みんな一緒
みんな一緒。
いつの間にかみんなは自分のことも古川家の一員として認めてくれていた。
自分の独りよがりではなく、家族として。
みんながそう認めてくれているのなら、遠慮ばかりして突っぱねるのはよくない。今すべきことはみんな一緒に協力して一平を探すことだと自分に言い聞かせ、優は前を見た。
いつの間にか高速道路を降りていた車は人気の少ない道を走り、広い駐車場のような場所へと入っていった。駐車場のような、というのはすっかり荒れ果て、割れたアスファルトの間から雑草があちこち生えていて、一目で放置されていることがわかる状態だからだ。
駐車場の最奥に遊園地だった頃の入り口ゲートが見える。番匠はそのすぐ前に車を停め、全員でゲートの前までやってきた。
まだ暑さの残る季節の日中だというのに人っこひとり見えないここは薄ら寒く感じる。ゲートだった場所はベニヤ板でふさがれ、仰々しいほど太い鉄パイプと金属鎖で厳重に封印されていた。「立ち入り禁止」の立て看板は色あせ始めていて、どこかの誰かが書いたスプレーの落書きのせいで一部が読めなくなっていた。
他に中に入れる場所がわからないので、ここは優の出番だ。ただし、自分を含め四人も一緒に跳ぶのは初めてでちょっと不安だ。
「夏世さん、手伝って」
「オッケー」
優は夏世の手をとった。
「蘇芳さん、番匠さん。触れてないと一緒に跳べないから、みんなで手をつないでください」
言われた通り、四人で輪を作るように手をつないだ。
優は視線を落として意識を研ぎ澄ます。優の中で湧き出た力が、手を伝って夏世の中で倍加されて膨らんでいく。膨らんだ力が再び優の中に戻って循環を始め、どんどん大きくなっていった。
「すごい――力が」
優と夏世が一緒に能力を使ったのは初めてだ。自分の力の密度が急激に上がったような感覚に驚きを隠せない。
「コントロールは優だよ。自分のいいタイミングで」
「うん」
深く、もっと深く集中して。
「行きます。手を離さないで」
そのとたん、目の前の人間は全く動いていないのに背景だけが変わる。
呆気なく四人は遊園地の敷地内にいた。
地図につけられていた印は、この元遊園地の場所と、その中心部にあるメリーゴーランドの場所だった。四人はあたりを注意しながらメリーゴーランド目指して歩き始めた。地図を見ながら番匠が先導し、優はそのすぐ後ろ、蘇芳と夏世は並んで一番後ろを歩いていた。
「それにしてもすごいわ」
夏世が蘇芳にだけ聞こえるくらいの声で話しかけた。
「何が?」
「優よ。さっき初めて一緒に力使ったんだけど、私は正直言って大した力は使ってないの」
「というと?」
「だからね、四人でテレポートするのは難しいかも、なんて言ってたけど、多分全然問題なかったと思う。これは私の予想だけど、潜在能力がものすごく高いのよ。確かに私の力で底上げしたけど、そんなのほんのちょっとよ。八割、九割は優ひとりの力」
「――へえ」
「ひょっとしたら優自身もわかってないのかもね、自分のすごさ。ほら、優っていつも遠慮がちっていうか自分に自信がないっていうか、そういう性格がブレーキになっちゃってるのかも」
「だとしたら『⒕』が優ちゃんを捕まえたいのはそこらへんが原因かな。以前捕まえた奴は能力のコントロールは抜群なんだけど、パワーは大したことなかったからね。コントロールはある程度訓練で培えるかもしれないけど、潜在能力はどうしようもないわけだし」
「蘇芳さん、夏世さん! メリーゴーランドが見えた」
優の声で二人ともふり向いた。正面にあるのはさびれたメリーゴーランドだ。
メリーゴーランド自体はかなり大きい。昔ながらのサーカスのテントを模したシルエット、木馬や馬車は豪華なレリーフが施され、稼働していたころはさぞかし色とりどりで華やかだっただろう。それが今や見る影もない。
「なんか薄気味悪いね」
薄汚れた木馬はペンキがところどころ剥がれているのに、なぜか目の部分だけははっきりと残っている。まるでじっとこちらを見つめているようだ。
「一平さん、ここに来たのかな」
「どうだろうな。とりあえずこのあたりから何か痕跡がないか見て回ろう。いいか、ひとりになるなよ」
というわけで当然のように蘇芳と夏世が組み、優は番匠と回ることになった。
メリーゴーランドの前は広く開けていて、どこからでも見通しがきくような場所だ。きっと昔はここに行列ができていたのだろう。機械の周囲は柵で囲まれていて、出入り口の横には操作をするための電話ボックスのような小屋がある。脇に置いてある金属製のごみ箱は木馬同様錆びて色あせていて、朽ちたように倒れている。荒廃という言葉がよく似合う。
