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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第六章 濃尾
100/166

100話 お香の愛情

 ポンと頬を叩かれた。


「起きろ」


 うっすらと目を開くと玄蔵が目の前におった。

 熟睡しとった俺はぼーっとして玄蔵を見詰めた。

 そう言えば半刻(1時間)で起きろと言われとったな。


「おなごも起こせ」


 玄蔵はそう言い俺から離れた。

 俺に寄り添うお香は寝息を立てて熟睡しとる。

 パチパチと未だに焚き火は燃えとった。

 玄蔵は焚き火を挟んだ向かいに腰を下ろすと、


「起きとけお前、半刻後に俺を起こせ、必ずに」


 じっと俺を見詰めそう言うと横になった。

 こいつの強い意思がいちいち恐ろしい。

 伊賀の者ってみんなこんな厳格なんかと思ってしまう。

 絶対に妥協は許さんと言う強い眼差しで見てくるから正直しんどくなってくる。

 それに半刻で起こせと言われてもどんぐらいで起こせばええんか分からんのやが……

 そう思っとると、


「その火が消えるか消えんかぐらいの頃や、その頃に俺を起こせ」


 俺の考えを読まれたんか知らんが横になった玄蔵は俺を見詰めそう言った。


「あ、あぁ……分かった」

「そのおなごも起こせ、お前は疲れきっとるやろ、また眠りそうやからな」


 俺はお香を見た。お香はすぅすぅと寝息を立ててグッスリと寝とる。


「……大丈夫や、俺がずっと起きとる」


 俺は寝ているお香を見詰めそう言った。


「ならん、おなごも起こせ」


 玄蔵が俺を見詰め強くそう言う。


「なんでや」

「お前寝てまうかも分からん、お前が寝て俺が半刻後起きれんかったらどうする」

「…………」

「秀吉様に顔向け出来ん事になったらどうする」

「いや……あの……」

「お前に疲労あるのは分かっとる。そのおなご、お香背負ってずっと山を登り続けおったからな」


 玄蔵がじっと俺を見詰める。


「必ず再び眠気に陥る、そやからそのおなご起こして半刻待て」


 玄蔵が真剣な眼差しでそう言う。


 それやったらあんたがずっと起きてたら良いやん…………

 とは思うものの全く眠らずに歩くのもさすがに過酷か。


「分かりました……」


 俺は仕方なしにそう言うとお香の肩をとんとんと叩いた。

 熟睡しとったお香が静かに目を覚ます。


「お香、少しだけ起きて?」


 俺は寝起きでぼーっとしたお香にそう言った。

 お香は無言でおる。

 玄蔵はお香が起きるのを確認すると目を閉ざした。


「……半刻経った?」


 ぼーっとしたお香が身を起こし俺にそう言う。

 まだ焚き火は燃え盛り、余った鹿の肉も炙られとった。


「経ったみたいやな」

「……大変な旅だね」


 お香が焚き火を見詰めそう呟く。


「しゃあない、羽柴秀吉様から呼び出されとるんやし、ほうっておけん」


 俺も焚き火を見詰めそう呟いた。


「二郎、寝てていいよ?私は二郎に背負われてた時にさ、ずっと寝てたんだ。二郎ずっと山登ってて疲れたろ?まだ寝てていいよ?私が起こすからさ」


 お香がそう言った時、


「ならぬ!二人とも起きとれ!」


 横になった玄蔵がそう言ってきた。


「……なしてだ!」

「傷負ったおなごの事など信用出来るか!」


 玄蔵がお香にそう言う。


「……何がだ!二郎の事気遣ってんだ馬鹿!」

「起きとれ!半刻後に俺を起こせ!」

「はぁ?!」

「まぁまぁまぁ」


 俺はお香の背をさすって彼女をなだめた。

 晩飯前と全くおんなじやんけ……


「なんだ!腹立つ!」

「まぁ落ち着け……早よ尾張行かなあかんからな、俺は秀吉様の御命令無視しとるんや、秀吉様より先に清須言う所いかんと命すらやばいんや」

「なしてやばいの」

「相手は大名やろ、俺みたいな身分低いもんなんか気分次第で首跳ねられるんやで?」

「…………」

「音羽の手紙を渡す云々よりも秀吉様の御命令無視しとる状況が相当やばいんや、玄蔵さんもその事考慮してくださっとんねん」

「そう……」

「半刻後また俺がお前おんぶするから、そん時に俺の背で寝とってな?」

「……大丈夫だよ、私もう歩けると思う」


 お香がそう呟く。俺はお香の首に巻かれた布を見た。

 それは依然赤く染まっとっる。


「ええねん、俺が背負ったるから」

「情けねえよおら……」


 そう言いお香かうつ向く。


「大丈夫や、英気養っとるし何の問題もあらへんよ?」

「二郎……おらこんな足手まといになるなんて思わなかったんだ……」


 お香は俺の腕を掴むと咽(むせ)び泣き出した。


「何がや、こんな訳の分からん男と二人で旅する方が余程不安やわ、お前がずっと居てくれて心強いねんで?」

「うるさいぞ、葛原二郎」


 横たわる玄蔵が静かにそう言った。

 起きとったか……


「とにかく……傷癒えるまでは俺が背負ったるからな、不思議と元気やねん」

「ふふ……」


 お香が微笑む。


「多分鹿の肉のおかげやと思うわ」

「鹿肉は力つくぞ、そのおかげや」


 横たわる玄蔵が目を閉ざしたままにそう言った。


「あんたはもう寝ときいや、半刻しか寝られんのやろう?」

