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決心と弱音

 以前から東が持っていた資料、蘇芳たちが調べていた資料、そして被検体とされていた少女の証言。

 東が所属しているSRPは、昴グループ会長からの申し入れもあり、彼の言うところの『⒕』という組織について協力して組織解体に向けて動いていた。SRPはいわば影の警察、表沙汰にできない特殊な案件を扱う国家直属の組織だ。

 今回は特に超能力者が相手といういささか特殊なケースだった。さすがに蘇芳からの助言や協力がなければ難しかっただろう。


 組織について最初に調べていたのは西川という刑事だった。

 西川はある日事故で帰らぬ人となった。その西川の調査レポートを受け継いだのが、当時西川の後輩だった東だ。西川のレポートで東は組織の存在を知ることになる。西川を尊敬し、その死を悲しむ東は西川の遺志を引き継ぐことを決めたが、組織は狡猾で冷酷、そして盤石。存在はわかっていたもののどうにも情報が尻尾の先ほども集まらない。

 結局東は一般の警察ではままならない部分まで調査ができるSRPに志願したのだった。

 事態が大きく動いたのは、組織の件で以前から交流のあった昴グループ会長からの連絡だった。

 産婦人科に目をつけたという番匠からの連絡、そして叶野佐和子についての有力な情報。東たちSRPはそれをもとに叶野と三人の開業医を調べ、さらに叶野の確保もSRPが行った。それを昴グループでやるのは問題があるからだ。

 ちなみに三人の開業医は組織から資金をもらい秘密裡に投薬実験を行っていたことが発覚。さらに予定では被験体の少女から採取した卵子を体外受精させる作業も将来的に請け負うことになっていたらしい。こちらも後にSRPの手で処断されることになる。


 組織に囚われているという被検体の少女の父親の救出には陽動役を買って出た。

 何でも組織側には超能力を無効化する装置があるとのことなので、それを停止させて、一瞬の隙をついて救出するという。その計画を聞いてSRPメンバーは皆目を丸くしていた。

 ただし、蘇芳が言っていた。

「――道義的に問題のある方法だとは思っていますよ」

 何しろ組織側の人間の深層心理に暗示をかけ、無意識にバリアシステムを停止させる、というものだからだ。まあ、確かにあまり褒められた方法ではない。

 結局、SRPが例の地下施設の入り口付近で騒ぎを起こして人を集めている間にテレポートで池田博士を救出してしまったらしい。その報告を聞き、東の上司である永井は

「うらやましいくらいだな。おい東、ちょっと行ってスカウトして来いよ」

 などと冗談を言っていた。


 池田博士を無事救出できたとの報告を受け、今度は本格的に地下施設へ突入、あっという間に地下施設を制圧した。残念ながら超能力者たちは逃走してしまっていて、残っていたのは超能力を持っていない警備の兵隊と研究員ばかりだった。

 組織には他に大きな拠点を持っていないらしく(というかもうひとつは先に組織自ら爆破してしまっていた)、データの類もすべて破損してしまったらしく、『⒕』という組織はほぼ壊滅してしまったと言って過言ではなくなった。

 その後現在の首魁である清野という男を探していると、蘇芳から連絡があり、清野が古川家へ来たことと清野の正体と、それから蘇芳の家族の能力者が清野を追いかけて行ったことを聞かされた。

 慌ててヘリを仕立てて現場へ向かったが、SRPの面々が目にしたのは凄まじい爆発のような光景だった。


 *****


 小高い丘の上にある病院に東は来ていた。

 外壁は工事中らしく足場が組まれ、金属製の囲いが出来ているが、中に一歩入ると内装も改装したばかりなのがよくわかる。まだ建材の香りが色濃く残っていて、壁も塗りなおしたようで汚れもほとんどない。

