28話. 文化祭はトラブルだらけ!? 消えた後輩と不穏な校舎裏
「面白かったですねー、先輩!」
黒い暗幕を潜り抜け、お化け屋敷の出口から外の光を浴びるなり、シバケンは振り返って満面の笑みを向けた。
「そう……? 私は全然、生きた心地がしなかったんだけど……」
肩で息をしながら、私は乱れた前髪を必死に直す。
剛速球のこんにゃくが飛び交い、見えない怨念の気配が漂うカオスな空間。そこから進んだ先で、私たちは本格的な特殊メイクを施したゾンビ役の生徒に本気で追いかけ回されたのだ。
半ばパニックに陥った私は、ただひたすらにシバケンに腕を引っ張られ、悲鳴とともに転がり出てきたのだった。
「あははっ、先輩、すっごい声出てましたもんね」
楽しそうに笑うシバケンを見て、私はハッとして彼をジトッと睨みつけた。
「……あれ? 柴崎くん、こういうのダメって言ってなかったっけ?」
暗闇の中で手を繋いで欲しいと言ってきた時の、あの心細そうな震える声。捨てられた子犬のような潤んだ瞳。
しかし今の彼は、一滴の汗もかいていない涼しい顔でケロッとしている。
「え? ああ」と思い出したかのように言うと、
「.....すっごく怖かったです」
シバケンは、わざとらしい上目遣いで胸に手を当て、あざといポーズを決めてみせた。
「…………」
(完全に騙された……ッ!)
年上の余裕を見せようと「しょうがないなぁ」なんて胸を張った自分が猛烈に恥ずかしい。
騙されたような、いや、間違いなくからかわれたのだという悔しさでさらにジト目を向けるが、彼は悪びれる様子もなく、どこ吹く風でニコニコと微笑み返してくるだけだった。
「うおおおおおおおおっ!!」
「すげええええええっ!!」
その時、地鳴りのような凄まじい歓声が空気を震わせた。
「えっ、何!?」
驚いて音のする方へ目を向けると、体育館の入り口付近に尋常ではない数の人が群がっていた。
どうやら文化祭の目玉イベントが行われているらしい。私たちは自然と、その熱気に吸い寄せられるように体育館の中へと足を踏み入れた。
しかし、一歩中に入ると、そこは想像を絶するすし詰め状態だった。
周囲から押し寄せる熱気と人の波に揉まれ、私は思わずヒールを滑らせてよろめいてしまう。
「っと、危ないですよ」
ぐいっ、と肩を強く抱き寄せられた。
シバケンが私を庇うように人混みとの間に立ち、その長身と広い背中で、波を塞ぐ壁を作ってくれる。
彼の腕の中にすっぽりと収まる形になり、鼻先を掠める爽やかな香りに、むずむずと落ち着かない居心地の悪さを感じる。
視線の先、体育館のステージには巨大なプロジェクターのスクリーンが設置されており、派手なエフェクトと共にeスポーツの白熱した対戦画面が映し出されていた。
ちょうど決勝戦が終わったところらしく、実況の興奮した声と共に『WINNER』の文字が画面に踊る。
壇上には、トロフィーを掲げて歓声に応える優勝者の男子生徒の姿があった。どこか野性味のある、鋭い目つきの男子だ。
「あー、そうか……あいつ、この学校だったのか」
頭上から、ボソリと呟く声が降ってきた。
さっきまでの人懐っこいトーンより、少し低くなった声色に思わず見上げた。
「え? 柴崎くん、あの子と知り合いなの?」
私が見上げると、シバケンは一瞬だけハッとした後、すぐにいつものにっこりとした笑顔を作った。
「いや、気のせいでした。……人も多いし、そろそろ出ましょうか」
そう言うが早いか、彼は私の肩を抱いたまま、くるりと踵を返した。
しかし、入り口付近にはさらに人が押し寄せており、思うように前へ進めない。
「おーい」
あと少しで出口に差し掛かるというところで、後ろから声が掛かった。
しかし、シバケンは聞こえていないのか、それともわざと無視しているのか、止まることなく人混みを掻き分けて進んでいく。
「ねえ、ねえってば!」
声の主が、しつこく私たちのすぐ背後まで迫ってきた。
「ねえ、なんで無視するの? るーー」
「あああーーっ! ごっめんね先輩っ!!」
シバケンが突然、私の耳元で大声を上げた。
ビクッと肩を震わせる私をよそに、彼は凄まじい勢いで振り返り、声を掛けてきた男子生徒の腕をガシッと掴んだ。
それは、先ほどまでステージで優勝インタビューを受けていたはずの、あの鋭い目つきの男子生徒だった。
「俺、この子とちょっと『話』があるんだっ! 先輩は外で少しだけ待っててくださいね!!」
「え? ちょ、柴崎く……」
有無を言わさぬ圧。シバケンの顔は笑っているのに、目はまったく笑っていなかった。
彼は目を見開いて戸惑う男子生徒の首根っこを掴むと、猛烈なスピードで体育館の裏手らしき方向へと消えていってしまった。
「…………ええ?」
体育館の出口付近で、私は完全にポカーンと取り残されてしまった。
(なんだろう、今のは。あの子、なにか言いかけてたような……?)
腑に落ちない気持ちで人混みを抜け出し、外の空気を吸いながらシバケンを待つことにした。
――その時だった。
「ちょっと、そこのあなたたち!」
少し離れた校舎の裏手から、凛とした、それでいて怒気を孕んだ女の子の声が聞こえてきた。
「そこ、ポイ捨て禁止です! それに、模擬店の前でたむろしないでって言ってるでしょ! 営業の邪魔よ!」
「あぁ? なんだテメェ。先公気取りかよ」
どうやら、真面目そうな女子生徒が、ガラの悪い不良たちに注意をしているらしい。
不穏な言い争いの声が、文化祭の喧騒を切り裂くように私の耳に届いた。
そっと壁の向こうを覗き込むと、小柄な女子生徒が、体格の良い不良数人に囲まれているのが見えた。
その中のリーダーらしき男が前に出てきて
「おいおい、やめとけよお前ら、女の子には優しくするもんだろ?」と言い、
「正義のヒーローごっこでちゅか? えらいでちゅねー?」
「俺たちがよちよちしてあげるから、こっちおいで?」
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべ、女子生徒をジリジリと壁際に追いやっている。
震えながらも負けじと睨みつける彼女の姿を見て、私は反射的に足を踏み出していた。
「あ、あのー!」
気づけば私は、彼らの間に割って入るように、無意識に声を張り上げていた
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