後編
アメリカ南部のテネシー州メンフィスに到着した俺は、腹ごしらえをしようとレストランに入った。
これから、やり合うことになる相手は白人至上主義団体。俺は、あえてソウルフードを注文した。
出てきたのは、ナマズのフライ。それと、チトリングスと呼ばれるブタのモツ煮。どちらも独特の風味があり、それを打ち消すために大量のビネガーが使われていて酸っぱい。
ソウルフードは、奴隷制時代にアメリカ南部で育まれた黒人の食文化だ。
その中でも特に代表的なものが、俺たちも慣れ親しんだフライドチキンだという。
白人がローストした鶏の胸肉やモモ肉の余り物。骨ばかりで食べるところの少ない手羽やら脚やら頭やらを美味しく食べるため、高温の油で長時間揚げたものが始まりだったという。
南北戦争中の一八六二年、リンカーン大統領による奴隷解放宣言がなされ、奴隷制を廃止する合衆国憲法修正第十三条が制定された。
しかし、アメリカにおける人種差別はそれによって解消されるどころか、更にエスカレートしていくこととなった。
奴隷という身分とはいえ、それまで黒人たちには住む所と仕事があった。北軍も奴隷は解放したが、彼らのその後の生活の保障までは考えていなかった。
路頭に迷った黒人が、その後どういった行動に出るか。きっと白人を狙って強盗をするだろう。南北戦争から帰ってきた南部の男たちは、そう吹聴していった。
凶悪な黒人から、白人の妻や子供たちを守ろう――そんなスローガンの下、自警団が結成された。
それは家族の安全を守るため、自分たちの生活が脅かされる前に、犯罪をするおそれのある黒人を皆殺しにしようという秘密結社だった。
燃え盛る十字架を掲げた秘密結社によって、南部の黒人たちは私刑、強姦、放火、殺人の憂き目に遭った。
難を逃れるために北部へと移住した黒人も多数いたが、ここでも差別の風は強かった。いや、ある意味では南部以上と言ってもいい。
南部の白人にとって黒人は、見慣れた人々だった。しかし、北部ではそうではない。彼らは未知の肌の黒い人々を異様に嫌悪し、関わり合いを持つのを拒んだ。
結果、北部においても黒人たちは住居と仕事を持つことに苦労した。やがて棄てられた集合住宅の跡地に住み着き、彼らのスラムを形成していった。
そういった状況の中で、大成した黒人もいた。しかし、彼らの多くは白人の失敗者からの嫉妬を買い、強盗に襲われることも多々あった。
南部の白人の言い分によれば、黒人は遺伝的に知能に劣っているという。だから、神に選ばれた優良な人種である白人によって管理されなければならず、それが黒人にとっての幸福なのだと。
南部においては白人から見下されて侮辱され、北部においては邪悪なモンスターとして扱われる。白人が正義と信じるマニフェスト・デスティニーの下に。
合衆国憲法修正第十四条は黒人の市民権を定めたが、実際には州の権限が優先され黒人は法の下に公然と差別を受けてきた。
法律によって黒人が白人と平等の権利を得られるようになるには、一九六〇年代の公民権運動を待たなければならなかった。それについても紙の上の話であって、目に見える差別は続いている。
白人たちの過激派は、白人の権利と優位性を守るために新たな団体を作り上げた。それが、メンフィスに本部を置くホワイト・ネイションだ。
そのホワイト・ネイション本部にどうアポイントメントを取ろうか考えていると、ふいに背後に人の気配を感じた。
「……アンタは?」
振り返った俺の目に映ったのは、見知らぬ女性。オリーブ色の肌と黒い髪から察するに、ヒスパニック系か。
「国防情報局の人間よ。そちらは?」
国防情報局……軍諜報部か。
ここは、正直に名乗っておこう。
「日本のCIAだ。ヤマトと呼んでくれ」
「日本の……? 分かったわ。私は、アナよ。よろしくね、ヤマト」
所属を名乗った俺に対し、アナは特に敵意は向けてこない。
そうなると、彼女の目的も俺と同じか?
