魔女たちはこれより国家資産となりました
「エルバート嬢!? 貴様、大罪人を庇うつもりか!」
王太子の怒号。だが、私はその切っ先を一瞥し、周囲の貴族たち――ドルカの食事で判断力が鈍り、レクシアの噂で疑念を植え付けられた「観客」たちへ向けて、通る声で言い放った。
「庇う? いえ、滅相もございません。ヴェノーラ様が禁忌の毒を用いたことは事実なのでしょう? 彼女は紛れもなく有罪ですわ」
ヴェノーラが、意外そうに片眉を上げる。
会場が「やはり断罪か」と安堵しかけた瞬間、私は冷徹な笑みを深めた。
「ですが殿下。問題は彼女が毒を使ったか否かではありません。……その毒が、我が国にとって『利益』になるかどうかが重要なのです」
「……何だと?」
王太子の剣先がわずかに震える。私はその切っ先を、まるで汚れた書類を避けるように扇の先で軽く押しやった。
「殿下、あなたは今、目の前にある数千億の『国家資産』を切り刻もうとしておいでです。自らの感情という、極めて一時的な維持費のために」
「国家……資産だと? この女がか!」
「ええ。彼女の薬理技術、そして人心を掌握するカリスマ。これらを我が『魔女会』が独占管理し、国家のインフラへと組み込めば、どれほどの税収と外貨をもたらすか」
私は壇上の端まで歩き、困惑する貴族たちを見渡した。
「計算もなさらずに損切りを? あなたは一国の次期最高経営責任者として、あまりにコスト意識が欠如しておりますわ。……ねえ、皆様。感情的な死刑執行で、皆様の領地の税率が下がるとお思いかしら?」
貴族たちがざわめく。ドルカの食事で思考が鈍った彼らの脳内に、「利益」という最も原初的な刺激が直接流し込まれていく。
「……それでも、人を傷つけるのは……いけないことです! 毒で人を操るなんて、間違っています!」
聖女セシルが、縋るように叫んだ。その瞳には一点の曇りもない。彼女にとって、理解できない強大なカリスマや、自分たちを脅かす知性は、すべて「毒による操作」という卑劣なカテゴリーに分類されるらしい。
「ヴェノーラ様がなさったことは、人の心への侵略です! 正しい祈りと癒やしこそが、この国を救う唯一の道なんです!」
私は、思わず小さく溜息を吐いた。
「……少々よろしいかしら、聖女様。あなたは彼女が誰かの心を『操った』と断定しておいでですが――一体どの資料を根拠におっしゃっているのかしら?」
「え……? そ、それは……だって、禁忌の薬を使っていたと……」
「彼女が認めたのは薬物に手を出したこと、ただそれのみですわ。それを『心の侵略』と混同なさるなんて、少々、想像力が豊かすぎますわね? それとも、ご自分の理解を超えた他者の優秀さを、すべて『薬のせい』にしなければ、あなたの提唱する『癒やし』の正当性は保てないのかしら」
慈悲深い微笑みを添えて問いかけると、セシルは言葉に詰まり、顔を赤くして震えた。
「そ、そんなつもりじゃ……! でも、毒で人を動かすなんて、間違っています!」
「聖女様。お言葉ですが、感情では国は回りませんわ」
私は歩み寄り、彼女の「正しく、しかしあまりに脆弱な」瞳を真っ向から見据えた。
「あなたの『無償の癒やし』は素晴らしい。ですが、それは人々の自立心を削ぎ、王太子の無能を覆い隠すための『麻薬』に過ぎない。……癒やしで腹は膨れませんし、祈りで国庫は潤いませんのよ?」
「……それでも! 利益のためなら、誰かを踏みつけてもいいのですか!? そんな国、誰が幸せになるんですか!」
聖女セシルが、声を震わせながら壇上で叫んだ。その涙は真珠のように美しく、道徳的には一点の曇りもない。
「ええ。必要なら踏みつけますわ。……その代わり、全員を飢えさせないと保証できるなら、ですが」
私の即答に、セシルは弾かれたように目を見開いた。
「な、何を……」
