2話.わんこ系後輩柴崎くん
夏波と私は、血の繋がらない姉弟だ。
私の母と夏波の父が再婚し、私が中学三年生、夏波が小学二年生の時に家族になった。
『凪ちゃん!』と無邪気に笑って後ろをついて回っていた、あの頃の素直で可愛い夏波はもういない。
今では顔を合わせれば喧嘩腰。最近まで夜な夜な遊び歩き、咎めれば「うるせー、説教すんな」と毒づかれる始末だ。
(どうしてあんなに捻くれちゃったかなぁ……)
満員電車に揺られながらそんなことを考えているうちに、すっかり憂鬱になってしまった。
重い足取りで出社し、ため息まじりに自分のデスクへ鞄を置いた、その時――。
「此坂先輩! おはようございます!」
どんよりとした空気を一瞬で吹き飛ばすような、やけに明るい声が鼓膜を揺らした。
顔を上げると、人懐っこい笑顔を浮かべた可愛い後輩の姿があった。
彼の名前は柴崎健太郎。通称、シバケン。今年入社したばかりの二十二歳の新人で、教育係に任命された私にこうしてよく懐いてくれている。
言うなれば、いまの私にとって唯一の『癒し製造機』だ。
「おはよう、柴崎くん。今日も朝から元気だね」
「先輩に会えたんで、もうフルチャージ完了です! あ、そうだ先輩!」
シバケンは、見えない尻尾をちぎれんばかりにブンブンと振るような勢いで、私のデスクにぐいっと身を乗り出してきた。
(ち、近い……っ)
大型犬特有の無邪気な圧を感じて、思わず少しだけ背を反らす。
「今日、この前言ってた企画書の相談のことなんですが……あの、もしよければ今日の仕事終わり、飲みに行きませんか? 駅前の焼き鳥屋、美味しいところ見つけたんですよ!」
「んー、いいよ。じゃあ今日は私がおごっちゃおうかな」
「ええっ、いいんですか!? 嬉しいです! さすが先輩、一生ついていきます!!」
パァァッ、と効果音がつきそうなほど顔を輝かせるシバケン。
(ああ……癒される。うちで四六時中ガルガル吠えてる狂犬とは大違いだわ……)
朝の毒素がみるみる浄化されていくのを感じながら、私はシバケンの頭をわしゃわしゃと撫で回したい衝動をぐっと堪え、パソコンの電源を入れた。
……この時の私はまだ、知る由もなかったのだ。
今日の終わりに、あんな『とんでもない事件』に巻き込まれることになるなんて。