「軍諜報部が、ここで何を探ろうとしている? もしかしたら、俺にも協力できる事柄か?」
含みを持たせた物言いに、アナは少し思案する様子を見せる。
そして、了解したといった具合に大きく頷いた。
「そちらの狙いも、ホワイト・ネイションの代表ウィリアム・マッカーサー……ということね」
「そういうことだ。合衆国も、既に“例の件”を掴んでいたか」
俺の言葉が何を指しているのか、再びアナは思案する。
少しだけ表情を引き締めて、声を潜め出した。
「日本の捜査官が、そこまで迫っていたなんて……こっちが驚きだわ。ホワイト・ネイションと全米ライフル協会が繋がっていたなんて事実に、よく辿り着いたわね」
「……それだけじゃないだろ?」
「……えぇ、そうよ。繋がりがあるのは、今の与党……共和党も同じよ」
白人至上主義団体……全米ライフル協会……そして、共和党……それらが繋がっていたとは。
本当のことを言うと、俺はそれらの繋がりについては初耳だった。
期せずして、DIAから有力な情報を聞き出せたな。
「今年になって、ホワイト・ネイションの会員たちの重武装が進んでいるという話が持ち上がってきたわ。全米ライフル協会は、共和党に多額の金を掴ませているから中々、捜査が進まなかったけれど……先月の日本人が犠牲になった事件で、ホワイト・ネイションのメンバーが大量の銃器を所持していることが明るみに出たことで、ようやく進展したのよ」
「ホワイト・ネイションが何故、武装化を急いでいるか……その理由は、これから突き止める予定ということか」
アナは親指を立てて答える。
本部内に眠る団体の活動の記録を見つけ出し、そこからあぶり出す作戦か。
俺はアナに頷いて、協力する意思を示した。
* * *
「……ホワイト・ネイションは、より正確に言えばWASP至上主義よ。白人の中でも、アングロ・サクソン以外は認めない。ムスリムやユダヤ人は元より、カソリックも攻撃対象となる」
夜を待って、ホワイト・ネイション本部の敷地内へと入り込んだ俺たち。
調査対象である団体について、アナから今一度の説明を受ける。
(その言い方からすると、アナもカソリックか……そして、ヒスパニック。俺は、日本人……どちらもホワイト・ネイションの攻撃対象になるな)
人種のるつぼと言いながら、アメリカで権力を握っているのはWASPだ。
歴代の大統領の多くには、WASPが就任している。共和党も民主党も、選挙で勝つためにはWASP以外の候補者は不利だと考えている証拠だ。
そう思うと、ケネディはよく大統領になれたもんだ。
「さぁ……行くわよ」
暗闇の中、声を潜めるアナに応じて気を引き締める。
そこへ、闇夜を切り裂く強烈なライトの光が俺たち二人を照らし出した。
「うっ……!」
警備員か……目を細めて相手の姿をよく見てみると、予想が外れたことに気が付く。
懐中電灯を持っているのは、スーツを着込んだ白人の男。その顔は、前もってアナに見せてもらっていた写真と合致した。
「ウィリアム……マッカーサー!」
まさかホワイト・ネイション代表が、直々に見回りをしているとはな。
いや、どこからか俺たちの情報を掴んだか。
マッカーサーは、ライトで照らされた俺たちを見るなり顔を歪めた。嫌悪と侮蔑の表情だ。
「薄汚いドブネズミどもめが……貴様らが明日の日の出を見ることはない」
マッカーサーの貌が、更に歪み出す。
表情の変化に留まらない。それは、まるで別人の顔へと変わっていった。
「その……顔は……ジョナサン・フォレスト!」
「何……? 私の名前を知っているとは、貴様は何者だ?」
間違いない。変化したマッカーサーの顔は、奴の前世でのもの。
即ち、ウィリアム・マッカーサーとは、パラレルワールドで悪名を轟かせたジョナサン・フォレストが転生した姿だったんだ。
ジョナサン・フォレスト……その名を思い出すだけで、この身に流れる血が煮え返る。日本人としての、俺の血がだ。
奴は前世において、合衆国中の非WASPを奴隷化した。そして、経済成長を続ける東アジアに宣戦布告したんだ。
白人が、他の人種より優れているということを証明するために。白人が……WASPだけが、永遠の魂を得られる世界を作るために。
「何者かは知らんが、それでは私の目的にも感づいていよう……ならば、なおさら生かしてはおけんな」
どうせ、転生したこの世界でも同じことをするつもりなんだろう。白人以外を奴隷化して、世界中の非白人の国を滅ぼす企みなんだろう。
そんなことは、絶対にさせないぜ。
「まずは、身動きが取れないようにしてやろう。それっ!」
マッカーサーが手にしたライトの光が、妖しい色に変化する。
その光を浴びたアナの服は、たちまち透けて見えてオリーブ色の肌を露出させた。
「えっ、えっ? きゃあ!」
突然、全裸にされたアナが、悲鳴を上げてうずくまる。
これじゃ、アナは戦えそうにない。俺が、やるしかない。
「そのくらいにしておきな。正義の光に照らされて悪事をさらけ出すのは、貴様の方だ!」
俺は曙光を取り出すと、その鞘が持つ力でもってマッカーサーの光を跳ね返す。
光が遮られたことによって、アナの服も元に戻った。
そして俺は地面を蹴って跳躍し、前世の頃からの怒りを両手に込める。
こいつによって命と尊厳を奪われた、多くの人々の怒りをだ。
「飛翔天誅斬り!」
「がっ……はぁぁぁ!」
悪の光が消え去り、曙光が照らす光によってマッカーサーは元の姿へと戻っていった。
気絶する奴を尻目に俺とアナは本部内へと侵入し、見事に目的を達成した。
* * *
「ヤマト、今回は貴方のおかげで大成功だったわ。今度の一件で、ホワイト・ネイションは完全に支持を失って解散も目前よ」
「マッカーサーの企みに全米ライフル協会と共和党が関与していたことについては、結局うやむやにされちまったけどな」
帰国間際、見送りに来てくれたアナと別れの挨拶を交わす。
DIAとしてか個人としてかはともかく、アナは俺に助けられたことに恩義を感じてくれている様子だった。
「貴方とは、これからもカウンターパートとして、やっていきたいわ。何か困ったことがあれば、いつでも連絡をちょうだい。本当は……合衆国で、一緒に仕事を出来たらいいんだけどね」
「そいつは光栄だ。けど……俺は、日本人だ。日本を護る使命を帯びた男だ。俺が帰る場所は、一つしか無いのさ」
名残惜しそうに苦笑いを浮かべるアナ。最後に彼女と握手を交わして、俺は帰路につく。
海の向こうで、俺の帰りを待ってくれている人がいるから。
ほんの一瞬だけ曙光を具現化して、指先で確かめる。その鞘と鍔とを固く結ぶ、ミズホの髪がそこにあることを。
(来週は……ミズホの十八歳の誕生日、か。間に合って良かったな)
その日ぐらいは一日、ミズホに付き合ってやってもいいかもな。




