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第七話 マスターズ・オブ・ウォー

 俺は、ロンドンへと戻ってきた。

 目的は、保安局(MI5)本部に乗り込むこと。

 メイヴから聞いた、MI5の人間がデリーの人々を(あお)ってテロ活動に走らせたという話。その真相を(つか)むために。


(イギリス国内のスパイを取り締まるMI5本部への潜入は、容易ではないだろう……他の者ならな)


 俺なら、気付かれずに中に入ることも可能だ。

 既に前世で二度、忍び込んだ経験のある勝手知ったる保安局だからな。

 幸い、危惧(きぐ)された公安警察(スペシャルブランチ)のマークも無さそうだし、とっとと乗り込でやろう。

 そう思った矢先、本部入口に見たことのある顔を見付けて足を止める。


(あれは……ハリスとか名乗った、当のスペシャルブランチ……)


 何の用事かはさておき、クラークに会いに来た公算がデカい。

 これは、ただ潜入するだけじゃなくなったな。ハリスの後を()け、奴らの尻尾を掴んでやる。


(……部屋の中に入った)


 建物の中に入り込み、気付かれないようハリスを追うこと数分。そのハリスが、廊下の先にあるドアを開けて中へと入っていった。

 ずいぶんと奥まった所にある部屋で、通り掛かる職員の姿も無い。密会には、うってつけの場所だな。

 ハリスが入ったドアに、耳をピタリと付ける。すると、中から話し声が二つ聞こえてきた。


「デリーで一件、爆弾騒ぎだ。これは市民の通報で事無きを得た。後は、ベルファストでガセが三件……北アイルランドも、近頃は大きな騒動は無くなってきたな」


「そうだな。ならば、また頻繁(ひんぱん)に起こるよう仕向ければいい。()の地の連中を()きつける事など、造作も無い。が、その前に――」


 部屋の中の話し声が途切れた。そう思ったと同時に、いきなりドアが開かれた。

 ドアに張り付いていた俺の身は、体勢を崩して部屋の中へとつんのめる。

 中にいたのは、やはりハリスとクラーク。しかし、その位置はドアから離れている。

 一体、どうやってドアを開けたのか……どうして、外にいる俺に気が付いたのか。


「日本人は勤勉との評判だが、なるほど勉強熱心だな。しかし、君への講義は終わりだと言ったはずだ」


 言いながらクラークは、俺に向かって手を伸ばしてくる。

 次の瞬間、俺の身体は何かに掴まれて身動きが取れなくなった。まるで、見えないロープでぐるぐる巻きにされたかのように。

 今度はハリスが、その手を伸ばす。動きを封じられた俺ではなく、その後ろのドアに向けて。

 ハリスの手の動きに合わせて、ドアはひとりでに閉まっていった。


(コイツら……この二人も、異能力者だ!)


 離れた場所からドアを開けたのも、ハリスの能力だったのか。

 そしてクラークの能力で、俺は両腕ごと身体を拘束(こうそく)されてしまった。


「この部屋のドアは、一部分が中から外の様子が見えるようになっている。ここまで(もぐ)り込めたのは()めてやるが、残念ながら立ち聞きする姿は丸見えだったよ」


「もっとも、防音対策されている室内の会話は、聞こえてなかっただろうがね」


 そうか。俺の耳には聞こえていたが、それについては黙っておこう。


「それで……秘密を()ぎ出そうとした俺は、始末される運命にあるって訳か。十五年前のバーミンガムで起きた事件……その容疑者の無実を(うった)えてた団体のメンバーが、後にテロ容疑で逮捕された件……そこまでは、辿(たど)り着いたんだがな」


 二人の表情が変わった。やはり、メイヴの話は事実だったか。そして大方、この二人はその件に直接関与していると見た。

 どんな筋書を用意していたのか、口を割らせてみせるぜ。


「俺の予想では、MI5がテロへと誘導したと思った。だが、そうだとして目的が分からないから、こうして探りに来たんだ。……謎が残ったまま始末されるのも、スッキリしない。最後に、アンタたちの計画を教えてくれないか?」


 俺の発言に、両者は顔を見合わせた。そして、俺に向かって冷ややかな笑みを浮かべて来た。


「その手には乗らない。どうせ、この会話を録音してるか、どこかと通話してるんだろう?」


 二人は、俺の身体を()らえたまま近づき、俺の衣服に手を掛けてきた。

 服のどこかに、盗聴器でも仕掛けていると踏んだんだろう。たちまち俺は、二人の手によって身ぐるみ()がされてしまった。

 俺は感づかれないよう、こっそり録音スイッチを入れた。


「……どうした? 何か見つかったか?」


 剥ぎ取られた服はビリビリに破られ、靴の底まで念入りに調べられた。

 だが、そんな所には何も仕込んではいない。何も見つかりやしない。

 二人は再び顔を見合わせると、(あき)れたように肩をすくめた。


「疑いが晴れたんなら、さっきの俺の――」


「君にレクチャーすることは、何も無い。例え、これから死んでいく身だとしてもな」


 素っ裸にされながらも依然(いぜん)、俺の身体はクラークによって拘束されている。

 奴らにとって俺は、いつでも命を(うば)える状態にある。

 そんな俺でも、まだ口は動かせる。


「そうかい……まぁ、大体の見当は付いている。北アイルランドのナショナリストが、アイルランド島の統一を求めて連合王国を相手にテロだの暴動だの過激なことをする……そうなれば、彼らは世界中から非難を浴びて支持を失っていく。そいつを狙って、彼らを焚きつけたってところか」


