60話 僧兵
お香と仮想の試合をし終えてから、すでに一刻(2時間)は経ったやろうか。
一行は俺の故郷丹波亀山へと進んでいた。
先頭は秀吉の使いの男が歩き、それに続いて俺となぜか坊主頭の入れ墨男が並んで歩き、その後ろを米俵を担いだ二十人程の男が歩いて最後尾に羽柴の家紋の入った旗を持つ男と共に槍を持つお香が歩いとった。
先頭を歩く男は賊に襲われた時にお香に渡した刀を返してもらい、今は腰に添えた鞘に納めて歩いていた。
俺はその男の背を見詰めていたが視線を逸らし、ちらりと隣を歩く入れ墨の男に目を向けた。
随分いかつい顔した男やなぁ……
坊主頭の長身の男は着物を着とるが胸元から鮮やかな入れ墨が見てとれる。
入れ墨男は槍を手にし、前を真っ直ぐ見て歩いていた。
遠くには山城国と丹波国の境目に位置する大枝山が見える。
あの山を越えたら俺の故郷亀山はすぐそこや。
「もうすぐ俺の故郷や」
俺は隣のいかつい顔をした大男にそう話し掛けた。
「…………」
男は何も言わず前を真っ直ぐ見とる。
今はまだ正午にもならん時刻。
亀山には昼頃か昼過ぎには到着するやろう。
「あの山越えたら亀山や」
「…………」
男は何も言わんと前を向いて歩いとる。
「なんでお香が後ろでお前がここにおるんや?」
「…………」
俺がそう尋ねるも男は黙ったままやった。
……なんやこいつ……無愛想やのう……
俺は溜め息を吐き、前方にそびえる小高い大枝山を見詰めた。
「わしは何も出来んかった」
唐突に隣の男がそう言った。
俺は大枝山から男に視線を移した。男はじっと前を見たままや。
「昨日の事や、わしはなんも出来んかった!」
突然俺を見て声を張り上げとる。
「……いや」
「お前とあの女だけが賊どもを追っ払って!わしはなんも出来んかった!腹が立つんじゃ!」
男がいきなり声を張り上げるから先頭を歩く男もちらりと俺らを見てきた。
「いや、俺も何もやっとらんぞ?お香が一人で蹴散らしとったんや」
俺がそう言うと男は俺を見詰めて、
「……そうなんか」
と呟いた。
「むしろ俺が一番なんもやっとらんかもしれん、お前はここの人ら呼びに行ったやろう?俺は何もせんと賊に声あげただけや」
「そうなんか」
男のいかつい顔の表情が和らいでゆく。
単純な奴やなぁ……
「名はなんちゅうんや、俺は葛原二郎」
俺が名を名乗りそう尋ねると、
「巌中や」
「がんちゅう?」
「そや、叡山におります者であります」
叡山って……延暦寺か?
田舎者の俺ですらも知っとる由緒ある寺やぞ。
え?こんないかつい入れ墨の男が延暦寺の僧?
嘘やろ?
俺はそう思い男の顔を見た。
男は俺を見ず前を向いて歩いとる。
「比叡山延暦寺のお坊さんか?」
俺は単刀直入にそう聞いた。
「そや、元は近江の小寺におったもんやけどな、叡山より声掛けて頂いて入山させて頂いたんや」
「あぁ……」
「俗に言う法師武者(僧兵)や。御寺の護衛をしとったんや。織田信長の兵どもも蹴散らせたんやぞ?!わしはな!」
「…………」
俺は何も言わんかった。
「お前はまだガキやから知らんやろうが昔、叡山に信長の兵が押し寄せて来よったんじゃ!それをわしは一人で数十人は蹴散らせたんや!!」
巌中が興奮しだしとる。
「槍を振り回してな!その勇ましさは弁慶の如く言われたんや!!わしは!!」
「慎め!!貴様!!」
巌中と言う男が興奮し声をあげると先頭を歩く男が立ち止まり、後ろを振り返り巌中に怒鳴り付けとる。
鞘にも手を掛けて……
さすがに巌中も黙り込んだ。
「大殿様への侮辱!!許さんぞ!!慎めぃ!!」
そう言うと男が鞘から刀を抜き出した。
おそらく織田信長様に対して失礼に値する言葉と捉えたようや。
「あっ!申し訳ありません!どうぞ御勘弁を!」
俺は男にそう言い頭を下げた。
「……葛原殿のせいでは御座いません。貴様!余計な言葉口走るな!肝に命じよ!」
そう言うと男は刀を鞘に戻したが、依然と巌中を睨み付けとる。
「……申し訳ございません……」
大柄な巌中はつるつる頭を男に下げとる。
男はしばらく巌中を睨み付けていたが、軽く俺に頭を下げると歩を進めだした。
俺も彼の後に続く。
隣の巌中はばつが悪そうに黙ったまま歩きだした。
さすがにこの空気では隣の巌中に話し掛けづらい……
俺は無言のままに前方の大枝山を見詰めた。
丹波の国に入る大枝山はもうすぐ目の前やった。
いよいよ丹波亀山へ帰るんか。
おとん、おかん、兄貴、久、じいちゃんばあちゃん……そしてお円さんに与介に沙弥……みんな無事やろか。
何よりも兄貴の事が気掛かりやった。
俺と共に戦に駆り出された兄貴の事が。
……兄貴、無事でいてくれ……
やがて俺達一行は大枝山の坂道へと入っていった。
山城国から丹波国へと入っていった……