 東はこの病院の廊下をひとり歩いていた。東がいるのは特別室があるフロアで、その一番奥の部屋へ向かう。コンコン、とノックすると「どうぞ」と返事があった。

 中に入ると、既に蘇芳が先に来ていた。東のあいさつに蘇芳が力ない微笑みで返す。

「光流くんの様子は?」

「ええ、相変わらずです。目覚めそうにはないですね」

 ベッドには光流が眠っている。栄養を入れるための点滴をつけ、微動だにしない。

 まだ港でのけがは癒えていないので、あちこちに包帯が巻かれていたりするが、あれから光流はずっと眠ったままだ。

「思うに、最後に東さんが見たっていう爆発。あの時の物理的なけがもあるでしょうけど、それ以上に防御するために能力を使いすぎて燃えつきちゃったんじゃないかと思うんです」

「そういうものなんですか? 超能力の使い過ぎってそうなるんだ……」

「いえ、僕の予想に過ぎないですけどね。実際、燃え尽きるほど能力を全開で使ったことなんてないし」

 そう話す蘇芳はいつも通りの穏やかな笑顔だが、やはりどこか笑顔に影がある。疲れているんだな、と東は思った。

 それはそうだ。やっと見つけた実の弟は追いかけていた敵で、それも見つけたと思ったら意識不明のままこんこんと眠っている。いつになったら目覚めるのかは全く見当がつかず、たとえ目が覚めたとしても、罪を償わなければならない立場だ。

 さらに一平は足を銃で撃たれて同じ病院に入院中、優は行方不明のままだ。昴グループの情報網を駆使して優を探しているが(公私混同だと夏世に笑われた)、一週間たった今も見つからない。

 ちなみに一平はけががもとで事件直後は熱を出して寝込んでいた。その間も優のことを心配していて、実は行方不明だとわかったときには高熱があるのに探しに行こうとして夏世にめちゃくちゃ怒られていた。

 そんな状況だというのに仕事は待ってくれず、重責を担っている身としては気の休まるところがないのだろう。

「古川さん、少し休んだ方が」

 思わず東が口にすると、蘇芳は自嘲気味の笑みを浮かべた。

「大丈夫ですよ」

「そうは見えませんけどね」

「そうよ、蘇芳」

 備え付けのキッチンでコーヒーを淹れていた夏世が戻ってきた。小花柄のカップを東と蘇芳の前に置いて、自分も蘇芳の隣に座った。

「何回も言ったでしょ。蘇芳のせいじゃないって。蘇芳は蘇芳で出来ることをやってきたのよ。光流さんのことだって、すごく探してたじゃない。それでも見つからなかったのは蘇芳のせいじゃない。一平のことは、蘇芳は放っておけなかった。一平は身寄りがなかったから、あのままだったらずっと施設暮らしだったろうし、蘇芳にとっても一平の存在は必要だった。もし光流さんが戻ってきたら、一平も光流さんも同じように弟として一緒に暮らしたいって言ってたでしょ。

 ――ほら、間違ったこと何にもしてないじゃない。蘇芳が責任を感じることなんてないのよ」

「――うん、でも」

 蘇芳はコーヒーに手を付けずにじっと湯気の上がるカップを眺めている。夏世がふう、とひとつため息をついた。

「優がうちに来たばっかりの頃、しきりに自分のせいでみんなを巻き込んだって気にしてたでしょ? 今の蘇芳、それとよく似てるわよ。それに、事件は終わったの。組織はもうないのよ。済んだことをくよくよ後悔したってどうしようもないじゃない」

「夏世さんの言う通りですよ、古川さん。立ち止まってたって何も変わらないんです。俺も西川さん――尊敬していた先輩の刑事が亡くなった時はそんな感じでしたから、よくわかります」

 さて、と東は立ち上がった。

「そろそろ失礼します」

「え? 東さん、何か御用だったんじゃないですか?」

「いえ、今日は一平くんに聞きたいことがあったんです。こちらに来る前にもう一平くんには会ってきましたので。古川さんたちがいらっしゃってると聞いたので、ご挨拶に伺っただけです。それじゃ、また」

