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遅い夕食

 夕食に優は現れなかった。

 この日はスパニッシュオムレツがメインで、サラダやスープ、焼き立てのパンなどで賑わった食卓なのだが食事中は静かなものだ。

 一平は食後のコーヒーも飲まずにひとり自室へと戻った。正直あまり食べた気がしない。彼女に食が細くなるくらい悲しい思いをさせてしまった、その罪悪感がずっしりとのしかかってくる。

 優の部屋は同じフロア、ちょっと行って謝ればいいのかもしれない。でもそれですっきりするのは一平で、優は謝られてもうれしくないんじゃないか。グルグルと思考だけが空回りする。

 謝りに行こうか行くまいか悩みつつ、何となくミュージックプレイヤーのスイッチを入れた。ヘッドホンを通して聞こえてくるのはどこかもの悲しいフレーズを繰り返すギターの音。ますます暗い気持ちに拍車がかかりそうで、すぐにプレイヤーを止めてしまった。そのままベッドに寝転がり天井を見上げる。

 トントントン。

 一平の部屋のドアをノックする音がした。

「――どうぞ」

「入るぞ、一平」

 蘇芳だった。帰ってきたばかりなのか、まだ背広姿のままだ。

「夏世に聞いたよ」

 蘇芳は落ち着いた緋色のネクタイを外しながらベッド脇の椅子に腰を下ろした。一平もベッドに腰掛けなおす。

「夏世からずいぶん怒られたみたいじゃないか」

「――やめときゃよかったと思ってるよ」

「そうだな。おまえにしては考えなしの行動だ」

「――」

「もうひとつおまけに、それ以外にも馬鹿な真似してるのをわかってるか?」

「え?」

「その、優ちゃんの友達の身の安全をちゃんと確保したかどうかってことだ」

「あ!」

「そんなことがあった直後だっていうのに、家に帰ってからその子に何もないって保証はないよな? 僕にそこのところを相談するチャンスもあったはずだ」

 みるみる一平は不安そうな顔になる。

「本当におまえらしくない」

 蘇芳は肩をすくめて軽く笑って見せた。

「一平、その優ちゃんの友達の子、どんな子かみせて」

「あ、うん」

 蘇芳がそっと指先で一平の額に触れる。一平は今日会った南美のことを思い出し、表層意識に上らせるように努める。蘇芳はそれを読み取っているのだ。

 やがて蘇芳は一平から手を離すと、椅子にもたれかかって眼鏡を外し、精神の集中を図った。南美の周囲に危険がないか感知しているのだ。

 少ししてから蘇芳はふう、と一呼吸置いて言った。

「大丈夫だよ、僕の見たところ、彼女は無事だ」

 一平はほっとした。でも、蘇芳はまだ緊張した表情だ。

「でも、問題は解決したわけじゃない。一平たちが彼女に接触したとき、近くに『組織』の人間がいたんだろ? つまり、『組織』にとっても南美ちゃんは見張っておくべき重要な人物だということだ。優ちゃんにはもう家族がいないわけだから、おそらく一番人質としての価値がある」

「ってことは」

「彼女に優ちゃんが接触したことがわかったら、危険だ。というか、わかっていてもおかしくはないね。だけど、南美ちゃんには今のところ何の危害も加えられていない。接触したことがバレてないのか、あるいは泳がせておいてまた接触するのを待ってる、ってところかな」

 うーん、と、二人で考え込む。いろいろな可能性が頭の中をめぐって、思考がまとまらない。一平がぽつりと言った。

「俺、優ちゃんに悪いこと、しちゃった」

「うん?」

「泣かせたくないんだ」

「うん」

「俺、優ちゃんに謝って、それで今の話を伝えてくる」

「そうか」

 蘇芳が一つ頷いて立ち上がった。

「南美ちゃんの周辺の安全は僕の方で手配するよ。優ちゃんのところに行くならそれも伝えてきて」

「わかった」


 蘇芳が部屋を出ていくのを見送ってから「よしっ!」と気合いを入れ廊下へ出た。

 数部屋離れた扉の前で一度深呼吸してから思い切ってノックを三回、そして声をかける。

「優ちゃん?」

 優の部屋の中は少しの間しんとしていたが、すぐに人の動く気配が聞こえてそっとドアが開いた。

「一平さん?」

「あ、その――遅くにごめんな」

 遅くといってもまだ時計は夜の九時過ぎ、寝るには早すぎる。ドアから覗いた優の顔が泣きはらした様子がなかったので一平は少しホッとした。

「優ちゃん、俺謝りに来たんだ。今日はごめん!」

 勢いよく頭を下げる。

「え? え?」

「その、俺が学校行こうなんて言い出したから、優ちゃんに辛い思いをさせちゃったって」

 学校に連れていかなければ南美に会わなかった。能力をばらすことはなかった。半ば無理に連れ出したのは自覚している。視線を合わせることができないまま一平は謝罪の言葉を口にした。

