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「なんだ知り合いか?」
「不法侵入者です!」
メイジーが鋭く指を差すと、少女は小さく鼻で笑ってから軽く頭を下げた。
「下宿先として紹介された施設に明らかに霊を呼び寄せている隣人がいたので。隣人、ロックウッド捜査官には必要な処置だったと信じています」
「言い訳になってない!」
メイジーはぷるぷると肩を震わせて詰め寄る。
その様子を見て、課長がひとつ咳払いした。
「何があったかは知らないが二人とも落ち着け。タカハシ、彼女は今日から君のチームに合流する」
「彼女が……?」
ベンは手にした紙コップを持ち直し、眉をひそめた。
「DHS職員の募集要項から大卒資格が抜けたのは知らなかった。インターンですか?」
「いや、宗教文化省、霊的安全対策部より出向だよ。台湾政府との国際協力枠だ」
課長が読み上げる書類には、びっしりと漢字と印章が並んでいる。
「……聞いたこともない部署ですね」
「俺もない。だいたい、事前の資料じゃ確か……」
ベンとメイジーが声を揃えて首をかしげるが、少女は小さく笑った。
「霊的な問題は表では語られないものですから。私は、曾美鈴。道士として活動しています。しばらくこちらに滞在しますので、よろしくお願いします」
そう言って、彼女は背筋を正して一礼した。まるで古い時代の礼儀作法のような、慎ましさと洗練された動き。
「台湾内政部からの独立機関でね。元は災害対策庁の一部だったらしいが……今はもっと別なものを扱ってる」
課長は目線を手元の資料から上げずに補足した。
まるで、後は任せる。と言いたげな態度にベンは小さくため息をつく。
「ベンジャミンだ。 そっちは知ってるようだな?」
「ええ、昨夜拝見したバッチに書いてありました。メイジー・ロックウッド捜査官」
メイジーはなおも警戒を解かず、ベンの肩越しからじとっとビーリンを睨んでいた。が、ビーリンはどこ吹く風といった様子で、淡々と裾から手帳らしきものを取り出し、めくり始める。
「ロックウッド捜査官の霊的耐性が予想より脆弱だったので」
「勝手に人の部屋にベランダから押し入って!?」
「勝手ではありません。『依頼を受けた』と解釈しています」
「あー、誰からの?」
「……天意、でしょうか」
少女の返答にベンは額を押さえた。メイジーは今にも頭から湯気を噴きそうだ。
一方で課長は、もうすっかり戦意を喪失した顔でソファに腰を下ろしている。
「ロックウッド。ちょうどいい、これからビーリン君とコンビを組んで現地確認に行ってくれ。華僑街の件を任せる」
「なっ、なんで私なんですか!」
「ベンが引率する。霊的に狙われてるのはロックウッドだけじゃないかもしれん」
そう言って課長は、机の端に積まれた封筒を一つ手に取ってベンに投げた。
「お前宛だ」
ベンが封の切られた封筒を開くと、中には黒ずんだ紙切れと、焼け焦げたような札の破片がジップロックに収められていた。
「今朝届いた際にCBP(アメリカ合衆国税関・国境警備局)が強い霊的構造物だと判断して開封、検閲した際に燃え上がったらしい。内容物の復元は難しいだろうな」
「嫌がらせ以外の何かだったのなら上々ですが」
ベンの呟きに、ビーリンがふわりと微笑んだ。
「お任せください、プロですから」
ベンは微妙な顔で紙片を封筒に戻しながら、ビーリンを見た。
「プロ、ねぇ……」
霊的安全対策部。
容姿としてはニッポンの巫女のような白赤の服装に道教の金刺繍で、とても国家公務員には見えないが、彼女の動作や言葉の端々には、妙に場馴れした風格があった。
道士というより、熟練のSWATやUSSSの隊員を前にしたような威圧感だろうか?
「ベン、私ほんとに行かなきゃだめですか? この子と?」
メイジーの苦情めいた声に、ベンは肩をすくめた。
「俺に言うな。課長の命令と天意らしいからな」
「上司の言葉とは思えないっ!」
ひとしきり騒いだあと、メイジーはしぶしぶビーリンの隣に並ぶ。
身長はメイジーの方が頭一つ分高いのに、存在感の質があまりにも違った。
ビーリンはまるで、周囲の空気を勝手に清めてしまうような静けさを纏っていた。
「車はどちらに?」
「地下の駐車場。運転する?」
「遠慮します。アメリカの交通には不慣れなので」
「あまり新入りをイジメるなよ」
ため息まじりにメイジーが先に部屋を出る。ビーリンがその後に続き、ベンも紙コップを手に寄りかかっていた壁からのろのろと立ち上がる。
ふと、彼のスマートフォンが震えた。
《未登録番号:+886……》
「……中国?」
首をひねりながら通話を取ろうとしたが、ワンコールで切れた。
「ベン!」
番号を調べようとブラウザを開いたが、明らかにイラついたメイジーに呼びかけられて苦笑交じに課長室のドアを閉じたのだった。