 俺の推理を聞いた二人は、うつむきながら笑いを噛み殺している。

 その反応は、返事を待たずとも「的外れだ」と言っていた。


「平和ボケした日本人の発想など、所詮その程度だな」


「もう少し、考えてみてはどうかな? 例えば、我が国がフォークランドを手にするには、どうすればいい? 中国が香港を手にするためには、何が必要になってくる?」


 フォークランド紛争が開戦したのは、アルゼンチンがフォークランド諸島に侵攻したのが切っ掛けだ。

 その結果、イギリスは武力でもってアルゼンチンを下し、フォークランド諸島を押さえた。

 それが出来たのも、全てはアルゼンチンが軍を動かしたため。イギリスは国土防衛という名目で、アルゼンチンからフォークランドを奪還した。


「……口実、か?」


 長引く対立を解決するには、戦争で勝利するのが早道だ。

 しかし、それは大いに国際的な批判を招く。

 ならば、相手国に先に攻撃させればいい。そうすれば、自国は戦争突入の――相手国の占領の正当性が得られる。


「北アイルランドでテロが横行し、大規模な暴動が続けば……イギリスは、それを鎮圧(ちんあつ)する名目で軍隊を派遣できる。アイルランド共和国の統治では、アイルランド島全域の平和維持は困難であるとし……アイルランド再占領の口実を得るのが目的だったのか……!」


「その通りだ。よく解答できたな」


「アイルランドは、元より我らの土地。いや……この世界の全ては、我らが大英帝国の物なのだ。それを取り戻すための戦いは、正当化されなければならない」


 そうやって自分の国、民族が一番だと思い込み栄耀栄華を尽くす。そこに、他国の苦しみを想像する余地など無い。

 そんな国が覇権を握っては、人類の終わりだ。俺が何度も見て来た、この世の末路だ。


「……それが真相か……ところで、そろそろ録音を止めたらどうだ?」


 俺が発した言葉に、二人ともハッとした顔で息を飲む。

 まさか……とばかりにクラークが、自分の上着のポケットをまさぐる。

 取り出したのは、奴が愛用しているテープレコーダーだ。今の会話を、しっかりと収めてくれたな。


「い、いつの間に……!」


 そう思うだろう。お前たちが得意とする異能力ほどではないが、俺も少しくらいであれば離れた所にある物を操作できる。

 指先から放った衝撃で、見事にクラークのポケットに収められていたレコーダーのスイッチを入れてやったぜ。


「それに、上手いこと俺の誘導に引っかかってくれたしな。しっかりとレクチャーしてくれて、感謝するぜ」


 ニヤリと笑ってやった俺とは反対に、二人はサッと顔を青くする。

 最初に俺が口にした推理は、わざと見当外れなことを言ってやったんだ。二人に真実を語らせるためにな。

 自分を優れていると思い込んでいる相手には、この方法が有効だ。


「くっ……それが、どうしたと言うのだ? 君が身動き取れないことに変わりはない。その君を始末した後で、テープを処分すれば済むだけの話だ」


「そう上手くは行かないぜ……お前らみてぇな悪党の思うままにはな!」


 縛られた状態のまま、両手に意識を集中させる。

 具現化した曙光(ショコウ)暁光(ギョウコウ)が、見えないロープを断ち切って俺の身を解放する。

 突如として現れた二振りの刀、そして自由を取り戻した俺を見て二人とも驚きを隠せない様子だ。


「お前たちこそが、戦乱という悲劇の(みなもと)……戦いを引き起こす戦争の親玉(マスターズオブウォー)だ。その悪事を世界中に(あば)いてやる!」


「何を……喰らえ!」


 ハリスが手をかざす。そこから能力が発動されるより早く、俺は曙光を振り上げた。


「曙光・電撃雷鳴斬り!」


 ハリスの身体は後ろへと大きく飛んでいき、壁に背中をしたたかに打ち付けて倒れた。

 次はクラークの番だ。奴もまた俺に(てのひら)を向けてくるが、二度も喰らう俺ではない。


「暁光・疾風微塵斬り!」


 暁光を振り下ろした衝撃が、見えないロープをズタズタに斬り裂く。その勢いは(おとろ)えることなくクラークの身体を直撃し、ハリス同様に吹き飛ばす。

 奴が、その手から放り投げたテープレコーダーをキャッチする。研修成果としては、申し分無い証拠(エビデンス)だろう。


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