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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第五章 飯田家
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69話 理

 亀山盆地を歩き、大枝(おおえ)山を越え、丹波国から山城国へと入った俺とお香は街道の横にある田んぼの用水路の小川の脇に腰掛けて、わらじを脱ぎ素足を浸していた。 

 群れた小魚達が俺らの足をツンツンと突っついている。


「気持ちいいね、良い天気だぁ」


 お香が空を見上げてそう言った。

 空は快晴で雲ひとつなく、真っ青やった。

 陽がよく照っており、若干暑さも感じるが少し風が吹いていたので心地は良かった。


「ほら、食って」


 俺は袋から握り飯が包まれた布を取り出し、お香に握り飯ひとつを差し出した。

 旅立つ前におかんから手渡されていたもんや。

 袋の中にはイワナとアユの干物もいくつか入っとった。


 時刻はそろそろ(うま)九つ(午後12時)になるやろうか。

 お香は俺から握り飯を受け取ると俺を見詰めた。

 俺も握り飯を手にして口に運んだ。

 それを見るとお香も握り飯を口に運ぶ。


「おいしいね、陽気も良くて食べ終わったら寝てしまいそうだよ」


 お香が握り飯を口に運び、小川に浸した両足をバシャバシャと交互に動かしながらそう言う。

 小川の小魚達は散り散りになって逃げていった。


「そうやな、まぁ急ぐ事もあれへんし昼寝してもええけどな」


 俺はそう言い握り飯を口に運んだ。


「だけどさ、訓練しないとね、太刀のさ」

「……すんの?こんな所でもか?」


 俺は黒頭巾を巻いたお香の横顔を見詰めた。


「するよ、毎日ね」


 お香が前を向いたままにそう言う。


「……ええ?」

「二郎、いしを最強の剣士に育て上げるべ」


 本気なんやろか……昨夜も言うとったな……


「……無理やってそんなん……俺素人やもん」

「弱音はやめてね?つまんないよ?そんな言葉吐く男なんてさ」


 お香がチラリと俺を見てそう言う。

 俺もお香を見詰めた。彼女の目は本気である……


「もう遅いよ、おめえは私の目に止まった。徹底的に鍛え上げて育て上げてやる。ほら、おめえさんが畑で作物作るようなもんさ。私も二郎を作りあげんだ」


 作物なんか俺は……


「だから昼御飯食べたら特訓だからね?昨日ほど長くはしねえから安心して」


 お香はそう言い握り飯を口に運んだ。


「……かなわんのう……」


 俺はそう呟き、袋からイワナの干物を取り出して噛み付いた。


「あ、私にも頂戴?」


 お香がそう言うと俺の手から干物を奪い、それに噛み付いとる。


「強引やなぁ」

「うめえね、ほら」


 そう言い干物を返してくる。

 俺はそれを受け取ると又干物に噛み付いた。

 干物はイワナの味がよく出ていてうまかった。


「ほら、頂戴?」

「ええ?まだまだあるで?ほら」


 俺は袋の中をお香に見せた。


「……良いべ、二人で交互に食べるべ」


 そう言うとお香が俺の手から又干物を奪い食らい付いている。


「なんの意味があんねん、仏の教えか何かか?」

「おめえさんと心通わせたいからだ」


 そう言い干物を渡してくる。


「ええ?心?」


 俺は干物を受け取った。


「一つの食べ物を共有しあってさ、摂取しあって心通わせんだ。その方が太刀教えんのにも役立つかなと思ってさ……」


 お香はそう言うも視線を落としとる。

 若干照れながら……


「ふふ、それは仏の教えなんか?」


 俺は視線を落とすお香にそう尋ねた。


「……私の考えだ……」


 お香が小川を見詰めながらそう言った。

 小川に浸した足には又小魚達が集まってきて足を突っついている。


「よう分からんけどお前がそう言うんやったら従うわ」


 俺はそう言い干物に噛み付くと又お香にそれを渡した。

 干物はもう半分も無かった。


「いし無双の剣士に育てあげんべ!徹底して教えてやっから覚悟しな!」


 お香が俺をじっと見詰め、声をあげてそう言うと残りの干物を全て口の中に入れてしまった。


「ふっ、無理すんなよ」


 俺は吹き出してそう言った。

 お香は口の中でモグモグと干物を噛みほぐしながら俺をじっと見詰めていた……




「良いよ、もう一回」


 お香が俺の踏み込みを見てそう言う。

 ふっ、と息を吐くと同時に俺は前方に踏み込んでいた。


 街道の脇の野原で木の枝を持って構え、摺り足で前へと踏み込む動作を延々と……


「良いよ、もう一度」


 お香は俺の動きを見詰めそう言う。


「……お香、ちょっとええか?」


 俺は枝を構えたままそう言った。


