美貌の魔女の正体を見抜きました
私の執務室の机には、試作品の数々と、それらがもたらした莫大な受注票が積み上がっている。
ミレイユの調香による『精神安定の香り袋』は、貴族間の交渉成功率を三割向上させたとして、各家から独占契約の打診が殺到。
ドルカが開発した『身体強化保存食』は、騎士団の訓練効率を倍増させ、既に軍部が正式採用を検討している。
レクシアの設計した情報流通モデルは、流行の発生から拡散までの時間を半減させ、「売れる前に売り切る」という現象すら引き起こした。
そして、それらすべてに、私の刺繍が挟まっている。ミレイユの香り袋には効果増大の刺繍を。ドルカの保存食は布にすることにより、刺繍を施しているうちは保存の魔法がきき、それの糸を切れば開封できる、いわゆるレトルトパウチのようになっているのだ。
そして、モイラの未来予測により、これらすべての供給と流通は失敗しない前提で設計されている。
在庫過多、機会損失、価格崩壊――本来なら発生するはずのあらゆる損失は、発生する前に切り捨てられた。
もはや私たちのビジネスに、偶然というコストは存在しない。
『誰でも扱える規格』へと落とし込むことで、魔女という「個」への依存から脱却する。
この標準化戦略は、予想を遥かに上回る速度で市場を席巻した。
いまや、私の魔女会は単なる互助会ではない。下部組織として、加工を担う職人や流通を管理する学生たちが集い、一つの「巨大な利権」へと膨れ上がっている。この学園で、私の許可なく「奇跡」を享受することは、もはや不可能なレベルにまで。
誰でも使える。
誰でも再現できる。
誰でも利益を生む。
だからこそ――
(一点の奇跡だけは、まだ手の中にありませんのよね)
規格化された力は強い。だが、それはあくまで「平均値」を押し上げるもの。
市場を支配するには十分。けれど――市場そのものを“ねじ曲げる存在”には、まだ至っていない。
その欠落を、私の思考は正確に認識していた。
――そして。この「急速な勢力拡大」が、ついに学園の頂点に君臨する真の捕食者を動かした。
学園主催の定期夜会。きらびやかなシャンデリアの下、その「存在」が現れた瞬間、空気が物理的に凍りついた。
美貌の魔女、ヴェノーラ・レガリア公爵令嬢。
これまで私の招待を一度として受け入れなかった彼女が、今宵、自らの主催する夜会へと私を招き寄せたのだ。
彼女が一歩歩くたびに、人々は吸い寄せられるように道を開け、視線を奪われる。それは、ミレイユの「魅力」のような情緒的なものではない。捕食者を前にした生物が、本能的に抗うことを放棄したような――「支配」の完成形。
(……異常ですわね)
私は壁際でシャンパングラスを傾け、冷徹にその光景を観察した。
(これは好かれているのではありません。脳の判断機能が、外部から強制的に歪められている……。私の魔女会が提供する『商品』と同系統ですが、より直接的で、抗いようのない生理的な強制力を感じますわ)
「……リネット、見ない方がいい」
背後で、モイラが震える声で囁いた。
「あの人……未来でも止まらない。私が視るどんな分岐点でも、彼女は常に頂点にいて、周囲を壊し続けている。……リネット、あの人だけは『最適化』できない。関わったら最後、飲み込まれるよ」
「……唯一の対処不能枠ですか。ふふ、ますます興味深いですわね」
「あんたねえ……」
ドルカの呆れ声を聴きながら、私はあえて、その支配の結界の中へと踏み出した。
「お初にお目に掛かります、ヴェノーラ様。……素晴らしい美貌ですわね。会場の魔力密度が、あなた一人を中心に再編されていますわ」
「あら……あなた、面白いことをしているわね。リネット・エルバート」
ヴェノーラが足を止め、私を見下ろした。その瞳は、深淵のように暗く、冷たい。
「怪しげな魔女たちを囲って、おままごとでもしているのかしら?」
「いいえ。非効率な市場を、私のロジックで『整備』しているだけですわ」
周囲が息を呑む。規格化された「商品」で学園を染め上げつつある新興勢力の長に、美貌の魔女が初めてその興味を向けた瞬間だった。
そして、至近距離で対峙して、私は確信した。
(肌の質感、血色、呼吸の周期……。すべてが生物学的な最適値で固定されていますわ。なるほど、個体としては、これ以上ない完成度ですわね。ですが――だからこそ、非効率。)
私は、眩いばかりの彼女の肌を見つめながら、冷酷にその「欠陥」を突いた。
(この美しさは、彼女一人に依存している。再現性がない。拡張性もない。市場を支配するには、一点の奇跡では足りませんわ。必要なのは――誰でも扱える形に落とし込まれた構造。……ですが、この精度。この完成度。……絶対に逃がすわけにはいきませんわね)
私は扇で口元を隠し、彼女の耳元で密やかに囁いた。
「ヴェノーラ様。……その美しさ、生まれ持ったものではありませんわね。……『作って』おりますの?」
一瞬、彼女の完璧な仮面が、ピシリとひび割れた。
「……そしてそれは、あなたにしか扱えない完成品。違いまして?」
「……量産してどうするの? わたくしは勝つために作ったのよ。配るためじゃないわ」
ヴェノーラの冷たい拒絶。一点モノの誇り。だが、私はその「独占欲」さえも、ビジネスの論理で塗りつぶした。
「もったいないですわね、その技術。私なら、誰でも使える形に落とし込んで差し上げられますわ。……そうすれば、この国ごと支配できましてよ?」
ヴェノーラは、初めて私を「同じ種族」として認識したような、鋭い視線を突き返してくる。
「……気づくの、早すぎない? 退屈な学園だと思っていたけれど、とんだ『毒虫』が紛れ込んでいたものね」
美貌の裏側に潜む「薬師」の顔が、わずかに覗いた。
一点モノの天才と、世界を規格化しようとする商女。
「独占する支配」と「流通させる支配」。
二つの異なるロジックが、夜会の中心で静かに火花を散らした。




