十分間③
「馬鹿な真似してないで、ちゃんと蘇芳と話しなよ――あんたたちのやっていることは、蘇芳は喜ばない」
光流に同行していた五人はすべて一平がのしてしまった。あと残るのは光流のみ。優は光流と一平が話すのをまんじりともせずに見ていた。
「――兄さんを馴れ馴れしく呼ぶな」
低い声で光流が言った。
「俺は、俺たちには力がある。武器も、金もだ。そして理想がある。それを使って社会をひっくり返し、理想の国を作り上げる。もちろんその頂点にいるのは俺じゃない、兄さんだ。そうすればきっと兄さんは俺を認めてくれる」
「それってテロじゃないか!」
一平の声が一際大きくなる。
「蘇芳は最初から光流さんのことを弟だと認めているし、ずうっとあんたを探してた。さっき優が言った通り、手土産なんて必要ないんだ。ただあの家に戻ってくれれば蘇芳はそれでよかったんだ。なんでわからないんだよ!」
「いいか、麻生一平。兄さんの弟は俺一人でいい。おまえは必要ないんだ。俺はおまえを排除して兄さんを取り戻す。
――じわじわと苦しめてやるつもりだったけど、気が変わった。おまえのそのくだらないきれいごとにはつきあえない。一息に排除してやる」
会話がかみ合っていない。優には光流がそれほどまでに自分の計画にしがみついていることが理解できなかった。話も同じことの繰り返し、つまり一平の話も蘇芳の話も、光流の耳には届いていないのだ。
蘇芳はずっと光流を探していた。それは事実だ。光流のことがどうでもいいなら蘇芳だってこんなに長いこと探しはしなかっただろう。つまり、蘇芳は光流をちゃんと弟として認めていることに他ならない。
(矛盾してる)
そう考えた時、ふと優の頭によぎったものがあった。
(ひょっとして清野――光流さん、本当はわかってて自滅しようとしてる?)
光流は自分の狂気に気がついたんじゃないだろうか。けれど光流が抱えてしまった組織のやっていることはあまりに大きく、たとえ光流が辞めたいと考えてもそう簡単に引くことはできないだろう。それで組織を道連れに自滅しようと――
考えすぎだろうか?
正直、優は光流のことを許せそうにない。
確かに元々は他の人間が作った組織だし、自分や総一郎を苦しめたのは光流ではなく児玉たち旧幹部だ。けれど、一平や南美を苦しめたのは他ならぬ光流なのだ。
もしも自分の予想が当たっているのなら、光流は一平を怒らせて自分のことを処断させようとしているのかもしれない。光流を一平に捕まえるか殺させるかして、組織やすべてのごたごたに幕を下ろそうとしているのかも。想像の域は出ないけれど、だんだんそれが正解な気がしてきた。
――そんなこと、させるわけにはいかない。
一平と光流のかみ合わない言い合いは、優が考え事をしている間も続いていた。
「とにかく! このままあんたが姿を隠したんじゃ何にもならないんだよ! 蘇芳だって光流さんだって苦しいままじゃないか! ――何としても光流さん、あんたを連れて帰って、話はそれからだ」
一平が精神を集中し、光流を拘束しにかかる。が。
「――?」
手ごたえがない。能力が光流に届く直前でふわっと霧散してしまうような感じを受ける。
「バリアシステムか?」
いぶかしむように一平がつぶやき、身構えた。
優は、光流と南美のマンション前で対峙した時のことを思い出した。そういえば、光流のまわりだけ何も起こらなかった。あの時と同じだ。
優と一平の反応に光流は傲慢に笑った。
「いいよ、おまえたちはここで終わりだから教えてやるよ――それが俺の能力なんだよ」
「元々自分はテレパスだと思ってたんだよ」
背中側のベルトに挿していたらしい銃を光流が取り出して二人の方へ向ける。
「でもね、違ったんだ。もうひとつ別な能力があった。それが超能力を無効化する能力だったんだよ。だから、おまえたちには俺に勝てない」
光流の目がすっと細まり、途端にキィン、と鋭い痛みのような感覚が二人の脳を襲う。
「ぐっ……!」
以前の江口とは比べ物にならないほど強烈な衝撃が脳を揺さぶる。一平も優も立っていることができず、がくりと地面に崩れ落ちた。世界がぐらぐらと揺れる。
動けずにいるところへコツコツと靴音が聞こえた。光流の履いている靴の音だ。それがゆっくりと二人に近づいて来る。
「そうさ、最初からこうすればよかったんだ。俺の邪魔をするやつは――殺しちゃえばいいんだ」
そう言って光流が鈍色に光る銃口を一平に向ける。
「い、っぺ……さ……」
必死に声を絞り出す。だがその声で光流が優を振り向いた。
「ああ、そうか。麻生一平、おまえP7が好きなんだろ?」
一平を指していた銃口がゆっくりと優に照準を合わせる。
「だったら彼女が先だな。好きな女を目の前で殺されて苦しむおまえの顔が見られる」
「や、めろ――」
一平の顔が焦燥にゆがむ。動かない体を必死に起こそうとしているのが目の端で見える。が、視線は光流からそらせない。
光流の狂気に満ちた笑い顔が勝ち誇ったように優を見下ろしている。冷たい銃口が優の眉間にぐっと押し付けられたが、優は動くことができなかった。
だめだ、ここで光流に殺されるわけにはいかない。ここで自分が害されたら、一平は光流をただではおかないだろう。もしも一平が光流を殺してしまったら? 光流は蘇芳の弟だ。一平は大恩ある人の弟を手にかけてしまったことを、そして恋人である自分を守れなかったことをずっと後悔し続けることになる。
けれど体は動かない。頭がぐらぐらしているせいもあるけれど、それ以上に優は突きつけられた銃が恐ろしかった。
体が固まって動けない。
「さよなら、P7」
優は思わずぎゅっと目をつぶった。
だが、銃はいつまでたっても沈黙したままだった。銃声は聞こえず、代わりに遠くからヘリコプターのローター音が聞こえる。
閉じたままの優の視界が急にまぶしいほど明るくなり、ローター音がどんどん大きく、すぐに耳をつんざくほどの大音量になった。同時にものすごい風が吹いてきて、優は思わず目を開いた。目の前で銃を持ったままの光流が呆然と上空を見上げている。
上空には大型のヘリが一機ホバリングしていて、優や一平がいる倉庫街を真っ白い投光器の光で強烈に照らし出している。十分が経って、東たちの増援が来たのだ。
ヘリ側面のスライドドアが開き、中からロープが垂らされる。それを伝って何人も人が降りてくるのが投光器の光の向こうに辛うじて見えた。
その瞬間、光流の気がそれて優と一平の頭から不快な揺れがおさまってクリアになる。
「てめ……っ、離れろ!」
まだぎこちない手足を動かして、一平が光流に組み付いた。左手で銃を押さえ銃口の向きを優からそらし、そのまま二人でもみ合いになる。
「離せっ!」
「そっちこそ、離せ――」
ガァンッ!!