「だから、その」

「待って、違うの、一平さんのせいじゃない」

 けれど優は慌てたように一平の言葉を遮った。

「だって私が泣いちゃったから何とかしてくれようとしたんでしょ? 南美に能力のことがバレちゃったのは襲ってきた人のせいだし、現に私は半年ぶりに南美に会えてうれしかったの。むしろ一平さんを危ない目に合わせて、私の方が謝らなきゃって思ってたのに」

「いや、でも」

「本当だよ? 本当に一平さんには感謝してるの」

「それでも、ごめん。結局また辛い思いさせたことには変わりないから」

「ううん、私の方が――」

 くぅ。

 二人の謝罪合戦を止めたのは小さなお腹の音、とたんに優の顔が真っ赤に染まった。

「あ、やだ」

 そういえば優は夕食に現れなかったんだったと思い出す。謝罪をしたことで心の重荷が取れたのか、そういえば一平も少し小腹が空いている。

「腹減ったよな。俺もちょっと何かつまみたくなってきた。キッチン行かないか?」

「――うん、お腹空いてきた」


 キッチンに降りると調理台の上にメモが一枚置いてあった。家政婦の京子からだ。

『優様、一平様。サンドイッチを用意してございます。冷蔵庫にスープもございますので、温めてお召し上がりください。佐藤より』

 二人でメモを読んで顔を見合わせた。ちなみに「佐藤」は京子の苗字だ。

「お見通しだよ」

「さすが京子さん」

 メモの隣にはラップのかかった大皿があり、中にはスパニッシュオムレツサンドやチーズサンドなどの見た目にも食欲をそそるサンドイッチが数種類きれいに盛りつけてある。さらに冷蔵庫を開けると、オレンジ色の鍋ごとスープが入っている。

「わ、かぼちゃのポタージュだ。私これ大好き」

 優がうれしそうに笑った。

 ガス台でスープを温め、二人でダイニングに持ってきて夜食タイムだ。

 スパニッシュオムレツのサンドイッチは食パンを軽くトーストしてあって、オムレツに負けない香ばしさ。チーズサンドの方もシャキシャキした野菜に特製のソースが絡んでいるようで美味しい。ブラックペッパーが効いている。

 夢中で食べ進みながら話は今日の出来事になった。


「え? ずっと南美ちゃんの警戒をしてたのか?」

「やっぱり心配で。でもあれから南美のうちの周囲には怪しい人も現れないし、コンタクトがあった様子もないの」

「蘇芳もそう言ってた」

「蘇芳さんが?」

「うん、今しがた透視してくれた。そうだ、それで蘇芳から伝言があったんだ。南美ちゃんの周囲の安全は蘇芳が手配するって」

「手配?」

「まあ、日本屈指の企業グループ会長の言うことだから、深くは追求しないほうが。でも安心して任せていいと思う――優ちゃんも休まなきゃ」

 この様子じゃ帰ってからずっと神経を張り詰めていたな、と一平は苦笑する。図星だったのだろう、優が少し赤くなった。

「だって私が原因なんだから、南美に危害が及ばないのを確かめないと落ち着かないの。それに蘇芳さんに任せるのも申し訳ないよ」

「申し訳ないってのは考えなくていいと思うよ? 蘇芳たちだって『組織』をずっと追いかけてたって言ってたじゃないか。蘇芳にもメリットがある話なんだよ」

 そう説得してやっと優は納得したようだった。心の底からではないかもしれないが、少なくとも納得しようとしているようだ。

 やがてサンドイッチとスープの皿が空になりひと心地ついた。優もお腹が膨れるとどこかホッとしたようで、少し表情から張り詰めたものが薄れている。

 二人で食器を洗って片付け終わる頃、優が小さくあくびをひとつかみ殺した。

「んじゃ俺もそろそろ寝るわ。優ちゃんもしっかり休みなよ」

「うん、そうさせてもらうね。おやすみなさい一平さん」

「おやすみ」

 優が彼女の部屋へ消え扉が閉まるのを見届けて、一平も自分の部屋へ戻っていった。


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