「ふんっ!」

「ふふふ」


 お香が静かに笑う。俺もふふふと笑ってしまった……




「ほんで、なんであんなに怒っとったん?」


 あれからしばらく時が経った。玄蔵はぐっすりと眠っとる。

 俺は焚き火の火を見詰めお香にそう尋ねた。


「何が?」

「正宗を飯田の家に預けた後ごっつい怒っとったから」

「……二郎に意地悪されたのかなと思って」

「そんな訳ないやん、俺がそんなしょうもない事するかい」

「だって……」

「その刀は俺が持っても危なかったし、お前それ持ってたくさんの人を殺傷しとったやんけ」

「仕方ねえ事だべ、相手が襲ってきたんだしさ」

「そやけど……俺、もうお前に狂って人を殺してほしくないねん……」

「別に狂ってねえべ、狂ったのは二郎に剣術教えようとした時だけだべさ、おらが尊氏っつった時だろ?」

「あぁ……」

「それ以外はそんなに狂ってないよ」

「そやけど……」

「おらがさ、腹立ったのはね?正宗の刀隠されたのもあんだけどさ」

「…………」

「何、音羽さんと抱き合ってたんだ?」

「……え?」

「何抱き合ってんだ馬鹿」


 あの音羽との別れの時に抱き合ったあれか……あれでずっと怒っとったんか……


「い、いや……あれは……」

「何抱き合ってんだ馬鹿」

「あれはその……」

「良い感じに抱き合ってさ、馬鹿でねえの?!思い出すと腹立つね!」

「いや、別れ際の自然な事やん……」

「はぁ?!何が?!自然?!馬鹿でないの?!」

「……あれはその……すまん……」

「音羽さんが抱き締めるのは分かるよ!何抱き締め返してんだ馬鹿!」

「ごめん……」

「女ったらし!斬ってやろうか?」


 そう言いお香が正宗を鞘から抜こうとする。


「す、すまん、あれは深い意味ちゃうから……」

「バーカ」


 そう言うとお香が正宗を鞘に収めた。


「すまんかった」

「心配だね、今後もさ」

「…………」

「おらがずっと張り付いて見とかなくちゃね?」


 そう言いお香が俺の腕を掴んできた。


「お香……」


 俺がお香を見詰めるとお香は依然焚き火に炙られた鹿肉が刺された小枝を手にした。


「焦げちまってるね、食べる?」

「あぁ、食べるわ」


 俺は焦げた鹿肉を口にした。

 若干苦いがうまい。


「おらにも頂戴?」


 そう言い俺がかじりついた焦げた鹿肉にお香がかじりついている。


「苦いやろ?」

「美味しい」


 そう言いお香は微笑んだ。

 焚き火を挟んで横たわる玄蔵はぐっすりと熟睡をしていた……




 焚き火の火が消えかける前に俺は熟睡する玄蔵を起こした。

 玄蔵は目を覚ますと素早く起きて焚き火に小便をしだした。

 小さくなっていた焚き火の火がすぐに消されてゆく。


「お二方も今のうちに用を足しとれ、しばしの休息すら惜しいからな」


 焚き火の火は消され辺りは真っ暗になる。


 ……小便や糞する間も惜しいってどんだけ厳格やねん……


 俺もお香も既に用は済ませとるから問題は無いんやが。


「お前ら用足さんでええんか?休息は許さんぞ」


 小便を終えた玄蔵が俺らに近づきそう言う。


「もう済ましたわ」

「ならば行くか」


 行くかと言われても山の中で真っ暗なんやけど……


「見えへんぞ」


 俺は立ち上がると玄蔵にそう言った。玄蔵が何となく動いとるのは分かる。


「すぐに目が慣れるわ、行くぞ」


 いや真っ暗なんやけど……どうやって歩くねん。


「ちょっ、ちょっと待って、ほんまに何も見えへんねん」

「……月明かりが出とるのに何も見えんか?」


 確かに月は空に照っとるが、ほぼ真っ暗やった。


「森の中やん、見えへんて」

「……まぁええ、しばし待っとれ」


 呆れた玄蔵がそう言うと辺りを見渡した。そして素早く動くと地に落ちた太めの枝を手にしているのがなんとなく見えた。


 その後しばらくして……

 パッと辺りが明るくなった。玄蔵が即席で松明を作りそれを灯したようやった。


「進むぞ」


 そう言うと松明を持つ玄蔵は山道を登っていった。


「お香、これ持って?」


 俺は音羽が書いた秀吉様への書状の入った風呂敷と鹿肉の入った弁当の入った風呂敷をお香に渡した。

 お香は無言でそれを受けとる。


「ほんならおぶさって?」


 俺はしゃがみ込みお香に背を向けた。


「だけど……」

「ええよ、もう十分休んだし」

「……ごめんね」


 そう言いお香が俺の背に乗った。


「ほんなら行くか」


 俺は飯田の槍を持ちお香を背負って山道を登りだした。

 松明を持つ玄蔵はどんどんと先を歩いとる。


「二郎、いつか恩返しするからね?必ずに」


 耳元でお香がそう囁く。


「恩返しなんかええよ、それより俺の側に……ずっと……」

「え?」

「しんどいやろ?寝とき?」


「……好きだよ……」


 そう言いお香は俺をぎゅっと強く抱き締めてきた。

 俺は無言で足早に歩く玄蔵の後に続いてこの急勾配の山道を登っていった。

 この山道を登るのは過酷やったけど、背負うお香の温かさと柔らかさと、そして強い愛情が、


 とんでもなく心地よかった……

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