手掛かり
優はテレポートして古川家の自室へ戻ってきた。
戻ってきてから自分がスリッパを履いたままでいることに気がついた。勢いで南美のところへテレポートしたので、どうやらスリッパのままだったらしい。ずいぶん慌ててたんだなあとスリッパを脱ぎながら反省する。
南美に会えて「待ってる」と言ってもらえたことはすごくうれしいが、一平の消息は全くわかっていない。手掛かりはゼロということはちょっと落胆する。
リビングへ降りて行くと、夏世と蘇芳が待っていた。駿河がさっとアイスティーのグラスを出してくれたので、それで一息ついて南美から聞いた話を報告する。アイスティーにはオレンジのスライスが浮かべてあって、爽やかな香りと酸味で頭がすっきりする。
「そうか――まあ、とりあえずもうしばらく待ってて。今度は僕の方で調査してみるから」
のんびりした口調で蘇芳は話を終わらせる言い方をしたが、不安がっている優をなだめるためにわざとそう言っているのがわかる。蘇芳のことだ、もう一平を探す手配なんてとっくにしているのだろうし、自身でもあちこち感知の網を広げているに違いない。優も実はやってはみたが、何の収穫も得られていない。まるで一平がこの世界から忽然と消えてしまったかのように、どこを探しても気配すら見つけられないのだ。
けれどただおろおろしているわけにもいかない。だって不安なのは優だけじゃない。蘇芳も夏世も駿河も不安に違いないのだ。
(だめだなあ。しっかりしろ、私)
自分自身を叱咤して、とにかく騒がずおとなしく待っていようと決心する。
「優、大丈夫?」
夏世が不安そうな目で聞いた。
――いやだ、夏世さんの方が不安そうな顔してるのに。
「夏世さん、大丈夫。私、一平さんはちゃんと帰ってくるって信じてるから」
「――! そうね、帰ってきたら一発しめてやらないとね!」
後ろで蘇芳が「一平が帰ってきたら背後に気をつけろって忠告してやらないとね」なんて笑ってる。
結局それ以上ここで話していても埒が明かないということで、一旦話し合いは解散ということになった。優は自室に戻って日課の課題をしようとリビングを出た。階段を昇り、ふと廊下の左端を見た。そこには一平の部屋がある。
急に昨夜のことを思い出し、優はかあっと頬が熱くなる。抱きしめられた背中、指が辿った頬、重ねられた唇。すべてが鮮明に蘇ってきて恥ずかしいのか切ないのか。優はそっと自分の唇に降れた。
と、それと同時に記憶の隅にひっかかっていたものが浮かび上がった。
優は自室へは入らずまっすぐに一平の部屋へ行き、念のためにノックしてからドアを開ける。部屋の中はやはり無人だ。
その場にいない部屋の主に「ごめんね入ります」と断って、そのまままっすぐデスクへ向かい、引き出しを開ける。あの時一平が何かをしまっていた引き出しだ。
「確か、一番上の引き出しに――」
あった。文房具を入れているらしい引き出しには、慌てて入れたのだろう、半分に折ってある紙が一枚、端がくしゃりと折れ曲がった状態で入っている。
内側の面にはパソコンから打ち出しただろう地図があり、赤のペンでバツ印が一か所書いてある。それをひっくり返すとさっきは見えなかった面に「KIYONO」とサインが入っている。
「き・よ・の――聞いたことがある。どこで聞いたんだっけ」
ものすごい勢いで階段を駆け下りてきた優から地図を渡された蘇芳は、何度も表と裏をひっくり返して見ている。
地図の裏には「午後九時、待ってるよ KIYONO」と書かれている。つまり、一平は昨日この地図の場所に午後九時に赴いたということか。掴んだ手掛かりに優はいてもたってもいられなくなった。
「私、この地図の場所に行ってみます」
「待って、優ちゃん一人じゃ危険だ。車出すから一緒に行こう」
「あたしも行くわよ!」
蘇芳と夏世が同時に立ち上がる。
そうと決まれば、と三人は急いで外出の用意を始めた。留守番は駿河に一任する。
一足先に出ていた蘇芳がガレージから白のベンツを出して玄関前まで回し、エンジンをかけたまま停車させる。玄関先で車を待っていた優と夏世が早速乗ろうと後部座席のドアを開いた丁度その時、門から誰かが入ってくるのが見えた。
案内も請わずにずかずか入ってくるのは家族か、それ以外は一人だけ。
いつものかっちりしたスーツ姿ではなく、黒のスリムパンツに白シャツというラフなファッションで決めてるのは、今日が休みで完全にプライベートだから。
「拓海!」
番匠だった。
蘇芳が運転席から降りて番匠に呼びかける。番匠も片手を挙げながら挨拶を返した。
「よう蘇芳、おはよう。一平戻って……来てないみたいだな。出かけるのか?」
番匠は言いながらふと車のフロント部分を覗き込んだ。
「これ、ぶつけたのか?」
「え」
番匠が指さしたところを見に行くと、本当に左前面にこすった跡がついている。蘇芳は少し考えて表情を曇らせた。
「――今こすったかも」
「珍しいな、運転は慎重すぎるくらいのおまえが。それくらい慌ててるってことか?」
いつもおだやかな表情の下で、車をこすったことにも気がつかないほど動転しているのだろう。蘇芳自身も大きくため息をついて気持ちを落ち着かせようとしている。
「拓海。悪いけど運転頼めないか? この様子じゃ、今日は運転危ないかもしれない」
「おう、確かに運転させられないなこれじゃ。もちろんつきあうぜ。だけどどこまで行くんだ?」
蘇芳が番匠に例の地図を手渡した。中を見た番匠の表情が険しくなる。地図を蘇芳に返し、顔を上げた。
「行こう。道中詳しいこと聞かせてくれ」
車は高速道路をすべるように走っていく。
後部座席に座った優は窓からの風景を楽しむ気にもなれず、ただ目をそちらに向けていた。助手席では蘇芳が運転中の番匠に事の顛末を説明している。
「優、心配だよね」
隣に座る夏世が小さな声で話しかけてきた。
「うん、でも夏世さんや蘇芳さんの方が私なんかよりずっと心配してるよね。なのに私があんなに動転しちゃったから、二人とも私に気を使って」
「そういうことじゃないと思うよ。心配なのはみんな一緒、誰が一番なんて関係ないよ」
夏世がやわらかく微笑む。
「でもね、ネガティブなことばっかり考えてちゃダメ。そういう時って、マイナス思考のるつぼに落ち込んでいっちゃうよ。だからほら、気持ちを立て直して。
心配なのはみんな一緒、何とかしたいのはみんな一緒なんだから、みんなで何とかしよう」
みんな一緒。
その言葉が優の中で響く。
「ね、私の能力はいわばブースター。他人の能力を底上げする力でしょ。誰かと一緒ならPKだってテレパシーだって使える。でも、ひとりじゃ何もできないの。私がひとりで何とかしようと思っても何の力も使えない。
でも、一緒にやれば私にだって手伝える。だから、私が一緒に行くのはみんなの力になるため。逆に言えば、優も私を手伝ってくれるってことになるのよ――ああ、もう! 何言ってるんだかわからなくなってきた。とにかく!」
がしっと夏世が優の両肩を掴んだ。
「家族みんなで協力して一平を探す。そのためにぐちゃぐちゃ考えない。以上! わかった?」
「はいっ!」
夏世の勢いに乗せられて思わず大きな声で返事してしまった。
運転席と助手席から押し殺すような笑い声が聞こえてきた。




