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断罪の夜会を最高の舞台にすることにしました

「……見えた。……処刑。回避不能」


 魔女会の円卓。モイラが震える指で示した水晶には、断罪の場となる夜会の情景が映し出されていた。

 王太子は聖女セシルに完全に依存し、貴族たちは彼女の「無償の癒やし」という名の毒に冒されている。一方で、ヴェノーラへの告発準備は水面下で完了し、彼女は逃げ場のない孤立に追い込まれていた。


「別にいいわよ。……死ぬだけだし」


 当のヴェノーラは、紅茶を啜りながら感情を一切見せない。だが、私はその不敵な横顔を見据え、即座に断言した。


「困りますわね。……あなたはまだ、我が魔女会に多大な利益を生みますもの。勝手に損切りされては、私の計算が狂いますわ。……『断罪イベント』そのものは予定通り実行していただきます。ただし――その結果だけは、私がいただきますわ」


 全員が息を呑む。私の指示は、もはや学生のそれではなく、盤面すべてを掌握する独裁者の軍略だった。


「レクシア様。 内部告発文の文面を微調整してください。罪状そのものは変えず、言葉の節々に『王太子の個人的な執着』と『聖女への過剰な傾倒』を匂わせる表現を混ぜるのです。……告発を正義ではなく、嫉妬に狂った男の醜態へと再定義リフレーミングさせなさい」

「ふふ、読者の視点を誘導するのは私の専門分野よ。……『哀れな王太子』という物語を、国中に配信してあげるわ」


 レクシア様は、知性の光を湛えた瞳の奥で「傑作」を予感し、指先で眼鏡のブリッジを押し上げた。彼女のペン一本で、公爵令嬢の罪状は、王太子の器の小ささを強調するための「額縁」へと成り下がるのだ。


「ミレイユ様。 会場に持ち込む香りに、理性を削り、高揚感を煽る成分を。……王太子が、自分の『正義』に酔いしれて歯止めが利かなくなるように。……彼を、最高に使いにくい暴走個体に仕上げるのです」

「お安い御用ですわ。……彼には、一生分の主役気分を味わっていただきますわね」


 ミレイユは、扇を優雅に揺らしながら、残酷なほど甘い微笑を浮かべた。その香気はすでに、この部屋の空気さえも彼女の意のままに支配し始めている。陶酔した王太子が、自ら絞首台へ登る姿が目に浮かぶようだ。


「ドルカ様。 会場全体の判断力を鈍らせるために、食事のメニューへ『弛緩剤』の配合を。微量で構いません、観客たちが『何かおかしい』と気づく前に思考を停止させ、私たちの演出に同調しやすくするのです。……現場の物理的制圧デバフは、あなたに任せますわ」

「……了解。誰も立ち上がれないくらい、重い空気に沈めてやるよ」


 ドルカは力こぶを作った腕を叩き、静かに頷いた。彼女の「筋肉と食の知識」が組み合わされば、会場全体を無抵抗な「家畜」に変えることなど、造作もないだろう。


「モイラ様。 水晶から目を離さないで。執行宣言が下る『一秒前』――王太子の言葉が、取り返しのつかない決定打となるその瞬間の合図を」

「……分かった。……私の目は、逃さない」


 モイラは、大きく見開かれた両目で水晶の深淵を凝視している。彼女の「未来視」という名の演算機能が、運命の分岐点を一ミリの狂いもなく特定しようとしていた。


 そして。私は円卓の端で、不機謙そうに腕を組んでいた「正義の象徴」へと視線を向けた。


「ケイン様。 ――あなたには、この劇の正当性を担っていただきますわ」

「……僕を、その胡散臭い芝居に加担させる気か?」

「いいえ、あなたは何もしなくて結構です。……ただ、いつも通りのケイン様として、その場に立っていてください。……王太子の暴走を、たった一人で止めようとして、そして力及ばず絶望する。……その姿を、観客に見せつけるのです」


 ケイン様はしばし沈黙し、やがて深く、重い溜息を吐いた。


「……つまり、僕は『正気の観客』になればいいんだな。……暴走する王太子と、それを諫める僕。……どちらが正しく見えるか、民衆に選ばせるために」

「ええ。……これほど信頼に足る資産は、他にございませんもの。……褒め言葉として受け取っておきますわ」


 ケイン様は、私の「資産」という言葉に隠された冷徹な打算を感じ取ったのか、苦虫を噛み潰したような顔で、しかしどこか抗いようのない力に屈するように視線を落とした。


「……君の隣にいると、自分の『善意』さえも誰かの書いた帳簿の一部に思えてくる。……恐ろしい女だ」


 吐き捨てられた言葉は、私にとってはこの上ない市場評価。

 彼が不本意であればあるほど、その「正義」という商品価値は跳ね上がるのだ。


「……で、私は?」


 ヴェノーラが、空になったカップを傾けたまま問いかけた。その声音には、死を待つ者の悲壮感など微塵もなく、ただ純粋な興味と、ほんの僅かな愉悦が混じっている。


「あなたは被害者を演じていただきますわ」

「……被害者?」


 心底不名誉だと言いたげに、ヴェノーラが眉を寄せる。私はその鋭い視線を真っ向から受け止め、扇で自らの口元をなぞった。


「ええ。理不尽に断罪される、孤高の公爵令嬢。……そして、その裏ですべてを理解した上で黙認している黒幕です」


 一瞬の沈黙。サロンの空気が、物理的な重さを伴って静止する。

 やがて、ヴェノーラの口元が、獲物を仕留める直前の獣のように愉快そうに歪んだ。


「……なるほど。わたくしの処刑すら、利用する気なのね」

「ええ。あなたの『死』という物語は、市場における最大の広告価値を持ちますもの。王太子という旧弊なシステムの機能不全を証明し、観客に『真の支配者は誰か』を刻みつける。……これほど費用対効果に優れた舞台装置は他にありませんわ」

「……狂ってるわね、あなた」

「お褒めに預かり光栄ですわ。狂気と呼ぶか、徹底した合理性と呼ぶかは、明日の歴史が決めればよろしいのです」


 ヴェノーラは、ゆっくりと音もなくカップをソーサーに置いた。その動作一つにさえ、周囲を平伏させる絶対的な覇気が宿っている。


「いいわ。その舞台、乗ってあげる。……ただし」


 細められた瞳の奥で、深淵のような魔力が渦巻いた。


「つまらない結末なら、あなたごと壊すわよ。……わたくしを売って得た利益、墓場まで持っていけると思わないことね」

「当然ですわ。損失ロスの出る舞台など、最初から設計いたしませんもの。……あなたの価値を誰よりも高く見積もっているのは、私ですわよ、ヴェノーラ様」


 私は一歩も引かず、むしろその「破滅」の気配を楽しむように言い切った。そしてゆっくりと立ち上がり、冷徹な微笑を浮かべる。


「――処刑、予定通りですわ。最高に劇的なステージを整えましょう。……正義も、きちんと適正配置ポジショニングしておきますわね」


 高笑いが、円卓を包み込む。

 断罪の夜会は、もはや彼女たちの破滅の場ではない。

 それは、旧時代の権威を解体し、新たな「魔女による統治コーポレート・ガバナンス」を市場に知らしめるための、壮大なデモンストレーションへと書き換えられたのだ。



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