいたってこと……?」
「……石兵八陣とは全く違います。術理も効果も」
ビーリンが呆れたように息を吐いたその時、奥の部屋からガタリと何かが落ちる音が響いた。
3人がの視線が一斉向けられる。
同時にベンはキーボードを叩き、メイジーがライトを向け、ビーリンは無言で護符を手に取った。
『……离开(去れ)』
「ひっ!?」
「こちらはICEだ。INA214条に基づき、ビザと滞在状況の確認を行う。大人しく姿を見せろ……さもなくば、強制執行に入る」
暗闇に向けてベンが宣言し、メイジーがタンカラーの銃身を揺らす。
『お、おおおおうぅううぅ』
筋肉が勝手に収縮するような低音の唸り声が、骨の芯を打つように響いた。
「な、なに!?」
メイジーが反射的に身を引き、ベンは二人を庇うようにじりじりと身体を動かしながらキーボードをはじいた。
「…………ICE執行官ベンジャミン・タカハシだ。お前を拘束する 」




