59話 仮想試合
食事を終えた後、俺とお香は小屋の中で他愛もない話をしていたが、
「体洗ってくるべ、川そばにあったろ?」
そう言い彼女はおもむろに立ち上がった。
「……え?」
体洗うって……若い女が男だらけのこんな場所で裸になるんか?
「ついでに衣も洗ってくる」
「ちょっ、え?あの……」
俺がそう声を掛けるとお香が俺を見た。
「あの……男だらけやぞ?こんな所で水浴びせんでも……」
「大丈夫だ、棒一本あればな」
「いやいや、集団で襲われたらどないすんねん」
俺がそう言うとお香がくすくすと笑いだした。
「おらも馬鹿でねえ、そんくらいの事分かってるだ」
「…………」
「ここらの連中は賊でねえべ?一斉に襲ってくる訳ねえ、何でかっつったら秀吉様の使いだからだべ。おらになんかしようもんなら首跳ねられるよ?」
「……そやけども……」
性欲を我慢出来ん男は何するか分からんからなぁ……
「大丈夫だべ、棒一本あったら五人は蹴散らせる。おら刀あるから十人以上でも全て……斬ってやる」
そう言うお香の目が殺意に満ちてきた。
「そ、それはあかん、逆にあかんぞ?ここの男らは秀吉様の御使いのもんや、そないな事やったら秀吉様に殺されんぞ?」
「分かってる分かってる、心配性なんだな二郎」
そう言い俺に微笑み掛けとる。
「い、いや……」
「じゃあね」
俺に一言そう言うと彼女は小屋から出ていった……
お香大丈夫かいな……
そない思いながらゴザの上に寝そべっとると、
「気持ちよかったよ」
突然小屋の中にお香が入ってきた。
ちらりと彼女を見ると……
「……え……」
彼女は腰に白い布を巻いているだけの、ほぼ全裸やった。
「なーんもなかったべ、ふふふ、誰も何も無関心だった」
そう言い笑っとる。
……ムラムラムラ……
お香の体を見とると俺の心は高ぶった。
あかん……あかんぞこれは……
「お前……服着ろや……それはあかんぞ……」
俺はそう言い彼女から目を逸らした。
「衣もついでに洗ったんだ、しょうがねえよ着替えねえんだもん。したらおめえさんの衣貸して?」
俺の服か……
例のぼうまるの服や……
「こ、これはあかんねん」
「おめえさんさ、ずっと思ってたんだけんど随分綺麗な衣着てるよね?」
「あぁ、これは……盗品や、侍の少年から奪った」
「へぇ、着させて?おら裸だべ」
「これは……あかん。他人には着せられん」
俺がそう言うとお香はくすくすと笑いだした。
「冗談だ、おらに衣渡したらおめえさんが裸になるもんね」
ほぼ全裸のお香が笑ってる。
「……肌隠せや……」
俺はそう言い視線を逸らした。妙な気持ちになってまう。
「隠すもんないもん」
「……あんまり男の前で肌出すな……襲われんでほんまに……」
「ふふふふ」
彼女はただ笑っとる。
俺は性欲を我慢し、ゴザの上に寝そべって目を閉ざした。
「なーんもさせねえよ?」
そう言いお香が俺の真横に寝転んでくる。
「…………」
俺は何も言わずにいたが、
「冷えるべ、寄り添わさせて」
そう言い俺に密着して寄り添ってきた。
「……ゆ、ゆっくり休んどくれ……俺はもう寝るわ……」
「ふふふふ」
お香は静かに笑っとる。
俺はひたすら性欲を抑え込み目を閉ざしていた。
すると直ぐに俺は眠りについていった……
翌朝目覚めると俺にぴたりと寄り添うお香はすぅすぅと寝息を立てて熟睡していた。
腰に布を巻いただけのほぼ全裸で……
朝からえらいもん見させてくれんな、この娘……
「…………」
なるべく無心でいたが尿意を覚えた俺はそっと身を起こした。
それに伴いお香も目を覚ましたようやけどぼーっとしていて眠気には勝てずに再び目を閉ざしとる。
六月十八日の初夏やけど朝は少し冷える。俺はのそのそと立ち上がると小屋の外に出た。
外はすでに明るく周りの状況がよく窺える。
男達はゴザを敷き、その上に寝転び熟睡しとった。
俺への褒美の米俵は道の脇に丁寧に積まれて置かれとった。
そんですぐ側の木には黒装束と黒い袴と黒頭巾が吊るされとる。
お香の衣類やろう。
俺は木に近付くとそれらを触ってみた。もうすでに乾いとるようや。
俺はそれらを手にすると小屋へと戻っていった。
小屋の中ではほぼ全裸のお香がまだ眠っとる。
その乳房や太ももを見ると……妙な気持ちが湧き立つが……
俺は気持ちを抑え、手に持つ黒い衣類をお香の体の上にそっと掛けた。
お香はそれには気付かずにすぅすぅと寝息を立てとる。
綺麗な寝顔を見とると再び妙な気持ちが広がる。俺はその心を振り払おうと再び小屋の外に出ると道の脇の小川へと向かっていった。
