6話.パンドラの箱
『クソガキ泣かす作戦』決行の時。
夏波が脱衣所へ向かい、浴室の換気扇が回り始めたのを見届けてから、私はそっと奴の部屋のドアノブに手をかけた。
(タイムリミットは、あいつが風呂から上がるまでの約二十分……!)
スパイ映画さながらの緊張感と共に、私は薄暗い部屋へと足を踏み入れた。
目的はただ一つ。あの生意気な義弟の『最大の弱み』を見つけ出すことだ。
思春期真っ盛りの健全な男子なのだ。ベッドの下やクローゼットの奥に、鼻で笑ってやれるような『いかがわしい本』や『ムフフなアイテム』の一つや二つ、必ず隠しているはず。それを見つけ出してリビングに並べて、さっきの暴言を土下座で謝らせてやるのだ。
「さて、どこに隠してるのかな……?」
手始めに王道のベッドの下を覗き込む。しかし、そこには収納ケースが整然と並んでいるだけで、埃ひとつ落ちていなかった。
クローゼットの中も、無駄にお洒落な服が並んでいるだけ。本棚の裏、机の引き出し……目ぼしい場所を次々と探っていくが、怪しいものは一切見当たらない。
(チッ、案外ガードが堅いじゃない。……ん?)
部屋の隅、クローゼットのさらに奥深く。
そこだけ不自然に、大きなシーツのような布が被せられている物体があることに気づいた。
人間が一人、すっぽりと入れそうなほどの不気味なサイズ感。
(……ビンゴ。どう考えても怪しすぎるでしょ、これ)
勝利を確信した私は、ニヤリと口角を上げながらその布に手をかけた。
この下に隠されているのは、特大のアダルトグッズか、はたまたとんでもない黒歴史の代物か。
勢いよく、布をバサリと引き剥がす。
「――え?」
そこに現れた『それ』を見た瞬間。
私の顔から、サァッと血の気が引いていくのがわかった。
布の下に隠されていたのは、等身大のラブドールだった。
……いや、ただのラブドールなら「なんだ、やっぱり健全な男子じゃないの」と笑い飛ばせたはずだ。だが、問題はそこではない。
精巧に作られたそのドールの顔。
長さも色も、不気味なほど丁寧に整えられた髪の毛。
環境にそぐわないほど見覚えのある、私の私服に酷似した衣服。
(な、んで……?)
ドクン、ドクンと、心臓が嫌な音を立てて早鐘を打ち始める。
見間違えるはずがない。毎日鏡で見ているのだから。
そのドールは――『私』と、瓜二つだったのだ。
「……嘘、でしょ……?」
冷や汗が背中を伝い落ちる。
閉め切られた部屋の中は、不気味なほど静まり返っていた。遠くの浴室からシャワーの音すら聞こえないその「静寂」が、逆に恐怖を煽る。
あいつは今、本当に髪を洗っているのだろうか。
もしかしたら、もうシャワーを止めて、足音も立てずにこの部屋に向かって歩いてきているんじゃないか――?
そんな妄想が頭をよぎり、私はパニックになりそうな心を必死に抑えつけた。




