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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第四章 丹波国亀山
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61話 帰郷

 正午過ぎ、俺達一行は大枝山の峠を下り終え、亀山盆地に入った。

 空は快晴で陽がよく照っており、少し暑さすらも感じる。


 あれから隣の巌中(がんちゅう)は一言も喋らずにおった。

 そやから俺も何も話さずにいた。

 遠くでは久と雨宿りをした桑の木の枝が風に吹かれゆらゆらと揺れている……




「葛原殿」


 しばらく歩いとると先頭を歩く男が立ち止まり、俺に声を掛けてきた。


「はい」

「貴殿の故郷はこのまま道なりに進めてよろしいのか?」

「このままに。近づけば私の方からお知らせ致します」

「承知致しました」


 男はそう言うと再び歩きだした。

 とは言うものの故郷保津村は遠くにすでに見えていたが……


 ぽつんぽつんと民家が点在する保津村、すぐそばには保津川が流れている。

 田舎にしては広い通りを歩いとると俺の実家が確認出来た。


「あちらであります、私の家です」


 俺は先頭を歩く男に声を掛けた。


「承知しました」


 男は短くそう言った。


 実家へと徐々に近づいていく。

 みんな元気にしとるやろか……


 ……兄貴無事やろか……久大丈夫やろか……


 久々に家族に会える喜びと不安が心の中で入り交じり複雑な心境になる。


 やがて実家の前にたどり着くと俺は秀吉の使いの男に一声掛けてから戸を開けようとした。


 ガタッ……


 案の定、戸は施錠されとる。

 ガンガンガンと戸を叩くと、少ししてから戸の横にある雨戸が開き俺の母親が顔を覗かせた。


「おかん!すぐに開けとくれ!」

「……えぇ?!」


 おかんは後ろに控えとる二十人以上の集団を見て驚愕している。

 すぐに窓を閉めると戸の裏側から施錠を解く音がし、戸が開かれた。

 おかんはまだ驚きの顔のままである。


「無事帰ってきたで、ほんで褒美貰えたんや。羽柴秀吉様からな」

「羽柴……」


 おかんがきょとんとしとる。


「お侍さんもおるからおとん呼んできて」


 俺はおかんに小声でそう告げた。

 おかんは道におる一行にぺこりと頭を下げると家の中に入っていった。


「庭の方に御案内致しますのでどうぞお入りください」


 俺は一行にそう言うと実家の庭へと案内した。

 一行全員が庭へと向かいだす。


 そして使いの男が庭に来ると皆に指示をしだした。

 最後尾のお香は俺を見ると少し笑みを浮かべ俺に頭を下げてきた。

 俺も彼女に対し軽く頭を下げる。

 庭では男達が米俵を丁寧に積んでいっとる。巌中もそれを手伝っていた。


 先頭を歩いとった侍風の男だけは先に家に案内するべきやったか……


「二郎!」


 そない思いながら米俵が積まれてゆく様子を見ていると後ろから声を掛けられた。

 おとんや、おかんと共に庭にやってきた。


「おとん、帰ったで。それよりほら凄いやろ?これ羽柴秀吉様言う人から褒美に貰うたんや」


 おとんが驚きの眼差しで米俵を見とる。


「……どういう事や……」


 そしてそう呟いた。


「後で説明するわ。それよりお侍さんがおるねん。ご挨拶してくれんか?」


 俺がそう言うとおとんとおかんは指示を出している例の使いの男の元に駆け寄っていき、声を掛けると頭を下げていた。


「二郎さん」


 そんな両親の姿を見ていると後ろから声を掛けられた。

 振り返ると兄貴の嫁さんのお円さんがそこにいた。


「ご無事で何よりです……」


 そう言い俺の腕に手を添えてきた。

 瞳には涙を浮かべながら……


 しかし依然として兄貴と久の姿はない。


 兄貴……


 お円さんに兄貴の事を聞くのが怖い。

 久も気になるが兄貴の安否を聞くのが恐ろしかった。

 そやけど聞かん訳にはいかん。


「あ、兄貴は?」

「与一郎さん?」


 お円さんがそう言うと同時に玄関から兄貴が姿を現した。


「二郎!」


 兄貴はそう言い俺に近付くと俺の腕を強く掴んできた。


「生きとったか!!」


 そう声をあげ俺の腕をめっちゃ強く握りしめる。


「……くっ……うぅ……」


 俺は感極まるものを感じ、顔をうつ向かせた。

 泣きたくはなかったが胸の奥底から込み上げる安堵感のせいで目から涙が溢れ出てきた。


 それは兄貴が無事やったと言う事が一番やけど、山崎の戦いで生き残れた事、明智光秀を討った事、羽柴秀吉から褒美を貰った事、色んな事が一気に胸の奥から溢れてきてどうしようもない感情が湧いてきたからやと思う。


「無事で良かった!!よう帰ってきよった!!」


 そう言う兄貴も涙声になっとる。側におるお円さんも泣き出していた。


 俺はしばらくうつ向いて声を殺しながらも涙を流していた。


 しかし……依然として久の姿はなかった……

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