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それ非効率じゃん、と気づいたので手放しませんでした

本日2話目投稿です。

 王都の空を突く白亜の巨塔。かつて国家の富を独占していた王立銀行の跡地に、今はそれ以上の価値を一日で動かす『魔女会本店』が鎮座している。

 その最上階、全面ガラス張りの執務室からは、魔女たちが最適化した「滞りのない王都」が一望できた。


「リネット様、隣国の特使より、例の『精神安定の礼装』の納期を半年早めてほしいと追加の献上品が届いておりますわ。……金鉱山の採掘権、および港湾の使用許可証です」


 情報戦略・広報担当取締役かつ、私の秘書官として報告を読み上げるレクシアが、知的で冷徹な光を宿した眼鏡を指先で押し上げる。


「却下ですわ。行列に並ぶという『コスト』を支払えない客に、我が魔女会の最適化された価値を提供する必要はありません。……特使には、弊社の『待機時間短縮チケット』のオークション会場をご案内なさい。次の方を」


 私の背後では、かつての「魔女」たちが、今やこの国の実権を握る「取締役ボードメンバー」として、万全の体制で数字を弾いている。

 ミレイユの調香は、今や全社交界の『空気』となった。彼女が配合した香気は、あらゆる交渉の場に導入され、人間の闘争本能を適正に減退させる『社会の潤滑剤』として標準化された。

 ドルカのバフ食は、騎士団の兵站ロジスティクスを根底から書き換えた。一食のパンで兵士の代謝を三倍に高め、死傷率を劇的に低下させた彼女の栄養学は、もはや軍事機密に近い。

 レクシアの広報戦略と、モイラの未来視を応用したリスク管理は、市場の混乱を発生前に摘み取り、この国から「不況」という予測不能なエラーを消し去った。

 そして、私の刺繍。

 かつては一針ずつの手作業だった「奇跡」を、私は魔女たちの能力と結合させ、緻密な工程管理へと落とし込んだ。

 私の指先から紡ぎ出される仕様を元に、魔女会直属の職人たちが厳格な品質管理のもとで針を動かす。属人的な『一点もの』だった魔法を、私は『規格化された製品』へと昇華させたのだ。

 教育カリキュラムを整備し、技術を理論立てて継承することで、魔女の力は今や、誰でも、どこでも、一定の対価で享受できる国家インフラへと量産された。


(……聖女の奇跡は、もはや局所的な神話に過ぎませんわ)


 セシル様は今、地方の小さな施療院で、泥にまみれながら活動を続けていると聞く。彼女の「無償の癒やし」という一点突破の感情論は、日常の隅々まで安価に、かつ確実に提供される我が魔女会の「有償のシステム」に、効率の面で完全に敗北したのだ。


「……おい、リネット! いつまで待たせるんだ! 行列の最後尾に並ばせるなんて、僕がアッシュフォード侯爵家の次期当主だと知っての狼藉か!?」


 執務室の重厚なドアを、マナーを完全に無視した勢いで開けて入ってきたのは、学園を卒業して髭を蓄え――ようとして失敗した、相変わらずのケイン様だった。


「あら、アッシュフォード様。予約なしの面会は、通常料金の二十倍を申し受けますが? それとも、受付で弊社の『優先案内オプション』をご購入になられませんでしたの?」

「金なら払う! ……いや、そうじゃない! 今日こそはディナーの約束を取り付けに来たんだ! 前回は『在庫管理』を理由に断られたからな!」

「当然ですわ。その時間は新作のデザイン・デバッグに充てると決めておりますの。私の工数は、一分刻みで数百万の損失ロスに直結いたしますわよ」

「ならそのデザインとやらを、僕の背中にでも刺繍しながら食べればいいだろう! 僕ならどれだけ針を刺しても壊れないし、食事の合間に進捗確認もできる。最高に効率的だと思わないか!?」


 相変わらず、私の合理性を力技でねじ伏せるような無茶苦茶な論理。だが、彼を見るたびに、私の脳内の精緻な計算機が、カタカタと奇妙なエラー音を鳴らすのを感じる。


(……高スペックで、頑丈。毒への耐性も高く、何度実験体にしても壊れない。精神的なデバフへの耐性もAランク……)


 実務的に見れば、彼は代替不可能な『最高級の資産』だ。けれど、彼が私のそばに居続ける理由は、もはやそんな数値化できるメリットだけではない。


「リネット、君は働きすぎだ。効率、効率と言うけれど、たまには無駄な時間を過ごさないと、君の人生が不採算部門になってしまうぞ。……たまには、僕と一緒に『ただの食事』をしろ」

「……ふふ、あははは!」


 思わず、およそ淑女らしからぬ高笑いが漏れる。

 私の周囲は、今や「最適解」しか言わない、計算され尽くした魔女たちで埋め尽くされている。その中で唯一、私の「効率」という強固な城壁に、真っ向から「非効率な人間性」という砲弾をぶち込んでくるこの男。


「アッシュフォード様。……あなたを、我が魔女会の『終身特別顧問』として雇わせていただきますわ」

「特別顧問……? なんだそれは、新しい契約か? それともプロポーズか!?」

「いいえ、リスク管理のための保険ですわ。私の『構造』が冷徹になりすぎ、人間という市場から乖離しそうになった際、それを正しく『非効率』な側から批判する……そのための監視役として、私の隣にいる権利を独占させてあげますわ」

「……相変わらず、可愛げのない言い方だな。だが、契約成立だ。これでもう、死ぬまで僕からは逃げられないと思え」


 夕闇が王都を包み、魔女会の塔に次々と魔法の明かりが灯る。

 階下では魔女たちが、この世界という名の巨大なプログラムを今日も書き換えている。

 目の前では特別顧問が、「次はどこのレストランを予約するか」という、経済的には一銭の価値も生まない、けれど極めて贅沢な会議を一人で進めている。

 私は、再び銀色の針を手に取った。

 私が縫い合わせるのは、もはや布ではない。この世界の、未来そのものだ。

 構造は完璧。

 技術は最高。

 利益は最大化。

 そして――隣には、一生かかっても計算しきれない愛すべきノイズ。


(止める理由が、どこにもありませんわね)


 私は、生涯で最高に「利益の出そうな」微笑みを浮かべ、最後の一刺しを布地に下ろした。


「――非効率すら飲み込んで、初めて組織は完成いたしますもの」


 魔女会は、今日も、そして明日も、世界を正しく、美しく回し続ける。

最後までご利用いただき、ありがとうございました。


本作に価値を見出していただけた場合、評価・感想・ブックマークといった形での投資を歓迎いたします。

いただいたリソースは、今後の展開に最適化される予定です。


なお、本件は市場の反応次第で続編が実装される可能性がございます。

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