「何?」

「昨日の最後の良い動き出来てるんやろうか?手応えがあれへんねん」

「気にしなくて良いよ、昨日は昨日だ」

「何かコツとか教えてくれや」

「無いよそんなの、自分で探しな」

「えぇ……」


 俺は構えを解いてお香を見た。


「ほら、文句言ってねえで足さばき続けて」

「文句ちゃうって、教えを乞おう思うてやな……」

「教えてんでしょ?ずっと足さばきの反復繰り返すんだ」

「どこが良いか悪いかぐらい教えてくれや」


「全部悪いよ、全部」


 お香がじっと俺を見詰めそう言う。

 俺は黙り込んだ。


「ほら、さっさと続きやりな」

「……何が悪くてどうすればええかぐらい教えてくれや」

「いしが自分で見付けんだ」

「無理や……そんなん……」


 俺がそう呟くとお香が俺をじっと見詰めた。

 そして俺の側に近寄ってきた。真剣な眼差しで……


 ひっぱたかれんのかな……

 そない思っとるとお香が後ろから俺を抱き締めてきた。


「え?」

「構えてみて」


 後ろからそう言われる。

 俺は木の枝を構えた。

 すると後ろのお香が俺の両手を掴んできた。


「良い?もっと力抜いてね」


 お香が耳元でそう囁く。


「あぁ……」

「一二の三、で踏み出して」

「分かった」

「行くよ?一二の……三!」


 お香がそう言い、三の時に俺は前に踏み込んだ。

 後ろのお香も俺の両手を掴んだままに、同時に動いた。


「分かった?分かんねえべ?」


 お香が耳元でそう言う。

 分かる分からん以前に妙な気持ちになってくる。

 彼女の色気のせいで……

 そやけど何となくお香の身のこなし方を感じた。


「いや、少し分かった気がする」


 俺は後ろから抱き付くお香にそう言った。


「…………」

「……お香?」

「あ、あぁ……分かる?分かる訳ねえよ……」


 そう言いお香が俺から離れた。


「ほんの少しだけ身のこなし方を感じたぞ?」


 俺はお香を見てそう言った。


「そ、そう?ならやってみて……」


 お香はそう言うが……

 若干、頬を染めて照れとるように見えるんやが……


「ほんなら行くで」


 俺は木の枝を構えた。

 そして先程得た感覚を頭の中で再現させ……


 バッ……

 と前に踏み込んだ。


「良いね、良いよ」


 お香がそう言う。もう頬は染まっておらず元に戻っていて目は真剣やった。


「大したもんだね、良くなってるよ、少しだけどさ」


 お香が俺を見てそう言った。


「まだまだか?」

「まだまだだね、まだまだまだだよ」

「ふっ……」


 俺は苦笑いを浮かべた。


「でも少しずつ良くなってるよ?ほら構えて、まだ続けるよ?」

「…………」


 俺は無言で構えから前に踏み込む動作を続けていった。


 この野原の広がる山城国の入り口で……




 あれから半刻(1時間)ほど訓練をした後、俺らは並んで街道を歩いていた。

 街道沿いは森や林や田んぼや畑ばかりやった。

 たまに遠くに集落も見えたが……


 そろそろあの場所に来るやろう。

 お香が暴れまわり盗賊連中を成敗したあの荒野に。


「そろそろだね」


 お香もそう言った。

 俺と同じ考えや。


「……そやな……」

「…………」


 お香は何も言わずに黙っている。




 やがてその場所へとやってきた。

 二日前に盗賊達を蹴散らせた荒野。

 しかし、なぜか知らんが賊の遺体は無かった。

 無かったが大きな石が一つ置かれとった。

 その石の周りは明らかに穴を掘り、そして埋められた痕跡がある。

 誰かが遺体を全て埋葬したんやろうと想像がつく。


「待って二郎、拝まさせて」


 お香はそう言うと道から外れ、その石の元に向かった。

 俺も彼女の後に続く。

 お香は石の前に来ると手を合わせて念仏を唱え出した。

 俺も一応手を合わせた。

 そして無心になる。




 ……しばらくした後、お香の念仏が終わった。


「…………」


 お香は何も言わずにいる。


「……どうしようもあらへんかったんや、しゃあない」


 俺は黙り込むお香にそう言った。


「私は鬼畜かな……」


 お香がぽつりとそう呟いた。

 俺は石を見詰めるお香の横顔を見た。


「沢山の命を奪った私は鬼畜かね……」


「何を言うとんねん……仕方のない事やったんや」


 俺はそう呟いた。


「…………」


 彼女は無言でおる。


「こんな荒れた世や、これも世の(ことわり)なんや」


 俺は石を見詰めてそう言った。


「……酷い世だね……」


 彼女は小さな声でそう言った。


 彼女の横顔を見ると、その頬には一滴(ひとしずく)の涙が流れていた…………

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