閑話・番匠、手配する
「ああ、大きめのゴミの搬出をお願いします――いえ、一般ゴミではないので処理施設へ。先方には私の方から手配してあります。ええ――はい、よろしくお願いします」
昴グループ会長室前室で、会長秘書番匠は連絡を終えて受話器を戻した。生真面目で堅物だが有能な秘書、というのが会社での彼の評価だ。いつもかっちりと姿勢よく、四角四面だが臨機応変で打てば響くような仕事ぶりは社内外から高く評価されていて、名実共に蘇芳の右腕と呼ばれている。
ほどよく筋肉のついた引き締まった体躯をかっちりとしたスーツに包み髪もきっちりセットした姿は、実はひそかに女性社員の間で人気がある。
番匠が再び会長室へ戻ると、デスクに座った蘇芳がさっきまで一平たちがいたソファーを眺めつつ頬杖をついている。床には一平が捕まえてきた男が気を失って倒れているままだ。
一平の話によるとどうやらこの痩せぎすの男は蘇芳や番匠が秘密裏に追いかけていた組織「⒕」の一員らしい。
今まで尻尾の先すら見つからなかった組織に直接関わる人間、つまり「⒕」が確かに存在して秘かに活動しているという物的証拠に他ならない。
その物的証拠氏が使っていたバリアシステムは現在稼働している。能力を封じるように男のそばに設置し、そのスイッチは蘇芳が持っている。もし目を覚まして能力を使おうとしたら、瞬間的に解除して蘇芳の能力で再び昏倒させてしまおうという考えなのだろう。
もちろん敏腕秘書氏は蘇芳たちの能力のことをご存じだ。
「会長、処理の手配を完了いたしました」
「ああ、ありがと――なあ拓海、一平の奴一体何やってるんだろうなあ」
呆れたようなセリフだが、心配しているのが表情ににじみ出ている。拓海、と呼ばれて番匠は今までぴしっと直立していた姿勢をゆるく崩し、口元をやわらげた。「拓海」という呼び名はここからはプライベートな会話だ、という合図になる。
「ああ、たしかにあいつらしくねえな」
四角四面な秘書・番匠が親友「拓海」に戻る。彼の態度はがらりと変わり、フランクで人なつっこい性格が前面に出てくるが、ただし「できる男オーラ」は変わらない。
オンオフでの切り替えがはっきりしているこの秘書氏は、蘇芳の学生時代からの親友だ。
就職して昴グループ会長秘書に抜擢された番匠だが、実は配属が決まるまで会長の正体=蘇芳という事実を知らされていなかった。ずっと秘密にされていた意趣返しに仕事中は四角四面な秘書を演じることにしたらしい。普段とのギャップに蘇芳が嫌な顔をしたので、そのまま嫌がらせとして続行している、と番匠本人は言っている。
だから蘇芳も仕事中とプライベートは切り替えて「番匠」「拓海」と呼び分けている。
「一平の奴、僕が考えてる以上に優ちゃんに甘いよなあ。普段のあいつだったら彼女を連れ出すような判断、絶対しないのに」
「だな。拾ってきた責任みたいのもあるだろうけど。そのあたりはおまえと一緒だな、蘇芳」
「そうか?」
現に身寄りのない一平を引き取ったじゃないか、と番匠は苦笑する。
「はは、そういえばそうだね。さて、そろそろ仕事に戻らないと」
蘇芳が手元のパソコンに目を落とし、番匠も再度ピシッとした秘書モードに入る。ちょうどそれに合わせるように会長室の扉をノックする音が響いた。番匠が電話した「ゴミ」の回収に来たのだ。
「お待たせいたしました! それでどれをお運びすれば」
部屋に入ってきたのは四十絡みのひょろっと背の高い男性と、いかにも主婦のバイトという雰囲気の女性の二人組だ。薄緑色の清掃員の制服を着て、大きな台車をガラガラ引いてきている。台車にはよくホテルの清掃員が洗濯物を入れて運ぶようなランドリーバスケットが設置されている。
「ああ、これ。お願いします」
番匠は縛られ床に転がったままの男に視線を向けた。清掃員の二人は段ボール箱でも回収するような気軽さで男をかごに入れ、上から布をかぶせてカムフラージュする。それから番匠に問いかけた。
「搬出先はどちらへ?」
「東さんのところへ」
二人は番匠の返答に一瞬目を見開いた。けれどそんな緊張が走ったのはほんのまばたきほどの間で、すぐに表情を戻す。「東さん」と言った意味を過不足なく理解したのだろう。もちろんこの二人はただの清掃員じゃない。
「かしこまりました」
一礼して清掃員の二人が退出したあとを番匠はじっと見つめていた。初めて手にしたであろうはっきりとした「⒕」側の人間。だが番匠の仕事はここまで。男を取り調べ、組織本体に迫るのは自分の役目ではない。
わかってはいるがそれがひどくもどかしく悔しい。自然と手が握りこぶしを作っていた。
「⒕」という組織の存在に気がついたのは実は蘇芳ではなく番匠の方だ。
番匠の大切な女性が組織の事件に巻き込まれ、わずかな手がかりを思いがけず入手したのが最初だった。番匠の大切な女性――現在は婚約者であるその人は、その一件で大けがを負い、今もその影響は色濃く残ってしまっている。
だから番匠にとって「⒕」は仇といっても差し支えない存在、自身で殴りこんでいけないことがたまらなく悔しいのだ。
「番匠」
思考の渦に沈み込んでしまっていた番匠は蘇芳が呼んだ声でハッと我に返る。「番匠」と仕事向きの名前で呼ばれたことでちょっと頭が冷えてくれた。軽く目を閉じてクールダウン、次に目を開けたときはいつものできる秘書・番匠の顔に戻っている。
蘇芳は番匠の考えを見透かすようにひとつ頷いてみせた。
「番匠、東さんは何て?」
「すぐ永井さんに伝えると。声がちょっとうれしそうでしたよ」
「彼らしいね――さて、今度こそ仕事に戻ろうか」
夕方のオフィス、定時まではあと少し。
でも今日は少しばかり残業しなきゃいけないだろう。
番匠は残っている仕事を頭の中で整理して、手順を確認していった。




