前編
「ヤマト君、また海外行っちゃうの?」
「あぁ、今度はアメリカに行ってこいとの、お達しだ」
イギリスから帰国したのも束の間、内調から新たな命令が下された。
日本を発つ前にミズホに電話を掛けるのも、何だか恒例になってきたな。
「先月、アメリカで日本人留学生が発砲事件に巻き込まれて亡くなっただろ? その事件の調査だと」
「そっかぁ……事件とか、そんなんばっかでヤマト君も落ち着けないね」
「そうかもな。ヨルダン川(キリストが洗礼を受けた川)が死体で溢れ返らない限り、人類の歴史は続いていく。人が生きる限り、争いも無くならないだろう」
少なくとも当分の間はな。
そういった悲惨な出来事が起こらずに済むには、どうすればいいかを政府は考えてる。
俺の仕事は、そのヒントを掴むための情報収集だからな。
「ふ~ん……ねぇ、いつごろ帰ってこれるの?」
電話だから表情は分からないが、受話器越しに聞こえるミズホの声は拗ねてる気がした。
「さぁな、調査が済めば早くに帰れるだろうさ」
「……来月の頭には……帰ってきてくれるよね?」
明らかに声の調子を落として話してくる。俺の返答を不安がっている証拠だな。
ミズホにいつもの元気が無いと、俺の方も調子が狂いそうだ。
「心配するな。そこまで調査を長引かせる俺じゃない」
「う、うん……!」
「じゃあな、切るぞ」
受話器を耳に当てたまま、電話を切る。
来月頭――十二月八日は、ミズホの誕生日だったな。
耳元に微かに残るミズホの声。その声を頭の中で繰り返しながら、アメリカで待つ任務が厄介でないことを祈った。
* * *
やってきたのは、アメリカ南部のテネシー州ナッシュビルという都市。
事件が起きたのは、緑が多い郊外の一軒家。
被害に遭ったのは、留学中だった大学生の赤坂千早さん。彼女はその夜、ホームステイ先の同い年の女性と一緒にハロウィンパーティーへと出かけた。
途中、道を尋ねるために立ち寄った家で事件は起こった。
その家の主人は、敷地内に入った赤坂さんたちを不法侵入者と思い込み寝室から銃を持ち出した。
近づくな、という警告を聞かなかったため男は赤坂さんに発砲。一人の命が失われた。
男は逮捕されたが、正当防衛が認められ裁判では無罪となった。
日本人としては信じがたい話だが、十二人の陪審員全員が無罪を唱えたという。銃が日常の一部である米国と、平和ボケした日本人との意識の違いなのだろうか。
この判決の後、赤坂さんの両親は裁判のやり直しを求めてアメリカへと渡った。同時に、合衆国における銃規制を促進するための署名活動も行っている。
俺はまず、赤坂さんの両親に会いに行った。香典を渡してお悔やみを述べ、裁判の進展や署名活動の状況について伺った。
(裁判は好転……勝訴へと向かっている。署名も百万を超え、多くのアメリカ人が銃規制に関心を持っていることが分かる……が、失われた命が戻る訳ではない。失われた世界に戻ることは、二度と出来ない)
翌日、俺は地元の警察を訪れた。事前に話を通してもらっていたおかげで、事件に関する資料はすんなり見せてもらえた。
犯行に使われた銃器は、スパスという軍用の散弾銃。他にも加害者の自宅からは、イサカやレミントンなどの散弾銃が六丁も発見された。
その中から、あえて殺傷力の高い軍用の散弾銃を選んだことが引っかかる。相手は若い女性二人であり、そこまで警戒する必要があっただろうか。
警察署を後にした俺は、事件について考え事をしながらナッシュビルの街を歩いていた。その思考は、近くで聴こえた銃声によって途切れることとなる。
曲がり角から、男が一人ものすごい勢いで飛び出してきた。手には拳銃を握り締めている。
その男を追って、警官も走ってくる。男は振り向きざまに警官に向かって発砲。警官は一旦、角に身を潜める。
男は前方に向き直ると、今度は俺に向けて銃を構えてきた。だが、走りながらじゃ正確な狙いは付けられまい。
弾丸は、その軌道を読んだ俺の予測通り明後日の方向へと飛んでいった。
「くっ……どけッ!」
焦りの表情を浮かべながら、男は俺に向かって突進する勢いだ。
俺はそれを冷静に避けて、曙光で男の足を払う。
無様に転んだ男の右手にも曙光の鞘の先を押し当ててやれば、これでもう拳銃も握れはしない。
駆け付けた警察官によって、男はあっさりとお縄になった。
「いやぁ、ありがとう。よく捕まえてくれた。けど、銃を持った相手に挑むのは、これっきりにしてくれよ。我々の仕事が増えてしまうからな」
警官は帽子を取って汗を拭いながら、そう話す。
短く刈り上げた赤い髪が目に入ると、とっさに「アイルランド移民か?」という感想が頭をもたげる。
「……オニール巡査?」
俺が口にした名前は、どうやらこの警官の名で合っていたらしい。
驚きの表情を浮かべる巡査に、俺は事情を説明する。
「例の日本人留学生が射殺された事件……現場に駆け付けた、オニールという警察官に話を聞きたいと思い探していたところだ。申し遅れたが、俺はヤマト……日本のCIAだと思ってくれ」
「そうだったのか。それにしても、よく俺がそのオニールだと分かったな?」
