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最終話

訳が分からずグレンの背中を必死で追うが、前を行くグレンの表情を見ることはできない。

「グ、グレン?! もう大丈夫なのか?」

「ああ……」

それだけ言うとグレンは押し黙ったまま、すごい勢いでわたしを引っ張っていく。


いつの間にか中庭まで来ていた。昔良く遊んでいた百日紅のある庭だ。

そこで動きを止めたグレンは一向にこちらを振り向く様子もなく、ただ沈黙が続いた。

「……グレン?」

耐え切れず名前を呼んでみるが、振り向いてくれる気はないらしい。

「もう陛下だ」

「え?」

「昨日戴冠式の予定だっただろう。もう陛下はおれだ」

やっと振り返ってこちらを見たグレンの顔色はまだ悪い。

目覚めたばかりなのに、いきなりこんなに動き回って大丈夫なんだろうか。

「そうか……」

そんな心配を言葉にするのも心苦しくて、曖昧な返事しかできないでいた。

グレンはもう国王になってしまったのだ。

あまりにも遠過ぎる。

「何かおれに言うことはないのか?」

「あ、あの……」

その手はきつく握られたまま、グレンは真っ直ぐにわたしを見つめていた。


――言わなければならい。もうグレンはすべて承知しているかもしれないが、自分の口でちゃんと伝えなければ……


「おれ、わたしはっ……セツじゃ、なくて、セシリアで」

そう思っているのに、知らずに溢れ出ていた涙で途切れ途切れになる声は震えている。

「グレンを、っく、ずっと……だまじてて」

グレンは黙ったままじっとわたしを見ていた。

「ごめんなざいっ、ひっく……本当にごめんなさい……」

涙でにじんだ視界で、グレンの顔をはっきりと見ることができない。

きっとすごく怒ってるんだ。

グレンは昔から怒ると黙り込む癖がある。

それでも、その手はしっかり握られていた。

「それで……辞表なんか出したのか?」

「だって!!」

「おれはお前が女だろうが、何だろうがかまわない。ずっと側にいて欲しいと思っていた」

「わたしのせいで怪我まで負わせたのにそんなことできない!! もう騎士として……友人として一緒になんていれない!!」

「そんなにおれから離れたかったのか?!」

「違う!!」

「何が違う?! 勝手に政略結婚の相手まで見つけてきたじゃないか?! おれが想い人を探してると言ったら協力までして……」

一瞬の沈黙の後、グレンはすっと頭を下げた。


「すまん、知っていたんだ。ずっと。セツが本当は女だって」


「?!」

「知ってて黙ってた。セツがずっと騙してきたというのならおれも同罪だ。言ってしまえば離れていってしまいそうで怖かったんだよ……セツは、ずっとおれのことを友人だと言ってくれていただろう? 嬉しかったよ。でも同じくらい切なかった。おれはずっと昔からお前のことが好きだったのに」

顔を上げたグレンの表情は今まで見たどれとも違っていた。

全く知らない男性のように見えて、思わず一歩下がってしまう。

それにグレンは一瞬眉間に皺を寄せたが、それでもその手が離されることはなかった。

「そうやって引かれるのが分かってて言えなかったんだよ。昔からクロエにべったりだったし、最近じゃあヴァンと噂になってたしな」

「なっ、何言って……」

「おれはセツを、セシリアを探してたんだ。ずっと側にいて欲しいのはお前だけだ。こんな……困らせるような事をしてすまん」

わたしは頭が真っ白になっていた。

体中が熱い。

「フィーリアじゃ、ないのか?」

「違うよ」

「ヴァンやクロエ先生でもなくて?」

「それは勘弁してくれ」

「他の誰かじゃなくて? ずっと側にいてもいいのか? セツじゃなくても、セシリアでも?」

「どっちも同じだろう? まあ色々できるし……セツが女の子だって知った時おれは嬉しかったよ」

「何それ?!」

ふと目が合うと自然に笑いがこみ上げてきた。

その瞳は蕩ける程甘い。

言ってもいいんだろうか。

許されるされるだろうか。


「ねえグレン。わたしは……グレンのことが好きだった、小さい頃からずっと。友人でいてくれたのは嬉しかったけど辛かった。いつか誰かがグレンの隣に立った時耐えられないと思って……でも幸せになって欲しくて政略結婚も取り付けたし、人探しに協力もしたんだ」


グレンの顔がみるみる赤くなっていく。

ああ、こんな顔もできるんだと呆けてみていたらぎゅっと抱きしめられた。


――愛してる。


と囁いたのはどちらからだったか。


*****


その1年後、セントレアに騎士団上がりの王妃が誕生した。

当初こそ大臣たちから強い反発があったが、騎士団と国民から絶大な支持を得ていたセツ隊長を支持する声は強く、何より新国王陛下の強い要望で叶った次第だ。


*****


王宮のバルコニーで手を振るわたしの側には、もうすっかり国王陛下が板に付いたグレンがいる。

今日は王妃のお披露目で、王宮の周りには沢山の人が集まっていた。

未だに慣れないドレスのコルセットに負けじと踏ん張って優雅に手を振ってみるが、その動作はどこかぎこちない。

「もっと反対されるかと思ってた。特に騎士団のみんなには……」

みんなに笑顔を向けたままグレンに呟くと、そっと手を握ってくれた。

「みんな同じだよ。“セツ”っていう一人の人間が好きだったんだ。男だろうが女だろうが関係ないさ」

何でもないことのように言ってくれるグレンが、騎士団や王宮のみんな、大臣たちを説き伏せてくれたことを知っている。

わたしがみんなに話をしに行った時にはもうすべて了解されており、激励を受けた。

何の後ろ盾もなかったわたしに、東国の姫君が後ろ盾になってくれたことも大きい。

件の姫君には随分とお世話になった。まるでお伽噺みたいだわ、と応援してくれた。国には帰らず、留学と銘打ってセントレアに残ることにしたらしい。


「セシリア?」


目まぐるしく変わった1年間に思いを馳せていると、グレンがそっと名前を呼ぶ。

まだ本名で呼ばれるとくすぐったい。

「グレン?」

その瞳と目が合うと、あの時のように抱きしめられて、ふわっと持ち上げられた。

下の方では歓声が沸き起こる。



――そう、それは秘密だった。

あの人にだけは秘密だった。

でもあの人だけが知っていた。

守るつもりが守られて。

お互いを思うからこそ傷つけた。


でももう大丈夫。

あなたが側にいてくれたなら、わたしは、わたしたちは何者にもなれると思う。




「政略結婚、断って正解だっただろう?」

「はいはい」




~政略結婚お断り・完~



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