21話. 狂騒のメイドと裏階段の密約 side夏波
「……チッ。いらっしゃいませ。さっさとそこ座れば」
「キャーーッ! 怒られた! もっと睨んでぇ!!」
文化祭初日。喧騒と熱気に包まれる3年A組の教室で、此坂夏波は心底ウンザリとしたため息を吐き出した。
今年の夏波のクラスの出し物は『性別逆転仮装カフェ』であり、女子たちの黄色い歓声が飛び交う大盛況ぶりを見せていた 。
フリルがあしらわれたクラシカルなメイド服に身を包み、艶やかな黒髪のロングウィッグを装着した夏波は、少し不機嫌そうなポニーテール美少女へと変貌しており、その冷たい態度すらも客の熱狂を煽っていた 。
「うちの看板娘は愛想ゼロだな!」
肩をバンッと叩かれ、夏波は殺意を込めた目で振り返る。
そこには、ギャル風のウィッグを被り、派手な制服ギャル姿に変身した来栖圭斗がニヤニヤと笑っていた。
さらにその後ろからは、お盆にパフェを乗せたパツパツのミニスカナースの戸川浩太が歩いてくる。
「おい圭斗、サボってないで手動かせ! 優勝景品の海の家別荘宿泊券がかかってんだからな!」
浩太が圭人に気合を入れる中、不意に夏波の前に女子生徒がモジモジと進み出てきた。
「あ、あのっ、夏波先輩! 新入生の小日向めいです! 私、ずっとファンで……っ、一緒に写真撮ってください!」
「……は? 嫌だ。絶対撮るな」
夏波が低くドスを効かせた声で威嚇するが、メイド服姿のせいで完全に「ツンデレ美少女の照れ隠し」にしか見えず 、小日向は「ひゃあんっ罵声いただきましたぁっ!」とその場に崩れ落ちそうになっている。
「ほーら夏波くん、不機嫌にならないの! はいチーズ!」
三つ編みおさげにロングスカートという完璧な『文学少女』風の女装をした衣装担当の玉井和那が 、強引に夏波の肩を抱き寄せてシャッターを切った。
「……お前ら、マジでいい加減にしろよ」
頭痛を堪えるようにこめかみを押さえる夏波に、和那が苦笑しながら告げる。
「ごめんごめん。でも夏波くん目当ての客が押し寄せてて、売上トップ独走中だよ。ほら、そろそろ交代の時間でしょ?少し早いけど裏で休んできな」
その言葉を聞いた瞬間、夏波の脳裏に、開店前にクラス委員長の乃中ちえりから言われた言葉が蘇った。
『……あの、此坂くん。少し休憩時間に入ったら、裏階段の踊り場に来てくれないかな……?』
(……なんの用だか知らないけど、ちょうどいいや)
この狂騒から少しでも離れられるならと、夏波はメイド服の裾をギュッと握りしめながら、そそくさと教室を後にした。
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人気のない裏階段の踊り場は、少しひんやりとしていて静かだった。
そこにはすでに、黒のギャルソン風のベストとスラックスに身を包んだ、キリッとした男装姿のちえりが待っていた 。
夏波の足音に気づいて振り返った彼女の瞳には、隠しきれない緊張が滲んでいた 。
「来たわね、此坂くん」
「……用ってなに。まさか、委員長直々のサボりの見回りのお供とか?」
夏波が面倒くさそうに壁によりかかると、ちえりは小さく深呼吸をして、背中に隠していた「それ」をスッと差し出した。
「これ……あげる」
夏波は目を丸くした。
差し出されたのは、美しいラッピングが施された小箱。見間違えるはずがない、調理部が毎年数量限定で販売し、長蛇の列ができて開始数分で完売するという幻の『プレミアム・マカロンセット』だった。
「えっうそ、これ……」
「戸川くんたちに『何がなんでも手に入れたい』ってこぼしてたの、聞こえちゃったから。……私、委員長特権で調理部の部長にお願いして、一つだけキープしてもらってたのよ」
夏波は思わずその小箱を凝視した。
昨夜、凪子に対して酷い言葉をぶつけてしまったこと 。
ずっと激しく後悔していたのだ 。せめてもの謝罪と仲直りのきっかけとして、凪子の大好物であるこのお菓子を絶対に持って帰りたかった。
「……これ、僕にくれるの?」
警戒するように尋ねる夏波に対し、ちえりはギュッと手のひらを握りしめ、顔を真っ赤にしながら真っ直ぐに夏波を見据えた。
「タダで、ではないけどね……条件があるの」
「条件?」
「明日は、一般公開日でしょ。……午後の自由時間、私と……一緒に回って。ふたりきりで」
その言葉に、夏波はわずかに息を呑んだ。
普段の張り上げた声とは違う、上目遣いでモジモジと遠慮がちな態度は 、彼女なりの精一杯の勇気であることが痛いほど伝わってくる。
(もし明日凪ちゃんが学校に来たとしても、この格好じゃ会えないし..)
最近の凪子の疲れ切った様子じゃ、きっと文化祭にも来ないだろう。
そして何より、このマカロンがあれば、家に帰って凪子のご機嫌を取ることができるのだ。
夏波はふっと目を細め、普段の学校で見せる冷めた態度からは想像もつかない、柔らかい笑みを浮かべてマカロンの箱を受け取った。
「……わかった。その取引、乗るよ」
夏波の言葉に、ちえりはパァッと顔を輝かせ、照れ隠しのように「じゃ、じゃあ明日、遅れないでよね!」と足早に階段を駆け上がっていった。
一人残された踊り場で、夏波は手元の小箱を愛おしそうに撫でる。
(待っててね、凪ちゃん。これ持って帰るから…機嫌なおしてね)
裏階段から3年A組の教室へと戻った夏波は、ご機嫌すぎるニコニコ接客で教室を賑わしていた。
先ほどまで「……撮るな。消せ」とドスを効かせて威嚇していたツンデレメイドはそこにはおらず艶やかな黒髪のロングウィッグとフリルがあしらわれたクラシカルなメイド服に身を包んだ「絶世の美少女」が、ほんのりと頬を染めて嬉しそうに微笑みかけてくる。
その瞬間、教室内の時が止まったかのような静寂が訪れ――直後、爆発的な歓声が巻き起こった。「きゃあああああっ!? 夏波くんが笑った!!」「ヤバいヤバい! ギャップえぐいって!!」「写真! 誰か早く写真撮って!!」
客として訪れていた女子生徒たちはもちろん、クラスの女子たちまでもが顔を覆って悶絶し、スマホのシャッター音が嵐のように鳴り響く。
「うおっ……お前、急にどうしたんだよ。なんかいいことでもあったのか?」
ギャル姿の圭斗がドン引きしたように尋ねてくる。
浩太も、お盆を持ったまま呆然と夏波を見つめていた。 「別に。……さっさと接客に戻れば? 今年の優勝景品は『海の家別荘宿泊券』なんだろ? だったら、死ぬ気で売上ナンバーワン取るよ」
夏波は浩太と圭斗にそう言い放つと、ふわりとメイド服のスカートを翻し、次々と押し寄せる客の対応へと戻っていった。
(早く帰りたい。早く帰って、凪ちゃんに会いたい――)
嵐のような忙しさの中、夏波の頭の中は凪子とマカロンを一緒に食べる幸せな光景でいっぱいだった。