小川で小便をしながら朝日を見詰めていると周囲の男達も起き出し、俺のように小川に小便をしだしていた。
小川のメダカどもは群れを作りゆらゆらと泳いでいた……
小屋に戻った俺は小屋の中に置いていた飯田の槍を手にすると外に出て槍の訓練をし出した。
ぶるんぶるんと槍を振り回し突きやさばきの反復行為を延々と繰り返していた。
「大したもんだね」
槍を振り回し続け、だいぶん汗が出てきた時に横から声を掛けられた。
黒装束を着込んだ坊主頭のお香がそこにいた。
彼女は少し微笑み俺を見詰めとる。
「最近訓練せんかったからな、腕が鈍る思うて」
俺はそう言い槍を振り回すのを止めた。
腕が鈍るのも確かやけど、お香の肌を見て高まった気持ちを発散する意図もあったのかもしらんが……
「……ちょっとおしっこしてくんべ」
お香はそう言うと道の方へと向かっていった。
俺は彼女の背中をじっと見ていたが彼女は道の更に奥の背の高いススキの野の中に消えていった。
俺はススキの野を見詰めていたが再び飯田の槍を振り回しだした。
黒い漆塗りの槍で、振り回すと若干重みを感じるが突きが素早く出る。
扱えば扱う程、俺の腕にこの槍の感覚が徐々に徐々に馴染んでいく。
趙雲……
趙雲と言う人物を俺はよう知らんが槍の名手と言うのは聞いとる。
この槍を振り回し訓練をしとると、この名槍がどんどんと俺と一体化するような感覚を覚え、俺はほんまに趙雲と言うお方のような槍の名手になれるんちゃうかと感じだした。
誰にも負けへんような感覚を。
そない思いながら槍を振るっとると……
「二郎?ちょっと良い?」
いつの間にかお香が俺の側にいた。
お香は長い木の枝を二つ手にしとった。
「……え?」
俺は槍を振るうのを止めてその枝を見た。
「おらと打ちあってよ、棒の突っつきあいじゃなくてさ」
そう言い俺に枝を差し出してきた。
「……ふっ、何すんの?」
俺はその枝を受け取った。
「試合だ、仮想の試合だ。この棒が刀のつもりだ」
「刀?はははは」
俺は枝を見てそう言い笑った。
「棒の突っつきあいではおら……私負けました。葛原殿、刀での試合御頼み申し込みます」
お香が急にかしこまり俺に頭を下げてきた。
……刀って……木の枝でか……
そう思うと俺は笑いだしてしまった。
「お願い致します」
お香は相変わらすツルツルの坊主頭を下げる。
「はい、私で良ければ」
俺は丁寧にそう言った。
「では、ひと打ち出来ればその時点で勝ちと致します」
そう言いお香が木の枝を構え俺を見詰めだした。
「ちょっと待って、俺、刀の方はど素人やねん」
「…………」
「手加減してや?」
「…………」
お香は何も言わずに枝を構えて俺を見詰める。
その瞳に殺意はないものの真剣そのものやった。
ほんなら俺も真剣にやるか。
俺も飯田の槍を地に置くと彼女に対し木の枝を構えた。
いざ対峙するも彼女に隙は全く無かった。
しかし俺も隙などは全く見せず、ただ彼女を見詰めた。
と、一匹の黒い小さなトンボが彼女のツルツルの坊主頭の上に止まった。
「……ぷっ!」
予期せぬ事に俺はつい吹き出してしまった。
その瞬間……
猛烈な速度でお香が突きを放ってきた。
あ、突かれる……
そない思った俺は無意識のうちにその突きを払っていた。
そして逆にお香に対し突き返したが……
パンッと枝を払われた。
払うと同時にお香が俺の首もとへ枝を真横に振るう。
カンッ!と鋭い音がする。
俺は枝でそれを防いだ。すんでのすんででやけど。
しかしお香は防がれるとすぐに俺に突きを放ってきた。
強烈な素早さの突きが胸元を襲おうとする。
対処するのが大変やけど俺は何とかその突きを枝で弾いた。
弾かれたお香は瞬時に枝を頭上に振り上げた。
……あかん……
お香が俺の頭に枝を振り下ろしてくる。
俺は咄嗟に枝でそれを防ごうとしたが……
バキンッ!
と音が鳴り響き俺の持つ木の枝が砕けた。
その瞬間がゆっくりと、ゆっくりと見てとれた……
「…………」
「…………」
一瞬の出来事やのに静寂の時が長く感じる。
俺は瞬時に左に身を交わすと右手でお香の木の枝を掴み、左手でお香の腕を掴んでいた。
「……速いのうお前……」
俺は枝と彼女の腕を掴んだままにそう言った。
「…………」
お香は何も言わん。
「今のはやられた思うたわ」
「……卑怯だべ……そんなのさ……」
「ふふふ、大した腕やわ、ごっついな」
「卑怯だよ……刀掴むなんてさ」
枝を掴む俺の右手を見詰め彼女がそう言った。
「そやな、俺の負けや」
俺はそう言い彼女に微笑んだ。
「…………卑怯だよ、そんなの…………」
彼女は小さくそう呟くだけやった……




