表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本能寺の足軽  作者: 猫丸
第四章 丹波国亀山
68/166

68話 お香と京へ

 翌日早朝、俺は居間の囲炉裏の前で朝食をとっていた。


 さすがに朝は白米ではなく麦飯と塩と漬け物だけやった。

 俺の隣には兄貴が座っていて囲炉裏を挟んだ向かいにはお香が座っている。


 お香は食事の乗った膳に向かい手を合わせて拝んでいた。

 お香の右隣には兄貴の子達の与介と沙弥が並んで座っていて、その隣にはお円さんもおった。


 お香が拝み終えると与介がお香に微笑みながら話し掛けとる。

 お香も与介に微笑み返し、何かを言っていた。

 与介が随分とお香になついているようやった。


 あの剣さばきを見て心惹かれたんか、それともお香の人柄に惹かれたんか……

 それはよう分からんが……


「二郎、京に戻る言っとったけど、行くんか?」


 隣の兄貴が俺にそう言う。


「あぁ、行くわ、槍預かっとってな、返さなあかんねん」

「何で槍なんか返さなあかんねん」


 兄貴がじっと俺を見詰める。


「その家の家宝の槍なんや、俺はそこで……世話になったし……」

「……世話……か、戦で助けてもらいよったんか?」

「違う……囚われた」

「…………」


 兄貴が無言で俺を見る。


「そやけど色々と世話になったんや、戦で肩痛めたんやけど治療もしてくださってな」

「二郎、あの米俵は何なんや、それは言え」


 兄貴が鋭い目で俺をじっと見詰めそう言った。


「……槍の腕前を褒められたんや、そんで……」

「羽柴秀吉様からか?」

「そ、そうや……」

「ちゃんと説明せえや、親父もお袋も不思議がっとるけどお前に遠慮して黙っとるんや、俺には言え、二郎」


 兄貴が真剣な眼差しをしてそう言う。


「……俺は……」


 俺はそう呟いた。

 兄貴がじっと俺を見詰める。


「山崎の戦で、途中で逃げ出したんや……完全な負け戦やったから」

「おう」

「ほんで……森の中に逃げ込んだんやけど……ある集団に捕まってもうて」

「…………」


 兄貴はじっと俺を見詰める。


「そんで、その集団の住み処の小栗栖言う所に連れてかれたんや、囚われの身としてな」

「おう」

「ほんで……俺は……言われるがままに真夜中に……」


 言うべきなんやろか……あの事を……言ってええんやろうか……


「…………」

「なんや」


 黙る俺に兄貴がそう言う。じっと俺を見詰めたままに…… 


「真夜中にな……明智光秀様を……」


「…………」


「討った」


 俺は静かにそう呟いた。 


「……それであの褒美貰いよったんか」


 兄貴がそう聞く。


「違う、俺の槍の腕を見てみたい言うて……秀吉様の前で試合させられて、ほんで御満足なさられて、そんで褒美貰えた」

「何でお前の槍の腕見たい言われはったんや」

「小栗栖から京に向かう時に賊に襲われたんや、それを俺が殆んど蹴散らせて……それと明智光秀様を討った事もあって……」


 ふぅ……と兄貴が息を吐いとる。


「お前がか、避けるのだけはうまいなぁ思うとったけど、そこまでの力あったんか二郎」

「いや……」

「二郎、戦行く前にお前に渡されたあの白い石は何や?」


「あれは……実は本能寺で手に入れた龍涎香(りゅうぜんこう)言うもんで、織田信長様の御遺体から出てきたもんやねん」


「声聞こえたんや、山崎には行かさん、言うてな」


 兄貴が俺を見詰めてそう言った。

 俺も兄貴を見詰め返す。


「俺の属する隊の殆んどはな、勝竜寺城の護衛に行かされたんやぞ、そやけど俺は坂本城の護衛に行くように言われたんや、その声を聞いた後にな」


 俺は黙って兄貴の話を聞いた。


「勝竜寺城は攻め落とされたんやろ?俺は……このお守りのおかげで坂本におられた。これが無かったら死んどったかもしらん、そんな気がしてしょうがないんや」


 そう言うと兄貴は懐から小袋を取り出した。


 中には信長様の龍涎香が入っている小袋。


「お前が偉業を成し遂げたんも、ひょっとしたらこの石の御導きかもしらんな、そやけど……お前は確かに武の才があるかもしらん」


