2-7
次の瞬間、暗闇から目にも止まらぬ速さで何かが三人に飛び込んできた。
それは、悲鳴も警告もなく、闇の中からまるで怒りだけを詰めて投げ込まれたようだった。
だが、それ以上に素早くビーリンの手から霊札が飛び出したかと思うと、何かが符に阻まれて空中で止まり、床に落ちて鈍い音を立てた。
「きゃあっ!」
叫んで尻もちをついたメイジーは、ベンの足元から這い出るようにして、グワングワンと音を立てるソレを見つめた。
「中華鍋?」
「ポルターガイストか、歴が短そうなだけあって芸がないな」
「開火!」
思わず身を庇っていたベンが小さくつぶやき、ビーリンが息を吹きかけた護符をひとつ指先で弾くように放る。
紙片はふわりと浮かび、まるで無音の突風に押されるように闇へと滑っていく。
次の瞬間、朱の火が走り、陰の壁面で閃光のように燃え上がった。
そうして、低い悲鳴が赤々と燃える暗闇からこだました。
「プロトコルを順守しろ! 逮捕が原則だ、消滅させるんじゃない!」
ベンが咄嗟に声を荒げ、半透明のキーボードを叩く。すると印を結ぶビーリンの手が見えない何かに弾き飛ばされた。
燃え上がっていた炎と気配が一瞬でかき消える。が、その痕跡だけが空気に残っていた。
「くそっ、仮に不法滞在でも、問答無用で消滅させたとなれば大使館が黙っちゃいない。俺の首じゃすまないぞ……」
ベンはため息を吐き出し、背後で尻もちをついていたメイジーに、何気なく手を差し出した。
「いいえ、少なくとも消滅はしていません」
そう言って、ビーリンは床に落ちた護符の燃え滓を拾い上げた。
火の粉の名残を指先でたどりながら、目を閉じる。
「残滓が流れて……ここです、ここで死んでいる。プロの殺し屋、少なくとも二人組が家主を射殺しています」
「……不動産記録にはオーナーが変わったとしか。事件にしなかったってことは、仲間内の業者で『片付け』したわけ? 内装ごと、記録も記憶も」
メイジーがどこか気恥ずかしそうにお尻の埃を叩きながら、持っていたPADをスワイプしFBIらしい推論を述べた。
「当てようか? その殺し屋二人は直前にスーツを着て、車のトランクから銃を取り出したんだろ?」
「ハンバーガーや聖書の話はしていませんよ」
「……何の話ですか?」
ベンは取り乱していた自身を反省するように小さく首を振ると、あえて茶化すようにくだらない話を振る、ビーリンも意図を読み取ったのか微笑んで続けた。
メイジーも意図は汲んだようだが……意味が分からず首をひねった。
「アメリカ人ならタランティーノくらい観ておけ」
「……観たことないです。大学でも省庁でも、そんな時間なくて」
少し気まずそうに、だがどこか誇らしげにメイジーは続けた。
「ああ、でもCSIは観ましたよ?」
「CSIの監督してたのか? タランティーノが? 妙なところで詳しいな」
ベンは感心したように呟きながら、空中に浮いていたキーボードのバックスペースを操作して、サングラスに浮かんでいた文字列をかき消した。




