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第五話 侵略の歴史

警察(RUC)のオフィスに爆弾を仕掛けたのは、お前たちだな……メイヴ?」


「……そうだ。私も、アンタからその話を聞きたかったんだ。何故、日本人が私たちの邪魔をしたんだ? 何故、アイルランド(エール)の問題に首を突っ込んでくる?」


 なるほど、スペシャルブランチの尾行は無かったが、テロリスト側には()けられていたって訳か。

 国名をアイルランドの第一公用語であるゲール語の“エール”と呼んでいるあたり、筋金入りのナショナリスト――イギリスと対立する活動家だな。


「……別に、そちらの活動の邪魔をする気は無い。俺自身にも、日本政府にもだ。イギリス……連合王国(UK)に対して主張したいことがあるなら、どんどんすればいい。だが、そのために無益な血が流れることだけは阻止させてもらう。人としての倫理観に従ってな」


「倫理観……? そうかい。だがね、私たちはその倫理観というヤツが全く異なる敵と戦っているんだよ」


 クスリともせずに言い放つメイヴ。

 イギリス人とアイルランド人とでは、倫理観が異なる……なかなか、根が深そうな言葉だな。


「……どういうことか、教えてくれないか?」


「十五年前……バーミンガムで、IRAがやったと思われる爆破事件が起こった。だが、犯人として捕まったのは何の関係も無いエール市民だった。当然、彼らは無罪を主張したが……下った判決は、有罪だった」


 俺の質問に対するメイヴの返答は、ずいぶんと具体的な事件に関することだった。

 それにしても、無実のテロ事件で逮捕され有罪判決が下るとは。


冤罪(えんざい)……ということか?」


「そうさ。奴らは、事件の犯人なんか誰でもよかったんだよ。欲しかったのは、エールに対する見せしめ……そのための生贄(いけにえ)だったんだからね」


 その捕まった人たちが犯人でないことは、調べれば分かるはず。

 いや、それが分かったとしても、実行犯が誰なのかが分からなければ事件解決とはならない。

 イギリス市民を安心させ、IRA側に警告をするためには、事件の解決――アイルランド人の誰かを有罪にする必要があった。

 それが、スコットランドヤードのやり方か。


「彼らは、獄中で今も無実を訴え続けている。刑務所の外でも、警察にもう一度事件を調べさせて裁判のやり直しを求める運動が起きていた。私も……その運動に参加していた」


「それが……どうして、テロ活動に?」


 俺の問い掛けに対してメイヴは一瞬、顔を引きつらせた。

 よほど苦い記憶があるんだろう。


「……私たちのグループの中に、スパイが潜り込んでいたんだ。そいつに(あお)られ、そいつが率先して、私たちに武器を取らせた……そのスパイは、連合王国のMI5だったんだ」


 まさか、という思いから口をつぐむ。

 MI5が……潜入したテロ組織を解散させる工作をするならともかく、破壊活動に走らせたというのか。


「私たちは、奴らにハメられた……MI5は私たちに武装させ、集会しているところを検挙して一網打尽にする計画を立てていたんだ。私の仲間も……多くが刑務所に入れられた」


 メイヴの話から、英国紳士然としたMI5・クラークの顔が頭に浮かぶ。

 クラーク本人が、その(たくら)みに関わっていたのかは分からない。

 だが、イギリスという国の紳士の(つら)に隠された素顔が、おぼろげながら見えてくる思いだ。


「IRAとは無関係の一般市民を犯人に仕立て上げてでも、連合王国の平和と秩序を守ろうとする……そのためには、何人のエール国民が犠牲になっても構わない……それが奴らの倫理観だと言うなら、私たちの言葉が届くはずがない!」


「だから、会話による解決を(あきら)め、武器を取る道を選んだのか?」


「先に武器を持ち出し、エールに攻め込んだのはイングランドの連中だ! カソリックの民を殺戮(さつりく)(しいた)げてきたのは、プロテスタントの奴らだ! 言葉が通じない相手には、主義が異なる相手には、武力で意思を示す……そのやり方を持ち込んだ連合王国に、同じ方法でやり返して何が悪いのさ!」