 東はぺこりと頭を下げて出て行った。


「うん、来たよ東さん」

 一平の病室は光流の病室と同じ五階にあり、こちらもやはり特別室だ。

「大した話じゃないよ。あの時のことをもう一回聞きに来たんだ。同じことを何度も聞いて、記憶間違いとか話に食い違いがないかとか確かめるんだろ?」

 一平は入院直後に出した高熱もすっかり下がり、やっと起き上がれるようになったところだ。読んでいた音楽雑誌をサイドテーブルにばさりと置くと、その脇のフォトフレームにちらりと視線を走らせる。

 いつか四人でホテルに食事に行った時に撮った写真だ。フォトフレームは銀色の金属製で、本のように真ん中から二つに折りたためるようになっていて、開いた両側に写真が入れられる。左側に大きな一枚が入るようになっていて、四人で写ったもの、右側はもう少し小さなサイズの写真が二枚入れられるようになっていて、優と一平が二人で写したものが二枚飾られている。

「まだ痛むか?」

「まだちょっとな。今は薬が効いてるから大丈夫」

「そうか」

「蘇芳、その――いや、いいや」

 何かを言いかけてやめた一平を見て、何となく蘇芳はその内容がわかった気がした。

「ごめんね。今のところ、何の手掛かりも」

 優の消息が分かったかどうか聞きたいのだ、と思ったが、正直病床の一平を喜ばせるような報告は何もできない。一平も、蘇芳の疲れた様子を見ると聞きたくても聞けないのだ。

 夏世がサイドテーブルからフォトフレームを取り上げた。

「大丈夫よ、必ず見つかるよ。絶対無事だって」

 夏世が自分にも言い聞かせるようにぽつりと言った言葉に一平も蘇芳も頷いた。なぜだろう、優が死んでしまったとはどうしても思えない。

 一平もはっきりと言った。

「俺、とにかく今は治療に専念するよ。一日も早く足を治して、それで優を探しに行く――絶対に見つけて、連れて帰ってくる」

 一平の瞳は力強く、迷いがない。昔からそうだ。一度決めたことは貫くしなやかな強さを内面に秘めたやつなんだ、と改めて思った。今の蘇芳には、なんだか一平がまぶしく見えた。

 まぶしくて――直視できない。


 *****


「多分、本当はわかってるんだよな」

 病院からの帰り道、助手席の夏世に蘇芳がぽつりと言った。

「こんなふうに立ち止まってる場合じゃないってことも。なのに、一歩踏み出せないでいるんだ。情けないな、僕は」

「蘇芳――」

 はは、と自嘲気味に笑った蘇芳に夏世はどう声をかけていいかわからなくて、そのまま二人ともしばらく黙っていた。

 やがて二人で家に帰り着いた。

 一週間前、港での事件で組織が壊滅して安全が確保されたということで、南美は自宅へ戻った。一平は入院中、優はいなくて、なんだかがらんとしている気がする。

 今は、出迎えてくれた駿河と、まだ療養が必要なので一人で家に帰すわけに行かない総一郎がいるだけだ。もっとも、総一郎は遠慮して帰ると言い張っていて、もうちょっと体調がよくなるまで、と蘇芳に押し切られて滞在している状態だ。おそらく、あと一ヶ月もしたら自宅に帰ることになるだろう。

 夏世は寂しくなってしまったこの家に蘇芳をただ帰すのがいやで、自分のマンションに帰らずここにとどまっていた。

 夏世が自分を心配してくれているのも、よくわかっている。心配をかけたくないとも思っている。

 けれど、蘇芳は夏世を帰すことができないでいた。

(しっかりしなきゃ、な)