「聖女様。あなたがその『正しい祈り』を捧げている間にも、市場の穀物価格は変動し、物流の不備で腐っていく食料がありますの。……清廉潔白な理想だけで、数百万の国民の胃袋を満たせるとでも? 感情的な救済と、物理的な生存。どちらがより多くの人間を『不幸』から救うか……算盤を弾くこともできない方に、幸せを語る資格はございませんわ」
会場に、さざ波のような動揺が広がった。
「……正しい、のか……? 彼女の言っていることは……」
「だが……確かに、あの女の言う通りなら、感情で処刑を決める方が危ういのではないか?」
貴族たちの間に、戸惑いの声が漏れ始める。
レクシアが流した「王太子の情緒不安定」という疑念。ドルカの仕込んだ弛緩剤。そして、私の提示した「生存という名の利益」。
それらが混ざり合い、彼らの倫理観を「実利」という名の檻へと追い込んでいく。
「民が必要としているのは、心を満たす光ではなく、明日を生きるためのパンの価格の安定ですわ」
絶句するセシル。私はその隙を逃さず、王太子の足元にレクシアが周到に用意した「失策リスト」の写しを叩きつけた。
「殿下。あなたがセシル様の癒やしに溺れ、政務を疎かにしていたこの数ヶ月。流通は滞り、一部の役人は利権を貪っています。民衆は『無料の癒やし』を喜びながらも、実体経済の停滞に怯え始めている」
「黙れ! 私は正義を……悪を裁こうとしているのだ!」
「正義で決算書は書けませんわ、殿下!!」
私の喝破が、ホールを震わせた。王太子は弾かれたように言葉を失う。
「ヴェノーラ様が排除しようとしたのは、その停滞を招いた無能な一部門。いわば、組織の膿を出そうとしたに過ぎません。彼女の行為は独断ではありましたが、その『動機』は誰よりも愛国的ですわ」
私は最後に、会場の重鎮たち、そしてケイン様へと向き直った。
「これより、ヴェノーラ・レガリア公爵令嬢を、我が『魔女会』の管理下に置くことを提案いたします」
即座に、法務官の一人が「どこの認可も受けぬ私的集団が、国政を語るな!」と声を上げた。私はそれを見越し、一枚の契約書を掲げる。
「魔女会は、王家直轄の『国家戦略特区』としての認可を申請中。さらに、王室監査官――例えばケイン・アッシュフォード様のような清廉な方を、技術監査役として招き入れますわ。彼女の技術を『国家の直営事業』として透明化し、暴走を封じ込め、利益のみを抽出する。……これこそが、魔女の完全な『統治』です」
――沈黙。
「極刑による一時的な感情の発散か。それとも、魔女を飼い慣らすことによる永続的な国家の繁栄か。……選ぶのは、皆様ですわ」
それは、王太子の「正義」が、私の「合理性」に完全敗北した瞬間だった。
結局。処刑は白紙となり、王家は証拠不十分と手続きの不備を理由にレガリア公爵家へ謝罪。婚約は解消され、ヴェノーラは公爵令嬢の籍を残したまま、我が魔女会の「CEO代理」として、表舞台の汚れ仕事を一手に引き受けることとなった。
王太子の評価は地に落ちた。逆に、暴走する王太子を理性で止めようとしたケイン様と、狂える魔女たちを管理し、利益に変えてみせた私こそが「真の統治者」であるという認識が社交界に根付いた。
「……あなた、本当にやるのね。死なせてくれないなんて、最悪の雇用主だわ」
執務室で、ヴェノーラが呆れたように、けれどどこか満足げに微笑む。
「当然ですわ。死はリソースの完全な損失ですもの。……さあ、甘い経営はここまでですわよ、CEO代理。あなたのその猛毒、市場を上書きするための劇薬として、徹底的に使い倒して差し上げますわ」
ミレイユの心。ドルカの肉体。レクシアの情報。モイラの未来。そしてヴェノーラの統治。
バラバラだった「魔女」という名の毒たちが、私という「構造」によって結合した。
(……これで、盤面はすべて揃いましたわ)
私は窓の外、学園の向こうに広がる巨大な市場(世界)を見据えた。
乙女ゲームの結末なんて、もはや過去の遺物。
「さあ、始めましょう。……世界を、私たちの仕様にアップデートする時間を」
私の不敵な笑みが、朝日を浴びて、誰よりも美しく、そして残酷に輝いた。
本日2話投稿です。