最終的にはカンだが、推理する余地はあった。
アイルランドで出会ったメイヴと同じ髪色。それに、オニールというのはアイルランド系の苗字だ。
そこから結び付いた訳だが……改めて考えてみると、当たったのは本当に偶然かもな。
十九世紀にアイルランドで起きたジャガイモ飢饉から逃れるため、多くのアイルランド人がアメリカ大陸へと渡ってきた。
彼らが新大陸で容易に就ける職業と言えば、警察や消防隊員といった危険が付きまとうものが多かったと聞く。
オニール氏のように、赤毛の警察官が他に大勢いたとしても不思議じゃない訳だからな。
「痛ましい事件だったが、ナッシュビルでは自己責任だという見方も強い。深夜に人の家の敷地内に無断で入り、家主が警告したにもかかわらず立ち去らなかったんだからな。アメリカでは非常識だよ」
その結果、赤坂さんは命を落とした。身体の半分が吹き飛ばされる程の、無残な遺体となって。
オニール巡査も、現場でその姿を見たはずじゃないのか。やはり日本人とは、感覚のズレがあるのだろうか。
「それにしても、わざわざ軍用のショットガンを持ち出す必要性は無かった。いや、そもそも民間人が何故、そんなものを所持できる? 何故、そんなものが必要なんだ?」
「そりゃ、合衆国では自分の身は自分で守らなくちゃならないからさ。そのためには、銃で武装する必要がある。これは合衆国憲法修正第二条でも、『国民が武器を所持し携行する権利は、侵害してはならない』と定められている権利なんだ。さっきみたいに街中で拳銃を発砲する男に出くわしたら、どうする? 俺たち警察官が、すぐに駆け付けるとも限らないんだ。自分の身を守るためにも、銃は必要だろう?」
事件に遭ったのは、非武装の若い女性なんだ。軍人に入り込まれた訳じゃない。
アメリカという国の成り立ちは、俺も少しは知っている。国民が武装する権利がある理由も知っている。
広大なアメリカ大陸を開拓していく過程は、危険と隣り合わせだった。
コヨーテなどの野生動物や無法者から身を守るために、民間人も銃を持つ必要があった。
だが、アメリカは今もまだそんな西部開拓時代なのか? ナッシュビルのような舗装された都会で、憲法を頑なに守る必要性があるのか?
「誰でも簡単に銃が手に入る。だから、さっきみたいな奴が現れるんじゃないのか? 事件の夜だって、そうだ。家主は日頃から銃に囲まれ、銃があるのが当たり前になっていた。だから、自分が手にした凶器の恐ろしさも忘れ、引き金を引くことへの抵抗も薄れていた。銃を持つことで被害者が減るどころか、加害者が増えていっているようにしか俺には思えない」
「……お前さん、日本の政府機関の人間だろ。それ以上は、内政干渉になるぜ」
法の番人である巡査にとっては、耳が痛い話か。
そうだよな。個人の思想は別として、警察官が憲法に異を唱えることなんか出来ないか。
「分かった。が、これだけは言わせてくれ。『人間は、悪事を行う道具を見ると、つい悪事を行いたくなるものだ』」
「……『ジョン王』をそらんじてる日本人に会ったのは、初めてだ」
イギリスでのスパイ生活も、長かったからな。それこそ前世の頃から何年も。
そう言えば、イギリスでは警察官ですら拳銃の常時携帯は認められていなかったか。
「海外のことについても、ずいぶんと詳しそうじゃないか。日本のCIAを名乗るだけあるな。それなら、なおさら合衆国に銃が必要な状況も分かるだろ。お前さんだって、さっき剣を使ってたじゃないか」
「……曙光のことか?」
取り出した曙光を、巡査の目の前に差し出す。いつも通り、鞘に納められた曙光を。
そう、俺は一度だって曙光の白刃を晒したことは無い。
「見な。コイツは鞘と鍔とを結んで、抜けないようにしてある。人殺しの道具じゃない」
「……こんな細い、黒い糸でか?」
そうだ。曙光の鞘と鍔を結ぶのに使っているのは、俺の大切な人の髪だ。
俺が、それを断ち切ることなど有り得ない。
「俺は、そろそろ行くとする。被害者のホームステイ先にも、話を聞きたいからな。特に当日の夜、一緒にいた娘さんからは……話しにくいだろうが、詳しい状況を伺いたい」
立ち去ろうとした俺を、オニール巡査がためらいがちに引き留めた。
まだ何か話があるのだろうか。
「あー……その娘さんは、白人だったな。それなら……メンフィスに行ってみたら、どうだ? 事件の男は、ホワイト・ネイションのメンバーだからな」
ホワイト・ネイション――白人至上主義団体か。
それはつまり、加害者は敷地内に入った女性が二人いると分かった上で、あえて白人でない赤坂さんを狙撃した可能性があるということか。
それも正当防衛を盾にして、確実に相手を殺せる軍用のショットガンを持ち出して。
その証拠を掴めれば、裁判でも有利に働く。もっとも、その事実は赤坂さんの両親をまた悲しませることになるかもしれないが。
「恩に着る、オニール巡査」
俺は巡査に感謝を述べると、足早にその場を去った。
行き先は、同じテネシー州にあるメンフィス。
そこには、銃社会と共にアメリカに根強く残る、もう一つの問題が待ち受けていた。




