第七話 箒レースを観に行こう【清々しい朝、害虫駆除、人生最高の確約】
第五層六界-アルカナ
世界歴 104679年4月24日 5時58分
──────
「ウルト、起きな。じゃないと一生後悔すr」
「起きてる」
やっぱり起きてたか。
あんまり寝てないんだろうな。
昨日の夜の時点でソワソワしすぎてて雰囲気がうるさかったし。
てか私が二段ベッドの上から降りた時点で起きなさいよ。
窓からは1日の始まりを告げる朝日が煌々と輝いている。
今日はでかい依頼がある。そして人生で忘れられない日になる。そう、絶対に。
私は早く出かける準備でもするかな。
この調子なら洗面台のタイミングが被るだろうし。
「ラピス先に顔洗う?」
「洗う」
即答する。
そりゃそうでしょ、念のため起こしてやってるだけなんだから。
私が先に決まってるでしょ。
ウルトが上半身を起こして背伸びしている姿を横目に洗面台に向かう。
「あ、ベッドメイクしといて。シーツ変えなくていいから」
「おう」
ベッドメイクは面倒くさいけどウルトはやってくれるから助かるなー。
洗面台で顔を洗い歯を磨く。
このアイデンティティとも言えるウェイビーな髪の毛を魔法操作の櫛2本で華麗にといていく。
ウルトが来た。タイミングは完璧なんだよなー。
ウルトが顔を洗い始める頃に部屋に向かう。
部屋に着くなり秒速で着替える。
姉弟とてお互い思春期、下着姿なんて死んでも見られたくない。
寝巻きのズボンを自力で脱ぐ。
背筋を伸ばすと寝巻きのシャツがはだけ落ち、上下ともに下着姿になる。
そのまま上から仕事用のローブを被り、襟から顔を出す。
自力で袖に腕を通して直立し腕を水平に伸ばす。
あらかじめ用意していた道具が魔法で動き出す。
ファンデーションが終わったらアイラインとチークを同時に仕上げてまつ毛をカールさせる。
魔具だらけのアクセサリーを、ガチャガチャと首や手首や指、耳たぶに装着する。
最後に仕事用の靴を履いてキメポーズ。
それと同時にリップが仕上がる。
〆て2分。今日も完璧、ライディングハイだね。
「いやー姐さん、普段はローブでよう分からんかったけど、ええ体しとるやないか。感心してまうわ。まあ、身長はちょい足らんけどな」
──ドッ
「フブッ!」
なんか害虫? がいた気がするけど、ソッコー駆除したしハッピー。
私たちの部屋は階段を登り2階、廊下をまっすぐ行った突き当たりだ。
階段から部屋の間はダイニングキッチンとリビング、脱衣所とバスルームの区画、それとトイレがある。
母の寝室は一階。事務所がある分、2階が居住空間のほとんどを占めている。
脱衣所の洗面台の前にいるウルトの後ろを通る。
空気魔法で風を起こして髪を乾かしている。
そう、まだここだ。すでにラグが発生してる。
私が部屋を出た瞬間くらいには、入れ替わりで準備に入ってほしい。
で、鏡越しに一瞬目が合う。
ウルトが「やべっ」みたいな顔で、髪をセットするグリースに手を伸ばしかけたところで横を通り過ぎた。
「おはよう」
「おはよう。ラピス、コーヒー飲む?」
「ありがとう、貰うわ」
欠かさない朝のルーティン。タバコの新箱を開け、コーヒーと一服。
ハッピーストライクソフトの封を切り、慣れた手つきで一本咥えた。
──キンッ、トゥポションッ
火をつける。
母がコーヒーを持ってきてくれた。
客用ではなく私専用のマグカップで。
「ありがとう」
ああ、完璧な朝だ。
タバコの火種がフィルター手前の紙に印刷されているハッピーストライクのロゴに差し掛かり、魔法操作で火を消そうとした頃にウルトの足跡が聞こえてきた。
コーヒーを一口飲む。
「2人ともおはよう。ヘラクレスは?」
「おはよう、ウルト」
「おはよう。虫は知らなーい」
まあ、完璧な朝なんだ。怒りを持つな、特に今日は。
今一度、コーヒーを一口飲む。
さあ、仕事は”ナイアプスの時間”で10時から。この家の出発は7時半。
”店”とは話しをつけて7時から開けてくれる。
現在時刻は6時20分。
6時45分に出れば7時の開店に間に合う。
さぁて、ウルトのビビる顔、いやびっくりする顔?
とにかく、圧倒的に思い知らせてやった時の顔を想像しながら、残りのコーヒーを飲みきる。
そこに朝イチ吹っ飛ばしたクワガタが申し訳なさそうに入ってくる。
「ね、ね、姐さん。ほんまにすんません。口が滑ったいうか、その……あのタイミングでおってもうて、すんません。てか、わて起こされてへんかったんやから、あの場におってもしゃあないやろ? ……とは思うけどな。で、でもやっぱりすんません。堪忍してください」
「どうした、ヘラクレス。お前またなんかラピスにしたのか。ま、体で覚えることだな」
「別に、気にしてないよ。それよりハーレクイン当てたの大丈夫だった?」
場が凍りついた。
時として氷の女王のように思われる人物が相手を労ったのだ。
しかも今回はヘラクレスの過失。
その直後にラピスが相手を気遣うなんて、普段ならありえない。
5秒ほどの沈黙が、悠久にも思えるほど場が固まった。
「……大丈夫や。(今日は雪でも降るんちゃうか?)」
「(マジかよ、レース中止なんねーよな)」
「(グランティの修行の成果かしら? マインドが磨かれてるわ)」
「ならいいけど」
立ち上がり棚に鎮座しているウィスキーに手を伸ばしロックグラスに注ぐ。
「ウルトもたまには飲む?」
「……いやいいよ、箒乗るし」
あっそと言わんばかりにおどけた顔をして肩をすくめた。
ソファに座り2本目のタバコに火を付け時間を確認する。
6時25分。
「私、6時45分になったらちょっと出かけるから。7時15分頃には戻ってくる」
「あらそう。朝ご飯は?」
「戻ってきて仕事に行きがてらウルトと”オートマット”で済ますからいい。ウルト、そのために早めに出るからね」
「えぇ? まあ別にいいけど」
「あ、女将さん。わての分は今頼むで」
ヘラクレスは黒糖ゼリーを食べ、母とウルトと依頼の話をする。
タバコの火種がロゴに差し掛かり火を消す。
注いであったシングルちょっとのウィスキーを一口で飲み込んだ。
6時42分。
「じゃあ私出かけてくるから。すぐ戻るからね」
「はーい、いってらっしゃい」
ウルトは手を、ヘラクレスは顎を「いってらっしゃい」って具合に上げた。
あぁ、今日この日、ここまでかなりの苦労があった。
花はチェリーブロッサム、女はラピス。
オーケー、ライディングハイだ。
家を出て箒に跨り、アクセルをガバッと開けて目的地へ向かった。




