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車窓に映る通りは、まるで何年も時が止まったままのような沈黙に包まれていた。
この華僑街と呼ばれるエリアは、ウェストブリッジ市オレゴン州側の中でも比較的古い地域に位置している。
表向きは中華料理店、漢方薬局、雑貨店が並ぶごくありふれた商業通りだが、コロナパンデミックでアジア系へのあたりが強くなった時期に空き店舗が増え、住民の出入りも少なくなっていた。
「前に来た時より閑散としてるな」
ハンドルを握るベンが、ダッシュボードに視線を移す。ナビに表示された目的地までは、あと数ブロックほど。
「こういう空き店舗が増えると、ドラッグのデポや密入国者の寝床になりやすいんですよね」
助手席のメイジーがぼそりと呟いて後部座席をちらりと見やった。
ビーリンは相変わらず姿勢良く、膝に乗せた無数の方角と象徴が刻まれた羅盤に手をかざしていた。
「あー、何してるの?」
「周辺の龍脈と対応する方角を見ています」
「……あぁ、そう」
苦笑気味に正面に向き直ったメイジーの表情には、FBIで超常現象を信奉する人々を相手にしていた際の諦めの様相がにじんでいた。
やがて目的地に到着し、路上駐車したベンがエンジンを切ると、ビーリンはさっと降車し、建物の外観を見渡した。
目的のビルは二階建ての雑居建築で、1階に空き店舗、2階の窓は黄ばんだ新聞紙で外から見えぬよう目張りされているが、端がカールして今にも剥がれ落ちそうだった。
「オレゴン州不動産管理局の入居記録によれば、店舗が閉鎖してすぐに新しく契約されたが、居住の形跡なし。近隣住人から夜な夜な気配を感じるのに電気のメーターは回っておらず誰も出入りしないと通報が」
「生きた人間がいたらそのままDEAあたりに引き渡すことになりそうだ」
メイジーがPADの内容を読み上げ、ベンが空中に手をかざすが、ビーリンが先に立って小さな布袋から黄色い護符を数枚取り出した。
「いくつか入口に貼っておきます。構いませんね?」
「……止めてもやるんだろ?」
ベンが肩をすくめると、ビーリンはふわりと笑ってビルの入り口に護符を貼っていく。
指先の動きには、儀式というよりまるで舞のような優雅さがあり、護符は風に乗って吸い込まれるように壁へ貼りついた。
「東洋の演舞でもみてるみたい」
メイジーが小声で呟くと、ベンもわずかにうなずいた。
「で、どうするんです?」
「まずは行政令状の権限に基づいて家宅捜索。何もなければそのままIRS(アメリカ合衆国内国歳入庁)に引き継いでオーナーの税務調査だな、まぁ……」
腕を組んだベンが言いかけたときだった。
ビーリンが入り口に貼った護符は唐突に火を噴き、その形を保ったまま『パチッ』という音さえ立てず、ゆっくりと灰へと変わっていった。
灰が静かにアスファルトに落ち、3人の間に緊張が走る。
「歓迎されてないな」
ベンが方眉をひそめて呟くと、ビーリンは表情ひとつ変えず静かに言った。
「ええ、ここには確実に何かがいます」
二階へと続く階段の奥で、まるでそこだけが熱を孕んで揺らめいているかのように空気がわずかに波打った。
肌の内側を逆撫でするような、不快な圧が漂ってくる。
何かがこちらを、明確な敵意をもって見ている。そんな確信があった。
「……面倒だな。死んだことを自認してる不法滞在者ほど話が通じない奴らはいない」




