26話 安土の朝
食事を配給された後、俺はまた先程の切り株に腰を降ろして食事を取った。
今回は米は無く焼き魚の切り身に漬け物一つと味噌の汁をかけた物だけやったが、それでもうまかった。
出来ればもう一杯欲しかったが俺が意地を張って飯をたくさん食うと他の誰かの分が足りんようになるんちゃうかと思い、腹八分目までにとどめる事にした。
日が暮れてしばらくした後、俺は寝床の小屋に戻り自分のゴザの上に寝転がっていた。
……女の声が小屋内に聞こえてくる。
小屋内は真っ暗やけど女の声があちらこちらからと聞こえてきよる。
……うるさいのう……
戦前やろが……何考えとんねん。
「おい……こっちは戦に備えて休んどんじゃ!やるんなら外でやれや!」
俺は身を起こし、ついそう口走ってしまった。
一瞬小屋内の全ての女の声は止まった、が……
すぐに女達の声が聞こえだした。
「寝れんのやったらお前が外に出え!!」
どこからともなくヤジを飛ばされる。
「……チッ……」
クソッタレ……
俺は無心になり目を閉ざした。
目が覚めるとイビキがあちこちから聞こえてきとった。
目覚めは俺が一番早いんかもしらん。
俺は槍を手に持つとイビキの響く仮設小屋から外に出た。
早朝とは言えど季節は六月初旬(現代では6月末)
日の出は早い。
俺が小屋から出てくるも兵どもの姿は見受けられなかった。
ただし食事を配給する小屋では人が準備をしとったが……
こんだけ早よう起きるのは俺ぐらいか……
今から稽古したら俺は死なずに済むかもしらん。
そやけど……みんな休んどる中で俺だけが早よ起きて体を疲れさせとるんちゃうんかと不安にも陥る。
ただし昨夜の小屋を見ると数人は女と遊んどったなぁ。
戦前にあんな事で体疲れさせて大丈夫なんかあいつら。
ただ他人の心配しとる場合ちゃう。
今はやる事だけはやっとこう。
死なん為の訓練や。
やれる内はやった方がいい。
なんでや言うたら……とにかく死にたくないから。
俺は白幕に囲まれたこの広場の出入り口にやって来た。
そしてそっと幕から顔を出す。
「外に出てええですか?」
俺は外で槍を持ち左右に立つ兵士に声を掛けた。
「……何すんねん……」
兵士が警戒する。
俺は幕から顔を出したままに答えた。
「槍の稽古を」
俺がそう言うと二人は顔を見合わせている。
……なんや足軽は外でたらあかんのか?
「お前さん……は……どのようなお方や?」
門兵の一人が俺の衣服を見て口ごもる。
相も変わらずこの服にたじろく者が多い。
素直に足軽かと言おうとも思ったが、侍や言うて嘘をついた所でこいつらなんかと二度と顔も会わせんやろうし、いっそ武士と嘘を通してみてやろうか。
俺はふとそう思った。
「森よしな……」
『やめとけ!!』
俺は口を閉ざした。
急に心の底よりの声がした。
『……いらん事言わん方が……ええ……』
「ただの、丹波より参りました足軽です」
「……外はあかん、中で休んどれ」
兵士の一人が呟くようにそう言った。
一瞬怯んでいたのに俺の再度の声により落ち着きを取り戻した兵はそう告げた。
これ以上何も言わない方がええ……
俺は出入り口の幕から顔を引っ込めると簡易に設けられた厠(便所)へと向かい、そこで用を足した。
腕が鈍る。
訓練をしたい。
厠で用を足した後、俺は広場の端っこで槍をぶるんぶるんと回し相手の槍や刀を払うと同時に突き刺す妄想をしながら体を動かしていた。
体が慣れてくると目を閉ざし、脳内で相手の攻撃を完全に再現させ、それを払いのけ、相手の脇や喉元を……
刺す!!!
しばらく体を動かしていると……
「よっ!三国一の槍使い!蜀の趙雲の如くなり!!」
目を開き、ギュッと槍を握り締めながら後ろを振り返るとそこには色艶やかな服をまとった若い女が一人突っ立って微笑んでいた。
遊女か?
「よっ!今趙雲!」
彼女が微笑みながら冗談ぽく俺にそう言う。
「死にとうないんでな、訓練しとっただけやで」
俺はぶるんと槍を回すと脇の下に挟み、槍を携えた。
「まだまだ甘いけどな」
女がそう言う。
「……ふっ、甘いか……」
確かに……兄貴から防御は徹底して習ったが攻めの方は中途半端なままなのは事実や。
「うちが教えたろっか?」
何を言うとんのや、この娘は……
そう思い娘の顔をよく見ると、器量好しと言うんか美しい顔をしとった……
「……すまんが俺も槍の訓練はたくさんしてきた。少なくともここにおる連中ん中では最後まで生き残れる自信はあんねん」
俺は彼女にそう告げた。
いくつぐらいやろか……俺よりは年下やろうが。
十六、七、八ぐらいやろか、はっきりとは分からんがそれぐらいか。
「動きに無駄あんよ?死ぬよ?」
……何を言うとんやこいつ……
「無駄って?」
俺はにやけながらそう尋ねた。
「ほんならうち突いていい?」
女がそう言うとキョロキョロと辺りを見渡した後、何かを目にし堂々と俺の真横を通りすぎていった。
通り過ぎた女を見ると長細い木の枝を手にした。
女は枝分かれした小枝をボキボキと折り一本の長く鋭い枝へと変えた。
突いてくんのか?こいつ……その枝で…………
女は枝を持ちこちらに歩み寄ってくる。
「何すんの……突くならやり返すぞ!」
俺は手に持つ槍をぐるりと回すと槍を構えた。
「ふふ、趙雲気取り?」
女が笑い枝を手に持ち構え出す。
「誰やねん!ちょううんって!」
すぐ側には織田信長様の安土の御城が朝日に照らされている。
「ええよ!かかって来い!!」
俺は真剣に槍を構えた。
兄貴の訓練を延々と受けた俺が突かれるはずがない。
こんな遊女まがいな女……手を抜いてやってもええか……
そう思っていると女が動いた。
女が瞬時に放った突きは俺の脛と足首を立て続けに突かれていた。
「…………」
「うちの勝ちやね、あんた戦なら死んでたわ」
……なに?
今の突きの速さはなんや?
一瞬の事で俺は全く動けず、全く反応出来んかった。
「そんなんやったら趙雲になられへんで?」
女が枝をぽいと捨てると得意気にそう言った
俺は何も言えず槍の構えをそっと下ろした…………




