エピローグの先に待つ未来
霧のような雨に包まれながら、俺の足は北アイルランド・デリーの街並みを踏みしめる。
街の東側から西側へと渡る橋の上、向こう側から現れた人影に声を掛ける。
「この先は、プロテスタントの区域だぜ?」
やってきたのは、先日このデリーで会った女性――メイヴだった。
俺に気が付くと、彼女は立ち止まって橋の下を見下す。
特徴的な赤い髪をしっとりと濡らしてフォイル川の流れを見送る表情は、どこか物憂げだ。
「この川は、イデオロギーの境界。西には、祖国との国境……そんなものが無ければ、みんな一つになれるのにね」
そうかもしれない。いや、きっとそうなんだろうな。
そいつを否定し壊そうとする奴らを除けば、それは皆の望みなんだろう。
「どこの国の人とも争わず平和に暮らしていけたら、どれだけ素晴らしいか……そんな夢を、昔は私だって持っていたのに……」
「……いつの間にか、忘れてた?」
言葉をつまらせたメイヴの代わりに、俺が彼女の想いを代弁してみる。
だが、彼女は更に表情を曇らせる。雨の雫ではないものが、その白い頬を流れていく。
「そんなものは、夢物語だって……いつの間にか、私自身が否定するようになっていた」
違うな……それは、悪意ある者によって歪められた偽の感情。アンタの真意じゃない。
「夢、だった……夢でしかないと言われるのが怖くて、誰にも話せなかった……けど、私は一人じゃない……私の仲間たちに会って話せば、分かってくれるかもしれない」
頬を伝うものを拭って、まっすぐに俺を見つめるメイヴ。
その瞳は、俺の言葉なんか無くても自分の夢を信じる気持ちに満ちていた。
「刑務所には、今も私の仲間たちが入れられている。連合王国を、一番許せないでいる彼ら……まずは、彼らに訴えて意識を変えてもらうところから始めてみるよ」
「……警察に自首するのか?」
メイヴの決意を察した俺の言葉に、彼女はうっすらと笑って頷く。
不本意だったとは言え、メイヴ自身も爆弾テロにその手を染めたテロリスト。その罪を償うつもりでいるのか。
「私は、私のやり方で……私にしか出来ない方法で夢を叶える……必ずアイルランド全体での独立を果たしてみせる。だから、アンタも……自分の夢を最後まで信じなよ」
「そうだな……アンタが帰ってくる時までには、日本も全ての領土を取り戻している……そう信じよう」
本当は、そんな未来……俺は知らない。
過去、いくつものパラレルワールドを見てきた俺。幾度も世界の終わりを見てきた俺。
まだ一度も、二十一世紀までは生き延びたことがない。
(それでも、信じてみたい……日本もアイルランドも、他国に奪われた土地を全て取り戻した平和な未来を)
気が付けば雨は止み、わずかな雲の切れ間から陽の光が注がれていた。
その光に照らされたメイヴは、アイルランドにおける希望の象徴のように輝いて見える。
情熱に満ちた赤い髪も、神秘的な魅力をたたえた白い肌も、大地の温もりを感じるふくよかなGカップのおっぱいも。
「ヤマト……だっけ? アンタ、人の胸ばっかり見てるんじゃないよ? 言ってくれれば、触らせてあげるからさ」
俺の視線に気が付いたメイヴが、苦笑しながら言ってくる。
せっかくのお誘いだが、俺の方はクールに応対する。
「……アンタが刑期を終えて、綺麗な身体になった時にでも頼むとするさ」
そこに至る道は、この橋を越えた先にある。俺みたいな路傍の人間に関わったりせず、早く行くんだな。
道をあけた俺に、メイヴが手を差し出してくる。別れの握手か……その求めに応じて、俺も手を伸ばす。
(……!)
メイヴの手を取ろうとしたところで、反対にメイヴに手首をつかまれる。そして、そのままメイヴは俺の手を自分の胸元へと押し当ててきた。
Gカップの弾力が、掌いっぱいに伝わってくる。その感触は、メイヴが手を離した後もしばらく残っていた。
「じゃあね……平和な時代に、また会おうか」
「あぁ……平和な時代に、な」
街の東側へと歩いていくメイヴの背中を見送る。彼女の進む道が、アイルランドの未来に繋がることを願って。
俺は、俺の道を行く。俺が願う未来へと続く道を。
そんな道が、きっとあるはずだ。俺は、今までのパラレルワールドで見れなかった未来を見たい。世界の最後ではなく。
それが、俺の夢。その夢を、一緒に叶えてくれる人もいる……と、信じている。
「さて……ピーターラビットの絵葉書でも買って帰るか」




