8話.おかしな夢
深く、暗い海の底から浮上するように、ゆっくりと意識が覚醒していく。
(……あれ、私……気絶してた……?)
ぼんやりとした頭で現状を把握しようとするが、目を開けているはずなのに視界は真っ暗で、何も見えない。
それどころか、指先ひとつ、ピクリとも動かせないのだ。金縛りにでも遭っているかのように全身がカチコチに固まっていて、声すら出すことができなかった。
(どこ、ここ……っ。なんで体が動かないの!?)
真っ暗闇の中でパニックになりかけた、その時。
ガチャリ、とドアが開く音がした。
(誰か来た……!)
ギシ..ギシ..と近づいてくる足音。
すぐ近くでギィ...と扉の開く音がやけに大きく響く。
そのときふわりと、夏波がいつも使っている少し爽やかなシャンプーの香りが鼻をかすめた。
(な、夏波!? 私、見つかって捕まったの!? 殺される!? それとも呪われる!?部屋に入ったのがバレてきっとすごく怒ってるんだ!?)最悪な場合の想像を繰り広げながら1人パニックになっていると、「……凪ちゃん。……ごめんね」予想外の言葉が聞こえぐしゃぐしゃだった思考が一気にフリーズした。
(え?凪..ちゃん?)
凪ちゃんなんて何年も呼ばれていない。呼ばれるとしたら『おい』とか『ブス』とか『お説教ババア』なんてひどい言葉のオンパレードだ。
どういうことかと聞き耳を立てていると真っ暗闇だった視界が急に開けた。
パサリと音がして布をかけられていたんだと気づく。
少しずつ視界が慣れてくると、ぼやけた視界に夏波らしき人影が映った。
徐々にはっきり浮かんでくる彼の姿はサラサラの髪に、大きな瞳で少しタレ目がちな整った顔立ち。いつも通りの夏波の顔。
だがその表情はいつもの生意気さは無く、まるで別人のようにしおらしい表情を浮かべている。
混乱しているわたしの頬を優しく撫でる夏波の手は温かく、
夢だと思うにはあまりにリアルな感触だった。
(何、あんたどうしたのー..)と言葉にしようとしても声どころか唇さえ動かない。
「ごめんね、凪ちゃん 」
焦るわたしをよそに夏波が話しかけてくる
「ブスなんて嘘だよ……。凪ちゃんは世界一可愛いんだから、お化粧なんて必要ないし…… 」
夏波は、私の頬を愛おしそうに撫でながら、ぽろぽろと大粒の涙をこぼした 。
「それ以上可愛くなられたら、僕、心配で……どうにかなっちゃいそうだよ…… 」
涙目で語りかけてくる夏波の顔が、すぐ目の前にある 。
「そんな可愛いと、変な男が寄ってきちゃう..」
頭がパニックを起こす中、私はある絶望的な事実に気がついてしまった。 私、あの『自分そっくりのラブドール』の中に入っちゃってるーーー?
大混乱の私をよそに夏波は続ける
「そう、あいつとか..あの胡散臭い後輩ヤロー」
(ラブドールの中?いやいやまさか、そんな訳..)
そんなバカなと思う反面本当にそうなんじゃないかと
思うくらい頬を撫でる感触も体温も呼吸音までリアルだ
「あの男ともう2人っきりで会わないでほしい、アイツなんか怪しいし..うさんくさい」
ぷくっとふくれながら恨みがましく見つめてくる
夏波は握っているわたしの右手を自らの頬に押し当て頬ずりをする
「ねぇ、凪ちゃん、僕の凪ちゃん。ずっと一緒でしょ?約束、したもんね」
そう言いながらちゅっと手のひらにキスを落とした
(ちょっ...!となにしてんのよアンタ)
振り払おうと力を入れるがぴくりとも動かない。
(あー、やっぱ夢だわこれ。)
こんなことありえないもん...あの夏波がわたしにこんなこと。
そう思っているとだんだん意識が引っ張られるように
遠のいていくのを感じた
(こんなのやっぱ、ゆめ..よ...)




