9話.束の間の安堵
「……っはぁっ!!」
跳ね起きるようにベッドから上体を起こす。
バクバクと五月蝿い心臓を押さえながら周囲を見渡すと、そこは間違いなく、見慣れた自分の部屋だった。
時計の針は夜中の3時を指している。
しんと静まり返った部屋には、もちろん何の異変もない。
(……ゆ、夢……っ? なんだ、夢かぁー……!)
全身から一気に力が抜け、私はそのままベッドにバフッと倒れ込んだ。
そりゃそうだ。いくらなんでもおかしいと思ったのだ。
あの憎たらしくてクソ生意気な義弟が、あんなバブみマシマシドロ甘ボイスで泣きながら私に甘えてくるなんて、ブラックジョークにもほどがある。
(夢なのになにをあんなに焦って……)
そこまで考えて、じわじわと笑いが込み上げてきた。
あの夏波があんな泣き顔で……っ。
「ぶふっ! あはははっ、んな訳ないじゃん! はー、ばかだなぁーわたし!」
面白すぎてツボに入ってしまい、声を殺しきれずゲラゲラと笑い転げていると。
——ゴンッ!!
突然、隣の夏波の部屋から容赦なく壁を叩く音が響き、その壁に飾られている大きなフレームの絵がガチャンと音をたてる。「夜中にうるせぇぞ」という無言のクレームだ。
「ふふっ……ごめんねぇ、勝手に変な夢見ちゃって……ぶくくっ」
この容赦のない乱暴な壁ドンこそ、紛れもない『現実の生意気な夏波』だ。
私はその事実にホッと胸を撫で下ろし、口元を緩めたまま目を閉じた。
(あーよかった、マジで焦った。もう一回寝よ……)
見慣れた自分の部屋。いつもの生意気な義弟。
その絶対的な安心感のせいで、私の脳内からはある重大な記憶がすっぽりと抜け落ちていた。
——あの等身大のラブドール自体はしっかり実在していて、あれは決して夢ではないということを。