「急になんやねん……」

「誇らしく思うぞ二郎、お前みたいな弟がおってな」


 ……恥ずかしいわい……

 何を言うとんねん……


「ええわもう……ほんで俺、今日お香と一緒に京行くわ、久も探さなあかんし」


 俺は戸惑いながらもそう言った。


「べっぴんな尼さんやな、変な事したらあかんぞ?」

「せえへんわ……そんなん……」


 ……しかけたけど……


「二郎、すぐ帰ってこいよ?みんなお前の事心配しとったんや、家族全員な」


 兄貴が静かにそう言った後、漬け物を口に運んどる。


「…………」


 分かっとるよ、そんな事……

 そやけど改めてそう言われると……


 俺の目頭は熱くなり、ほんの少しだけ涙ぐんでしまった……




「よっしゃ!ほんなら行くわ」


 ぼうまるの服を着た俺は玄関の外で、ぐるりと飯田の槍を回した後に脇に携えてそう言った。

 頭に黒い頭巾を巻き、黒装束と黒い袴を身にまとった隣のお香は微笑みながら俺を見ている。


 玄関前には両親と兄貴夫婦が立っていた。

 祖父母にはもう声を掛けていたので、玄関前には姿を現せてはいない。


「二郎さん、お気をつけてね?」


 お円さんが二歳の沙弥を抱きながらそう言うと、沙弥がわーんと泣き出してしまった。


「尼さんまた来るん?」


 五歳の与介はお香にそう言うとる。


「来るよ?また会おうね?」


 お香がしゃがみこみ、与介に優しくそう言うとる。


「おとん、おかん、俺に遠慮せんと米全部食ってもええからな」


 俺は両親にそう言った。


「二郎、すぐに帰ってきいや?」


 おかんが心配そうにそう言う。


「二郎」


 おとんも俺に声を掛けてきた。


「戦に行くわけちゃうんやから、そない心配せんでもええよ」


 俺は両親にそう言った。

 なぜかおとんとおかんが涙ぐんどる。

 俺はその様子を見て吹き出しそうになった。


「お香さん」


 兄貴が、しゃがみこみ与介の相手をしているお香に声を掛けた。


「はい」


 お香が兄貴を見て立ち上がった。


「これ、あんたにやるわ、ごっつい御守りや」


 そう言うと兄貴は首に掛けていた紐の付いた小袋を外し、お香に差し出した。


 例の信長様の龍涎香の入った小袋である。


「兄貴……」


 俺はそう声を掛けた。


「俺は多分もう戦には呼ばれへん、前回、戦に呼ばれたんは特別や。そやからお香さん、あんたにやるわ。織田信長様の御加護のある特別な御守りや。大事にしてくれ」

「……分かりました、ありがとうございます」


 そう言いお香は小袋を受けとると、それを首に掛けた。


「二郎、すぐ帰ってこいよ?ほんでお久の事は……」


 兄貴が言葉を濁す。


 ……え、何?


「そっとしとったれ」

「…………」


 俺は無言でおった。


「だけんど話聞かねえとね」


 お香がそう言う。


「……そやな、話はすればええわ」


 兄貴がそう言う。


「……まぁええわ、京に行くだけやから、ほんならな」


 俺は槍を手にしてそう言うと、家族全員の顔を見た後に通りへと向かった。


「お世話になりました。またご厄介させて頂くかもしれませんが、その時はよろしくお願い致します」


 お香が家族に頭を下げた後、俺に続いてくる。


「良い家族だねえ」


 お香が隣に来てそう言う。


「そやな」

「これ、なから御利益ある御守り?」


 お香がそう言い、首からぶら下げた兄貴に渡された小袋を手にした。


「……あぁ、織田信長様の御守りやで。ほんで、なからってなんやねん」

「ごっついって意味や、田舎者」


 お香が冗談ぽくそう言った。


「そんな田舎言葉分からねえだべ」


 俺も冗談ぽくそう言った。


「はぁ?うるせえ馬鹿!」


 パシンッ!

 と、お香が俺の背を叩く。


 痛い……


 俺は顔をしかめて悶絶した。



 お香はそんな俺の姿を見て、ケラケラと笑っていた…………

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