 メイヴの鬼気迫る物言いには、アイルランドの民が(かか)える八〇〇年間の怨恨(うらみ)が宿っていた。

 俺も本の中では知っていた、侵略の歴史を裏付ける生の声を聞いた思いがした。


(アイルランドの民……ケルト系と思われるメイヴの先祖が辿(たど)った歴史。それは確か、こんな内容だった――)


 ケルト人がアイルランド島に入植し始めたのは、紀元前六〇〇年ごろ。爾来(じらい)、アイルランドはケルト人のものだった。

 一二世紀に、ブリテン島のアングロ・ノルマンがアイルランド島に来襲。そこからケルト人――アイルランド人への長きにわたる、数々の弾圧が幕を開ける。


「ノルマン人の侵略……それによってアイルランド人(アイリッシュ)は住んでいた土地を追われ、ノルマン人の奴隷として働かされ自由を奪われた」


 俺の思考を読んだかのように、メイヴも自国の歴史を語っていく。

 より説得力に(あふ)れた、より切実な思いを。


「『女は世界の黒人』……そう歌ったシンガーがいたが、アイリッシュはヨーロッパの黒人だ。デリーの現状を見てみなよ……南アのアパルトヘイトと、どこが違うのさ? アイルランド島に、大きな森が無いのは何故だか知っているかい? 侵略者たちが材木をヨーロッパへ売りさばくために、木々を切り倒していった結果だ」


 メイヴの口から出る例の一つ一つが、アイルランドが味わってきた迫害と弾圧の歴史を物語る。

 やがてイングランドで清教徒(ピューリタン)革命が起こると、より過酷な状況がアイルランドを襲うこととなる。

 クロムウェル率いるプロテスタントによって、カソリックの大量虐殺が行われた。


「虐殺を(まぬが)れたカソリックに対しても、仕打ちは終わらなかった……多額の税金を掛けられ、土地や財産の所有さえ制限を設ける法律が作られた」


 家にはベッドも、煙突も、窓さえも付けることが許されなかった。

 卵もバターも、明かりを(とも)すための油も税金として取り上げられていった。

 飢えと寒さに苦しみ続けてきた、アイリッシュの悲劇……メイヴは、先祖の代からそれを聞かされてきたんだろう。

 彼女の口から聞かされる言葉の一つ一つに、歴史の重みが感じられる。


「分かるかい? アイリッシュは奴らから、人権の全てを奪われたんだ。自分たちの言葉であるゲール語も忘れるくらい、アイリッシュとしてのアイデンティティを失っていったんだ」


 確かにアイルランド共和国は、国の第一公用語をゲール語と定めてはいる。だが、その話者はあまりにも少ない。

 イングランドに支配されていた八〇〇年の間に、純粋なアイルランド人は数を減らしていったということか。


(だが、今……アイルランドでは、ゲール語を復活させる動きが活発になってきている)


 二十世紀に入って独立を果たし、八〇〇年間の支配から解き放たれたんだ。アイルランドは、自分たちのアイデンティティを取り戻そうとしている。

 そう。それは連合王国からの独立を果たしたアイルランド共和国の話であって、北アイルランドの情勢ではない。


「独立後も、デリーを始めとする北部六州は連合王国に留め置かれた。カソリックの国・エールが独立すれば、それまで支配者層にあったプロテスタントは社会的少数派(マイノリティ)に立ち代わるからね」


 独立前から、北アイルランドはプロテスタント人口が多かったと聞く。

 だから、プロテスタントたちは自分たちの利益を守るために、北アイルランドの独立に反対した。

 アイルランド人にとっては、北アイルランドもアイルランド島の一部。連合王国ではなく、アイルランド共和国の国土とすべき土地。

 その主張を受け入れれば、北アイルランドのプロテスタントたちはカソリック国・アイルランドの中で弱者となり果てる。

 かつて自分たちがカソリック系住民に……アイルランド人にした仕打ちが、自分たちに返ってくることをプロテスタントは恐れた。

 それで、北アイルランドがアイルランド独立に加わることに反対し、今も連合王国の一部になっている。北アイルランドのカソリックは、今もプロテスタントと戦い続けている。


「だから……武器を取ってプロテスタントに……イングランドに(あらが)おうって言うのか? 自分たちの土地に入り込んだ侵略者の子孫を、血と爆弾の闘争で追い出そうと言うのか……メイヴ?」


 狭い部屋の中で、俺とメイヴ――二人の言葉、二人の視線が火花を散らす。

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