鋭い破裂音がして、銃が火を噴いた。もみ合っているうちに暴発したのだ。
「――!」
一平の背中がびくりと痙攣し、そのまま弾かれたように崩れ落ちる。
それがスローモーションのように見える。
優の脳裏に、あの時の記憶が勢いよく噴出する。
総一郎が撃たれた、あの時のことだ。
そのまま倒れている一平は、体を丸めるようにうずくまり、こちらに背を向けている。
「あ……一平さ……」
全身ががくがくと震える。体中ひんやりとしているのに嫌な汗が流れる。視界に入っている光流が、銃を持ったまま呆然とした表情をしているのがどこか滑稽だ。が、優の意識にはちっとも入ってこない。
倒れた一平の体の向こうに、血が流れているのが見えた。総一郎が撃たれたあの瞬間が優の中でフラシュバックする。
喉の奥から無意識に声が出た。
「や、あ! いやああああああ!」
その瞬間、優を中心にものすごい衝撃が球形に広がった。
倉庫の壁を崩し、鉄製の扉をひしゃげさせ、コンテナが宙を舞う。倒れていた人間はコンテナ同様弾かれていく。
何もかもをなぎ倒し、粉砕するような衝撃の中、光流は辛うじて立っていたが、やがて力尽きたように衝撃に弾き飛ばされていった。
ヘリからその様子を見ていた東は、まるで爆弾が破裂した瞬間を見たような気がした、
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車で駆け付けた蘇芳、夏世、番匠は、現場の破壊の跡に言葉も出なかった。
現場には既に何台も救急車が来ていて、あたりに散らばって気絶していた人間を搬送する作業に追われている。
「東さん!」
「あ、古川さん」
東がぺこりと挨拶をする。つなぎに防弾チョッキ姿の東は警察というより特殊部隊だ。ちなみに東の所属するSRPはこのスタイルが通常仕様だそうだ。
東は何があったかを大雑把に話し、あたりを見回して言った。
「とりあえず、ここにいた残党はすべて収容しました。しばらくは隔離して、治療が済み次第取り調べに移ります」
「一平と優ちゃんと光流は?」
「一平くんは足を負傷していますが命に別状はないそうです。どうやら銃で撃たれたみたいですね。先に病院に搬送しました。これが病院です」
病院名とその住所、電話番号の入ったメモを渡してから、東は言いにくそうに一呼吸置いた。
「光流くんは一応無事ですが、おそらく一番重態です。ヘリで緊急搬送しました。それから――池田優さんは、行方不明です」
「えっ!」
「俺が見た時は、池田さんはあそこにいたんです」
東が破壊跡の中心点を指さす。中心点からまるでクレーターのようにアスファルトがへこみ、そこから放射状に衝撃が広がっていったのが見て取れる。
「じゃあ、これは優ちゃんが?」
「俺は超能力のことはよくわかりませんけど、そうでしょうね。彼女を中心に衝撃が広がっていったように見えました。すごいですね――皆さん、あんな力を持ってるんですか」
「いや、彼女は特別です。少なくとも僕が知っている限り、潜在能力は一番高い」
最後の救急車がサイレンを鳴らして出発していった。どうやらけが人の搬送はすべて完了したらしい。
夜はまだ明けておらず、それでもほんのりと東の水平線は明るくなりつつある。
「今回の事件――『⒕』にかかわる事件はすべて内々に処理し、表に出さないことが決まっています。あれは世に出していいものじゃあない。古川さんのお話でもこちらの調査でも、薬についてのデータも何も出てこないですからね、結果オーライっていうことです」
ふう、とため息を吐いて東は海を見た。
「海の方も捜索を進めています。池田さんの発見に全力を尽くします」
「――お願いします」
未だ夜の明けない海を蘇芳も眺める。
組織はあらかた壊滅したはずなのに、蘇芳の心は夜に支配されたまま。そっと手を握ってくれる夏世のぬくもりが何とかこの場に立たせてくれている。
それでも夜は明け、また一日は始まってしまうのだ。