優は番匠と歩きながらきょろきょろとあたりを見まわした。
「なんか物悲しいですね」
「だなあ。すっかり廃墟だよな」
「何でこんなところに、それも夜に呼び出されたんだろう」
「まあ、夜なら絶対人は来なさそうだからな。夕方藤田さんたちと会ってから夜九時まで五、六時間。そのくらいあればここまでたどり着けるからか、あるいは」
「あるいは一平さんなら足がなくても一人で来られるから――ですか?」
「多分ね」
つまりそれは相手が一平の能力を知っている可能性があるということだ。
「それで呼び出して――それからどうしたんだろう」
「それはこれから探していこうな」
「――はい」
メリーゴーランドの出入り口から柵沿いにぐるりと歩く。
「とはいえそうやすやすと呼び出されて出て来るような奴じゃないからな。何か勝算があったか、あるいは脅されでもしたか」
「脅され……」
「例えば人質取られたとか。あいつ、ちょっと情が厚すぎるところあるからな。懐に入れたやつはものすごく大事にするだろ?」
「はい。でも私、蘇芳さんや夏世さん、あとお友達の宇都宮さんくらいしか一平さんが話してるところ見たことがないですけど」
「はは、そりゃそうか。まあ一平もあの性格だから誰にでも人当たりいいけどな、敵認定すると結構容赦ないぜ、あいつ」
「そうなんですか?」
「ま、そんな顔は優ちゃんには見せないだろうけどな。どう見たってあれは――あ、いや」
ちょうどぐるりと一周まわって出入り口のあたりまで戻ってきた。そこでふと番匠が言葉を止める。
「ちょっと待って」
番匠が目をつけたのは倒れたごみ箱だ。近寄っていってごみ箱とその周辺をまじまじと見ている。
「これ、倒れたのつい最近だな」
「え?」
「ほら、ここにごみ箱が置いてあった跡がくっきり残ってる」
言われてみると確かに土埃が四角く小さな土手を描いている。ちょうどごみ箱と同じ大きさだ。
「せいぜい倒れてから一日二日ってところだよな。それも、ほら、倒れたごみ箱がへこんでる」
確かにへこんでいる。そして。
「何、これ――血?」
倒れたごみ箱の脇に、点々と黒いしみが落ちている。
「蘇芳! 夏世ちゃん!」
隣の遊具付近を見回っていた二人が何事かと慌てて駆け寄ってくる。そして優たちが見つけた跡を見るなり二人とも息をのんだ。
夏世の化粧ポーチに入っていた綿棒でしみを拭ってみると綿球に乾いた赤黒いものがつく。
その場の空気ごと凍り付いた。
大急ぎで東京へ舞い戻り調べると、やはり綿棒でぬぐい取ったものは人の血液だということがわかった。さらにDNAの照合まで行うことができた。
一平の血液だった。
「一平――」
翌日の夜、その報告を自宅のリビングで聞いた蘇芳がぎゅっと拳を握りしめた。蘇芳の苦しい気持ちが伝わってくる。
あの遊園地跡では他には目ぼしい手掛かりは得られなかった。はっきりしたことは、一平があの日あの遊園地跡に行ったこと、そしてけがをしたらしいこと。
検査結果の報告書をもう一度手に取り読み返しながら、蘇芳がぽつりとつぶやく。
「拉致されてるって考えるのが妥当だろうな。けが――大したことがなければいいけど」
「蘇芳!」
横に座っていた夏世が慌てて肘で蘇芳の脇腹を小突く。膝の上で白くなるほど手を握りしめている優を見て蘇芳も自分の失言に気づいたらしい。気まずそうな顔で「不安にさせたね、ごめん」と謝った。
「きっと大丈夫だよ優ちゃん。血だってそんなにたくさんはなかったでしょ? あの遊園地に手掛かりがなかったってことは、最悪の事態はないと思うんだ」
「――はい」
優はまっすぐ顔を上げた。
「私、一平さんは無事だって信じてます」
でも膝の上の手はぎゅっと握ったまま。
蘇芳も夏世も優の気持ちが痛いほどわかるから、それには気づかないふりをした。
ダメ元でもう一度感知してみる、一人で集中したいからと優はひとり自室に引き上げた。
そうは言ったもののもちろん集中できるわけもない。しばらく机に向かって感知の網を広げていたが、結局優は大きくため息をついて座っていた椅子から立ち上がり窓の外を見た。
もう日はとっくに暮れて星が出ている。西側の空の地平線近くだけはまだほんのりと夕方の名残の色が残っているが、それ以外は濃紺の晴れ渡った夜空だ。
「一平さん。どこに行っちゃったの?」
見上げていた星がゆらりとにじむ。
ぐっと奥歯をかみしめて、手のひらで目ににじんだものを拭いて、もう一度夜空を見上げる。




