27話.恐怖のダークサイドストラックアウト
レジでクレープとコーヒーの代金を支払い、私たちは『性別逆転カフェ』となっている3年A組の教室を後にした。
「行ってらっしゃいませ、ご主人様っ!」
体格のいいメイド服の男子生徒と凛々しい執事姿の女子生徒たちに見送られながら廊下に出る。
歩き出しながら、私はそっと周囲を見回した。
(なんだか、やけにジロジロ見られてた気がするんだけど……)
教室にいる間中、なぜか生徒たちのチラチラとした視線を感じていた。
『おい、あれって……』『え、超美人……』『……のお姉ちゃんらしいよ』
ヒソヒソと囁き合う声が聞こえた気もするが、はっきりとは聞き取れなかった。まあ、社会人が高校の文化祭に紛れ込んでいれば目立つのも当然かもしれない。
「いやぁ、美味しかったですね、クレープ」
隣を歩くシバケンは、そんな私の戸惑いなど気にも留めない様子で、人懐っこい笑顔を向けてくる。
「そうだね。夏波に会わなかったのはちょっと拍子抜けしたけど、まあ、いっか。せっかくだし、少し見て回ろうか」
「はい! ぜひ!」
そこからのシバケンは、まるで散歩に連れ出された大型犬のようにテンションが高かった。
中庭にひしめく屋台を巡り、私たちは文化祭特有の喧騒を満喫していた。
「あ、先輩! あそこのたこ焼き美味しそうです! 行きましょう!」
「ちょっ、柴崎くん、引っ張らないでってば」
「人が多いですから、はぐれないようにしっかり掴まっててくださいね」
そう言って、シバケンは自然な動作で私の腕を軽く引く。
そのたびに、パーソナルスペースにグッと入り込んでくる彼の距離感に、私はまた動揺させられっぱなしだった。
(ち、近い近い! なにこれ、これが今どきの普通の距離感なの!?)
3歳差で常識ってこんなに変わるものなんだろうかと考えていると、
「あ、これ美味しいですよ。先輩も一口どうですか?」
シバケンが自分の持っていたフランクフルトをあーん
とでも言うように差し出してくる。
「えっ、あ、うん。ありがとう……っでもこれっ、恥ずかしいかも」
「? だめですか?」
きょとんとした顔で首を傾げるシバケン。その破壊力抜群の子犬のような瞳に見つめられ、私は内心で(可愛いけどあざとい!)と身悶えした。
――バキィッ!!
「ひゃっ!?」
不意に、すぐ背後の植込みのあたりから、太い木の枝が真っ二つに折れるような凄まじい音が響いた。
「な、なに今の音!?」
私が驚いて振り返るが、そこには風に揺れる植込みがあるだけで、誰の姿もない。
「……さあ? 野良猫でもいたんじゃないですか?」
シバケンはどこ吹く風で、ふっと口角を上げながら植込みの奥へとチラリと視線を流した。
気のせいか、その後もシバケンが私に近づくたびに、どこからか『ガタン!』『ミシッ……』といった不穏な音が聞こえてくる気がするのだが……。
そんなことはお構いなしでシバケンはマイペースに文化祭を楽しんでいる。
そんなシバケンを見ていると少し羨ましく感じる。
会社で私は周りが求めるしっかり者で頼りになる“此坂凪子”でいる為に常に気を張ってしまう。
けれど、こうして少し強引で、自由に屈託のない笑顔を向けてくる彼と一緒にいると、不思議と肩の力が抜けていく。
いつの間にか私は、大人の余裕を演じるのも忘れ、ただの等身大の自分として文化祭を楽しんでしまっていた。
「あ、先輩! お化け屋敷がありますよ! 入りましょう!」
「えっ、お化け屋敷? 私、ホラーはあんまり得意じゃ……」
「大丈夫です! 俺がついてますから!」
半ば強引に手を引かれ、私たちは黒い暗幕で覆われた特別教室へと足を踏み入れた。
中は想像以上に本格的な作りで、おどろおどろしいBGMが流れ、ひんやりとした空気が漂っている。
「うわっ……けっこう暗いね……」
私が恐る恐る足を踏み出すと、隣を歩いていたシバケンが、不意にピタリと立ち止まった。
「……あの、先輩」
「ん? どうしたの?」
振り返ると、シバケンはいつもの余裕たっぷりの笑顔を消し、どこか心細そうな表情で俯いている。
「俺……こういうの、ダメだったみたいです……」
「えっ?」
「……先輩、手、繋いでもいいですか?」
薄暗闇の中、潤んだ瞳での上目遣い。普段の飄々とした彼からは想像もつかない弱々しい声。
(えええーっ!? さっき「俺がついてますから」ってドヤって言ってたのに!?)
内心で激しくツッコミを入れつつも、頼りにしてくる可愛い後輩の姿に、私の胸の奥で『年上の先輩』としての謎のプライドが刺激されてしまった。
「も、もう。しょうがないなぁ。ほら」
私はため息をつきつつ、彼の方へそっと手を伸ばしかけた。
その瞬間だった。
――シュンッ!!!
暗闇の奥から、空気を切り裂くような風切り音と共に、尋常ではない速度で『何か』が飛来した。
それは私の頬の横をミリ単位で掠め、シバケンの顔面……いや、眉間を正確に撃ち抜く鋭い射撃軌道を描いていた。
「おっと」
しかし、シバケンはまるで飛んでくる軌道が見えていたかのような異常な反射神経で、わずかに首を傾げてそれをスッと避けた。
ベチャァッ!!
背後の壁に激突し、重々しい鈍音を立てて床に落ちたそれに、私は目を丸くした。
「……え? こんにゃく?」
床に転がっていたのは、間違いなくスーパーで売っている四角いこんにゃくだった。しかも、ご丁寧にキンキンに冷えていて水でぐっしょりと濡れている。
「ヒィッ!? お、お化け屋敷って最近はこんにゃくを剛速球で投げてくるの!? 当たったら普通に痛いスピードだったけど!?」
パニックになる私をよそに、シバケンは床の上のこんにゃくと、その軌道の延長線上――薄暗い暗幕の隙間の奥をじっと見つめていた。
「くっ……くくっ……」
シバケンは肩を震わせ、手で口元を覆って必死に笑いを堪えている。先ほどまでの「怖がる後輩」の顔は完全に消え去り、好戦的な笑みを滲ませている後輩に私は得体の知れない焦りを感じた。
「ちょ、柴崎くん!? なに笑ってんの!?」
「いえ……くくっ、ちょっと、お化けの自己主張が激しいなって思って」
暗幕の奥に向けて、心底楽しそうに笑う後輩。その不気味さに、私はお化け屋敷そのものよりも本能的な恐怖を感じた。
さらに、どこからともなく『……ッ、……ころ、す……ッ』という、地を這うような怨念のこもった唸り声が響いてくる。
(一体なんなの、この空間!?)
プロ野球選手並みの剛速球でこんにゃくが飛び交うお化け屋敷と、なぜか楽しそうに笑う様子のおかしい後輩。そして、見えない怨霊の気配。
(ここ、本気の心霊スポットなんじゃ......)
全く状況が読み込めないまま、私は暗闇の中でただ一人、蚊帳の外で恐怖に耐え続けていた。
ここまでお付き合いいただきありがとう
ございますꪔ̤̮次の投稿は月曜日に更新します




