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美貌の魔女に組織の統治を任せました

(……そういえば、見覚えがありますわ)


 私は、ヴェノーラがテーブルに置いた薬品瓶を、透かすように見つめた。

 ガラス越しに揺れる液体。その独特の粘度、光を吸い込むような深い沈殿。

 記憶が、転生直後のあの日――平穏な令嬢生活を投げ捨て、なりふり構わず「生存戦略」に手を染めたあの日へと遡る。


「……ヴェノーラ様。この紋章、見覚えがありますわ。少し前に私が手に入れた『眠り薬』……あなたの作品ですわね?」


 ヴェノーラは一瞬沈黙し、やがて優越感を孕んだ吐息とともに鼻で笑った。


「ああ、あれね。市場に流した初期の試作品よ。……出来損ないの劣化コピーだけど、よくそんなゴミを後生大事に使っていたのね」

「なるほど。だから、私のような『ただの令嬢』の手元にまで届いたのですね」


 私は心底納得した。あの薬は劇的と言っていいほどの効きの良さではあった。

 だが、あれは完成品ですらなかったという。しかし、設計思想だけは紛れもなく、目の前の怪物のものだったのだ。


「本物はわたくしにしか作れないわ。市場に出回っているのは、わたくしのラボから盗み出されたデータをもとに、無能な輩が模倣したカスみたいなものよ。……あなた、自分が何を使っていたか分かっていたの? あの薬、調合を一歩間違えれば、対象の脳を焼き切る猛毒よ。そんなものを、愛しい者に使おうとしたの?」


 ヴェノーラの嘲笑に、私は一切の動揺も見せず、淡々と紅茶を啜った。


「ええ。そんなものをケイン様に投与するほど、私は無計画ではありませんわ。」

「……は?」

「あの日、あなたの『試作品』を手に入れた後、私はすぐに地下室でラットを用いた致死量と持続時間のサンプリングを行いました。……結果、対象の体重に対してこの分量であれば、一時的な意識混濁と記憶の欠落に留まると算出したのです。……まあ、少々毛並みにツヤが出すぎるという副反応はありましたが、許容範囲内でしたわ」


 私が淡々と実験データを読み上げるように告げると、ヴェノーラは一瞬、呆れたように天を仰いだ。


「……あきれた。あの切羽詰まった状況で、わざわざ対照実験を済ませていたの? 毒殺未遂の前に、治験を行う悪役令嬢なんて聞いたことがないわ」

「あくまであの時の私に毒殺するつもりなんてありませんでしたもの。それに、想定外の死亡ロスは、経営計画における最大の不祥事ですわ。 確実に『動けなくする』。その一点において、あなたの薬は……たとえ劣化コピーであっても、私のシミュレーションに合致する唯一の有効資産でしたわ」


 ヴェノーラの瞳の奥で、私を「獲物」としていた猛禽の光が、静かに「同類」を見出した悦びに変わるのを私は見逃さなかった。

 倫理でも感情でもない。自分自身の身の安全ですらなく、ただ「結果」という数字のみを信奉し、毒を盛る前にすらコストを惜しまないこの狂気。


 彼女は理解したのだろう。目の前の私が、必要とあらば自分自身すら「消耗品」として計上し、勝利という決算書を書き上げるためにすべてを捧げる人種なのだと。


「……わたくしと同じね。自分の命すら、目的のための『経費』だと考えている」

「光栄ですわ。……さて、ヴェノーラ様。いつまでそんな席に座っていらっしゃるの?」


 私は立ち上がり、窓の外――学園を、そしてこの国を飲み込もうとする夕闇を見据えた。


「あなたのその技術。すでに市場に断片が流れていますわね」

「……それがどうしたの? 偽物なんて、本物の敵じゃないわ」

「いいえ、ヴェノーラ様。放置すればいずれ模倣され、ノイズが混じり、あなたの価値は安っぽく劣化する。……何より、非効率な独占は、いずれ外部からの『破壊ハッキング』を招きますわ」


 ヴェノーラの眉が、わずかに跳ねる。私は彼女の「逃げ道」を一つずつ、事務的に塗りつぶしていく。


「ですが、私の傘下に入れば話は別です。あなたの技術を、あなた以外が再現できないブラックボックスのまま『規格化』し、魔女会の管理下に置く。……あなたの唯一性を、私が法と構造で守り抜いて差し上げますわ」


 これは提案ではない。

 現状維持を選べば「劣化」し、私を選べば「支配」が手に入る。……詰み(チェックメイト)だ。


「……何が望み?」

「CEO代理――組織の統治を任せたいのです。 ……私の設計する構造を、冷酷に、確実に現実に適用する実務の最高責任。意思決定の最終ラインを、あなたに預けたいのです。責任も、権限も、すべて」


 ヴェノーラは、手にしていた薬品瓶を弄ぶのをやめ、ゆっくりとその手を取った。その掌からは、依存性成分を含んだ微かな熱と、逃れられない契約の重みが伝わってくる。


「いいわ。あなたの描くその稚拙な地図を、わたくしが『支配の仕様書』に書き換えてあげる。……せいぜい、私を飽きさせないことね」


 ミレイユの『心』。

 ドルカの『身体』。

 レクシアの『情報』。

 モイラの『未来』。

 そして――ヴェノーラの『統治』。


 バラバラだった「魔女」という名の毒たちが、私という「構造」によって結合し、巨大な意思を持つ生命体コーポレーションへと進化した。

 その瞬間。彼女たちはもう、ただの「個」としての魔女ではいられなくなった。


(……完成しましたわ。世界を上書きする、不可避のシステムが)


 私は、満足げに窓の外を見下ろした。

 もはや、聖女の奇跡も、王太子の寵愛も、この巨大な「仕様」の前では誤差に過ぎない。


「――これで、世界は私たちの仕様スペックになりますわね」


 私の高笑いが、静寂のサロンに、福音のように響き渡った。


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