7話.タイムリミット
神経が過敏になっているので聞き間違いかもしれないが
カタンと物音がした気がした。
(あいつが出て来る……!?)
恐怖で凍りついた身体を、生存本能が無理やり叩き起こした。
震える両手で、床に落ちた布をひったくる。ガタガタと鳴る歯を必死に噛み殺しながら、私はその不気味な『もう一人の私』にバサリと布を被せ直した。
「はぁっ、はぁっ……!」
呼吸が浅い。酸素がうまく肺に入ってこない。
私は逃げるように夏波の部屋から飛び出し、音を立てないよう細心の注意を払ってドアを閉めた。
――その瞬間。
カチャリ、と廊下の向こうから浴室のドアが開く音が響いた。
(ヒッ……!)
喉まで出かかった悲鳴を飲み込み、私は裸足のまま廊下を駆け抜け、自分の部屋へと転がり込んだ。
ガチャ、ガチャン!
弾かれたように内鍵を念入りににかけ、そのままドアに背中を預けてズルズルと床にへたり込む。
「嘘……嘘でしょ、なに、あれ……っ」
膝を抱えても、ガチガチと全身の震えが止まらない。
あんな精巧な等身大ドール、どうやって手に入れた? 特注? 私の写真を使って業者に作らせたの?
顔を合わせれば「ブス」「ババア」と罵ってくる生意気な義弟。私のことなんて鬱陶しいとしか思っていないはずのあいつの部屋に、どうして。
(……嫌いだから、呪いの藁人形的な用途で……?)
いや、違う。あんなに綺麗に髪をとかされ、わざわざ私の私服を着せられたドールから伝わってきたのは、そんなものじゃなかった気がする。
なんて言うか、もっと...執着のようなものを感じた。
お願いだから本来の用途とは違う使い道であって欲しい。
(あ、頭が……痛い……)
限界を超えたパニックと恐怖のせいだろうか。不意に、急激に視界がぐにゃりと歪み始めた。
耳の奥で、キーンという不快な耳鳴りが鳴り響く。
「……は、ぁ……」
指先から急速に温度が奪われていく。
まるで、自分の魂が肉体から無理やり剥がれ落ちていくような、ひどく奇妙な浮遊感。
トン、トン、と遠くで廊下を歩く夏波の足音が聞こえた気がした。
それが自分の部屋の前で止まらないことを祈りながら。
(だめ、意識が……)
ぐらりと視界が暗転し――ふっと、私の中で繋ぎ止められていた意識の糸が、完全に途切れた。




