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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第二章 山崎の戦い
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27話 飯を盛る女

 少し明るくなった小屋の中。

 屋根が白い幕やから陽が昇ると小屋の中がよう見える。

 俺はゴザの上に腰を下ろし脛(すね)と足首を見た。

 見事に突かれ脛からも足首からも血が出とる。

 とは言え所詮はかすり傷程度やけど。

 あの女ヘラヘラと笑いながらどっか消えていきよった。


 ……くそ……あんな小娘に……


 そやけどやられたのは事実なんや。

 俺は脛の傷をさすった。

 もう脛にはかさぶたが出来ている。


 ……あいつ……何者なんやろ……普通の遊女か?

 異様に突き速かったぞ。


 下手すると兄貴よりも……


 いやさすがにそれはないか。

 ただ不意を突く間合いが半端じゃなかった。

 あれはほんまに遊女なんか?


「…………」


 腹減ってきた。

 朝飯でも貰いに行くか。


 俺はゴザから立ち上がると小屋を出た。

 小屋を出ると心地よい朝の日が俺を照らしつけてくる。

 もっと前にも朝日を浴びたがこれが今朝最初にしたいぐらいや。


 ……とは言うものの俺は今朝……負けたんや……

 小娘にな。


 飯小屋の前に並ぶ。

 早朝やけどそこそこ人は並ぶ。

 俺はぼーっと安土城を眺めていた。


『信長様、龍涎香(りゅうぜんこう)は持っとりますよ。』


 じっと安土城を見詰める。

 遥か山の上のごっつい建物が見える。


 そやけど……なんやろ……

 もぬけの殻って感じがしてしょうがない。

 もう……信長様はここにはおらんような気がするし……おるような気もする。


 死霊は生きた者、つまり生き霊に敵うはずも無くじっと見ているだけのようにも感じた。


 安土城を見詰めていると……


 信長様か分からんが、何らかのモノが、生きたある者をただじっと見詰めているような感覚にとらわれる。


 具体的には説明出来ひんなんか……抽象的ななんらかのもの……


「はい、次の人ー!」


 ぼーっと安土城を見詰めているとそう声を掛けられた。

 はっとなり急いで飯の小屋へと向かう。


「ちゃんとしいや、今趙雲(いまちょううん)」


 女が飯を盛りながら俺にそう言う。


「…………あっ!今朝のか?!」


 地味な灰色の無地の木綿の服を着とるこの女は今朝会ったあの女やった。


「ふふ、隙だらけやで?」


 女がそう言う。


「……すまんが……後で会えへんやろか」


 俺は飯を盛ってくれるこの女にそう尋ねた。

 女は茶碗に米を乗せ焼き魚の切り身を一片乗せている。


「うち口説くん?」


 女が飯をよそいながらそう言った。


「……口説いとるかもしらん、後で会えんやろか」


 俺は懇願の気持ちを抱いてそう言った。

 彼女は味噌の汁を茶碗にかけて俺に茶碗を差し出した。


「ええよ、うちすぐ休憩入るから今朝会った所におっといて」


 そう言うと彼女は後ろの兵の為に茶碗に食事を盛り出していった。






 俺は広場のすみに置いてある切り株の椅子を二つ持ち今朝あの女と出会った場所に運んだ後、切り株に座って味噌茶漬けを夢中で食っていた。


「……あぁ……」


 うまい、相変わらずうまい。

 米も魚も味噌も漬け物も湯も全て一気に摂取出来るなんてごっつい食べ物やなぁ。

 すごいなぁ……

 俺は空の茶碗を見て感心していた。


「ほら、隙あり!」


 首元に枝ではなく槍を突き付けられた。

 当たるか当たらんかすんでの所で止められている。

 一瞬ゾッとした。

 見ると本当の槍を手に持った先程の女が突っ立っていた。


「……と、隣座ってくれんかな……」


 俺はもう一つの切り株をぽんぽんと叩いた。

 彼女は何も言わずに腰を下ろすと俺に無言で槍を渡してきた。

「…………」

 俺は無言でその槍を受け取った。


「なんの話?休憩すぐ終わるからすぐ言うて?」


 女が前を向いて俺にそう言う。


「槍の事教えてくれんか…………少しの時間でもええ、俺はすぐに戦に連れ出されるから」


 俺は前を向く女の横顔を見詰め真剣にそう告げた。


「少し程度ならええよ?」


 そう言い俺を見てくる。


 こんな十六、十七、十八ほどの若いおなごに教えを乞うとは……


 そやけど分かっとるんや。

 この娘はただものちゃうと……


「……お願い致します」


 俺は切り株から立ち上がると彼女の真正面に立ち深々と頭を下げた。


「ええよ、そやけどなんでそないに精進したいん?」


 女が切り株に座ったままにそう言う。


「死にとうない……ただそれだけで……」


 俺は頭を下げたままにそう告げた。

 女はふふふ、と笑っていた。


「名は?歳は?出は?」


 女がそう尋ねてくる。


「葛原二郎、二十一、丹波の国、亀山」


 俺は正直にそう答えた。


「ふぅん、若いやん、うちより一回り若いねぇ」


 俺は一瞬顔を上げた。


「……え?」

「うちに何教わりたいん?」


 一回り上?え?


「何?うちの歳?教えへんよ?なんも」

「……今朝の……槍技教えて貰えませんでしょうか!」


 俺は直立不動でそう言うとまた頭を下げた。


「うちの技を今日明日で教えるんは無理や、半年はかかるから」


 半年か……


「そやけど……助言ぐらいなら出来る」


 助言……


「是非!」


 俺は頭を下げた。


「引き?危な!って思ったら引き?」


 女がそう答える。適当ではなく真剣に。


「引く……」

「あんた今朝うちが突いた時さばこうさばこうって思っとったやろ、構えすぎ」


 女が俺をじっと見詰めそう言う。


「さばかんでも引く事も覚えとき?あんたの頭の中相手の攻撃さばいて突く!しか無かったで?」


 確かにそうや……なんで分かった……


「どういう時に引けば良いんでしょうか!」


 俺は彼女にそう尋ねた。


「危ない時やん、咄嗟(とっさ)の事やから瞬時に判断せなあかんねん、それは……」


 ……それは?


「……自分で見付けなあかん事……」


 そう言うと女はやや俯いた。


 ……器量好しの美しい顔しとる……


「俺はそろそろ戦に呼ばれるからあんたに深く槍の事教えてもらえんやろうけど、ほんの短い時間でもええから実際に稽古してもらえんやろうか」


 俺は無理に女にそう頼んだ。


「無理や、今から食事の仕込みせなならんねん」


 女がそう言い立ち上がる。


「食事……」

「あんたもまたお昼食べにおいで、な?趙雲」


 女がそう言うと歩き出す。


「ちょううんって……誰?」

「知らんの?遥か昔々の大陸の天下無双の槍使い」


 女が笑いながらそう言う。


「あんたは何者なん?」


 俺はそう尋ねた。


「誰やろね、ただのご飯配る女、そやけどただの、ではないかな」


 俺は黙ったままで女を見詰めた。


「教えたらあんたのクビ狙わなあかんねん」


 ……クビ?


「いが」


 それだけ呟くと女は飯の小屋に戻っていった。


 いが?

 伊賀……か?

 聞いた事あるけど


 どこやそれ…………

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