 盛大な勢いの熱めのシャワーを頭からかぶりながら、蘇芳は自分自身を叱咤する。両頬をぱちん、と叩いて気合をいれ、シャワーを止めた。髪からぽたぽたと垂れるしずくをぐいっと髪ごと上にしごき上げ、厚手のバスタオルで身体を拭いて着替え、バスルームを後にした。

 部屋に戻ると、夏世が座っていた。

「夏世」

「蘇芳、一杯付き合ってよ」

 にっこり笑って、手に持っていたグラスを軽く上げた。サイドテーブルにはワインボトルが一本と、蘇芳用にワイングラスがひとつ置いてある。

 夏世はベッドに、蘇芳は向かいに椅子を持ってきて座り、ベルベットのような濃い紅のワインを半分ほど入れたグラスをチン、と軽く合わせた。ワインは蘇芳の好きなブルゴーニュ、グラスもそれにあわせて作られたブルゴーニュワイン用のものだ。常温のワインは手の熱で温められ、芳醇な香りがグラスに充満して鼻をくすぐる。蘇芳はほんのわずか口に含み、舌の上で転がしてゆっくりと嚥下した。ふわっとアルコールの熱がのどの奥で膨らむ。夏世と目が合うと、夏世がにっこり笑った。

 蘇芳はふっと自嘲気味に笑顔を作る。

「ごめん。気を使わせちゃったんだね」

「え?」

「僕がこんなだから、元気づけようとしてくれたんだろ?」

 ばればれか、と夏世は軽く笑う。蘇芳もつられて笑顔を見せた。

「大丈夫。もうそろそろ通常運転に戻さなきゃって思ってるよ。だいぶ落ち着いてきたし、仕事もこれ以上遅らせるわけにいかないからね」

「いいのよ、誰も蘇芳のこと責めたりしないよ。そんな気を張る必要ないのよ。番匠さんだっているし、今までほとんど休みなしでやってたんだから、こんな時くらい休んだほうがいいのよ」

「――ありがとう」

 夏世がグラスを置いてそばに来て、蘇芳の頬にそっと手を触れた。その手に蘇芳も手を重ねる。

「僕は弱いな。おまけに、どうしようもない甘ったれだ。大丈夫だ、なんていいながら、この手が離せない」

 手を軽く握って頬から少し離すと、顔を傾けてその手のひらにちゅ、と口づける。

「ごめん、明日には元に戻るよ。一平だってあんなに前を向いて一歩を踏み出してるのに、いつまでもぐずぐずしてられないからね。でも――もうちょっとだけ」

 ぐい、っと夏世の手を引いてその暖かい身体を抱きしめた。夏世も蘇芳のやわらかな金髪に指を絡め、胸に頭をそっと抱きしめる。

「ねえ蘇芳、私はね、私やみんなを護ってくれるから蘇芳の事が好きなわけじゃないのよ。何もかも全部ひっくるめて蘇芳が好きなの。だから、蘇芳は不本意かもしれないけど、そうやって弱いところ見せてくれるのもうれしいのよ」

 やわらかく髪をいじる指が少しくすぐったいが、それは夏世の紡いでくれる大事な一言一言と一緒に蘇芳の心に安堵感と暖かい何かを注ぎ込んでくれる。付き合い始めてからもう何年もたつのに、夏世を大切に思う気持ちがこれっぽっちも薄くならないのはなぜだろう。むしろ、深くなっていく。

 こうやって、苦しいときに側にいて支えてくれる。

 蘇芳は何かに突き動かされるように夏世の腕を解くと引き寄せて唇を重ねる。ワインの香りの、甘くて深い情熱的な唇。

 細い三日月だけが、薄いレースのカーテンを通して二人を見ていた。


 次第に普通に戻っていく毎日の中、光流は目覚めることなく眠り続け、一平はけがが治り退院し、蘇芳は会社の仕事に忙殺され、日々をあわただしく過ごしていた。そして優はあいかわらず見つからない。

 そうして冬が来て、年があけ、花が芽吹き、季節は巡っていった。

 


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