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Hermit【改稿版】  作者: ひろたひかる
心の扉を開けたなら~蘇芳と一平
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2.昔の記憶

 蘇芳の自宅は、都内にあるかなり高級な住宅地にある。

 このあたりの住人は、会社の社長やら芸能関係者やら、庶民の感覚とはかけ離れた世界の人間ばかりだ。

 当然、建っている建物も、そんじょそこらの建売住宅とはわけがちがう。手入れの大変そうな立派な庭を持ち、細工の細かいステンドグラスの入った洋館や、デザイナーハウス、古式ゆかしい和風建築などが当然のように建っている。

 その中でもひときわ広大な敷地を誇る荘厳な洋館がある。

 日本の経済のトップを独走し、海外経済にもその存在を深く根付かせている巨大企業グループ・昴グループ会長の私宅であり、これが蘇芳の自宅だ。

 重々しい玄関を開けると、広い玄関ホールが迎えてくれる。目の前に2階へ通じる階段があって、両脇に色とりどりの花が贅沢に活けてある。まるで、ハリウッド映画に出てくる大富豪の屋敷そのものといった雰囲気だ。

 その玄関ホールの真ん中に中年の紳士が立っていて、恭しく蘇芳を迎えた。だいぶ髪には白いものが混じっていてすらっと背はそれなりにあるが、蘇芳よりは小柄に見える。


「蘇芳様、おかえりなさいませ」


 寸分の隙もない凛とした姿勢で、親子ほども年の違う蘇芳に頭を下げた。男の名は駿河義男、古川家の執事だ。


「――ただいま」


 人付き合いの悪い蘇芳も、さすがに挨拶はする。ほんの少しだけ微笑んでみせた蘇芳に駿河はにっこりと笑って迎え入れてくれた。8歳の時、この家に蘇芳が引き取られてからかわいがってくれている、と思う。

 けれどそれ以上話すことなく蘇芳はまっすぐ2階にある自室に向かった。荷物を置き、廊下の突き当たりにある風呂場で軽く汗を流す。こざっぱりと洗濯された服に着替え、自室のベッドにひっくりかえると、体の奥からじんわりと疲れが染み出してきた。そっと目を閉じると、そのまま浅い眠りに引き込まれていった。







<あんな子供を引き取るとおっしゃるの?!>


 ヒステリックに叫ぶ女の声。あれは、そう、紘代さんだ。自分の父の、奥さんとかいう人――

 浅い夢に漂いながら蘇芳はその名を思い出していた。その間にも言い合いは続いている。


<ああ、紘代には悪いが。あれの母親は亡くなってしまった。あの子は実の父である私以外に身よりはないんだ>

<私は反対よ。あなたの子供は光流ひとり、光流があなたの跡継ぎなのよ。それをあんな愛人の子を――汚らわしい!>


 たまたま庭にいてふと父の部屋から漏れ聞こえてしまった父と、父の正妻の言い争い。まだ8歳だった蘇芳にはよく意味がわからなかった。


<紘代!!>


 ばしっ! 頬を叩く音が聞こえて蘇芳はびくっと体を硬くした。


<言っていい事と悪い事がある! 子供には罪はないんだ。責めるなら俺を責めろ>

<な――>


 二人の話の内容はわからなくても、ひどいケンカをしていることはわかった。

 怒鳴り合いの応酬はまだ続いている。もう聞きたくなくて、蘇芳はそっと窓のそばから離れた。







 そう、あれは母が亡くなって初めてこの家に連れてこられた日だ。

 うつらうつらした拍子に見てしまった記憶とも夢ともつかない幻に、いやな気分になって蘇芳は目を覚ました。

 蘇芳は古川家の長男だ。父は古川蔵人、現昴グループ会長、日本経済界の重鎮だ。母は北欧の出身で、見事なプラチナブロンドの巻き毛の、まるで神話にでも出てきそうな美人だったが、蘇芳がまだ幼いころに他界した。


 だが、母は古川蔵人の正妻ではなかった。蔵人とは恋人同士だったが、親族の猛反対を受けて結婚することが出来なかったのだ。彼女は身を引いて国に帰ると蔵人には伝えたが、実はずっと日本で暮らしていた。その時には蔵人の子供を身ごもっていた。

 それを知らず、親族に勧められるまま傷心の蔵人が結婚したのが紘代だった。蘇芳の母は結局自分が病気でもう長くないとわかって初めて蔵人に連絡を取り、蘇芳を託したのだ。

 だから、母が亡くなり蔵人が蘇芳を引き取ることになった時、古川家の親族から猛反対を受けたのだ。蔵人には正妻・紘代がいて、紘代にも息子がいた。年は蘇芳より下なので腹違いの弟になるのだが、蔵人が蘇芳を引き取るということは、即ち昴グループの跡継ぎをその子を差し置いて蘇芳にする、と見えるからだ。

 蘇芳がこの家に連れてこられた日、蔵人と派手な言い合いをした紘代は、まだ小学校にも上がっていない息子を連れて家を飛び出してしまったのだ。そして、後にも先にも蘇芳が二人に会ったのはこの時一度だけだった。


(何で急にそんなことを思い出したんだろう?)


 目を開けて天井を見る。今日会った子供のせいだろうか?

 でも、今日の子は不安なんて笑い飛ばしてしまいそうなパワーのある子だった。自分の覚えている、あの不安そうな義弟の顔には、到底重なるものはない。

 義弟は、今頃どうしているんだろう?


 確か名前は光流。年はたしか中学生にはなっているはずだ。


 蘇芳がこの家に来た日。あの、父と紘代のけんかが聞こえてしまった日。

 その場を離れた蘇芳は庭にある四阿で光流と遭遇した。紘代が怒っていたので怖くて隠れていたらしい。紘代が怒っているのは自分のせいだと思った蘇芳は、落ち着くまで光流と遊ぶことにして、ひととき楽しい時間を過ごした。

 けれどその直後、二人は家から出て行ってしまったのだ。後にも先にも、蘇芳が紘代と光流に会ったのはこの時だけだった。

 その後父は二人の消息について屋敷の人間に緘口令を敷いたらしく、蘇芳が家の中で直接二人についての話を聞くことはなかった。

 けれど、物心ついたころから持っていた能力のおかげで、蘇芳は大体の事情を好むと好まざるとに関わらず聞いてしまっていた。

 だから知っている。二人がそれきり行方不明になっていること。当時古川家に勤めていた使用人達は、どんなににこやかに蘇芳に相対していようとも、心の奥底では「二人を追い出した張本人」とマイナスの感情を持って蘇芳を見ていること。


 紘代がいなくなって自宅に客を呼ぶことが減り、古川家の使用人はがくりと減った。実際、古川家の人間は蔵人と蘇芳の二人だけ、執事の駿河と家政婦の京子だけで充分事足りる。蘇芳のことを悪く思っていたメイド達は辞めてしまった。

 けれど蘇芳はすっかり他人に心を開けなくなってしまっていた。自分のテレパシー能力を恐ろしいと思ってしまったのだ。人の悪意はまだ幼い蘇芳にはきつすぎた。


 そうして蘇芳完全に人を信用することができないまま今まで来てしまった。テレパシーをシャットアウトしてくれる眼鏡をかけたまま、普通に応対しながらも相手を疑ってしまっている自分が嫌になる。

 けれど他人のそばで眼鏡を外す勇気を持つことはできなかった。




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