第八話 箒レースを観に行こう【昂り、ドーパミン、相棒】
第五層六界-アルカナ
世界歴 104679年4月24日 6時45分
──────
──キュイーーーーーーーィーーン
相棒が嘶き叫ぶ。時速はメータ読み201km/h。ここがこの子の限界点。
「(さあ、MZR4ちゃん! 私を昂らせて!)」
ビリビリと振動する車体、精神的興奮。
アクセルをフルスロットルでぶん回す。トップギアが最高速をマークする。
家を出て真正面、北にビル群が見える。
目的地は東北東。ビル群を12時とするなら、1時と2時の間──やや2時寄り。
あっという間に目的地付近の上空だ。
一般航空道を、つまり国が作った道を使用すればそれなりに時間がかかる。
そんなの知ったこっちゃない。空は広い。
私みたいに道を使用しない連中はかなり多い。
お上も道以外を飛行する連中の取り締まりは諦めている。
基本みんな一般航空道を使用する。私だってそう。普段ならね?
けどみんな自身の都合で好きにルールを破り、好きに空を楽しんでいる。
そのあまりの数に、国も匙を投げているのだ。
目的地が見えた。降下する。
大手箒メーカー、マンリーの正規ディーラー。
MSP(マンリー ブルーム・スポーツ・プラザ)だ。
大通りに降りて店の目の前にあるブルームパーキングに箒を立てかける。
時刻は6時53分。
立派でピッとしたスーツを着た初老のスタッフがにこやかに店から出てきた。
「ラピス様! おはようございます。お待ちしておりました。さ、中へどうぞ」
「コトマさん、おはようございます。朝早くからありがとうございます。無理言ってすいませんでした」
いえいえ、とドアを押さえて中に促すスタッフ。
案内されガラス張りの立派な店内に入る。
店内は天井が高く、床は大理石で歩くとカツ、コツッ、と靴のヒールが着地する音が響きわたった。
中には様々なタイプの箒が展示されている。
道に面している壁は全てガラス張りで入口は一番左側にある。
外から見るとショーケースのようになっており、そこにバイクが陳列されている。
店は一般客が移動する範囲は正方形に近い形をしている。
中央付近は商談用のテーブルが複数用意され、入り口から見て一番奥はカウンターになっている。
案内されたテーブルに座る。
真正面が外から見て右側の壁、自然と目線がそっちにいく。
そして視線が、”それ”に釘付けになった。
「ラピス様、お飲み物などいかがでしょう?」
「お気遣いありがとうございます。ただ本日は急いでおりますので結構です」
「左様でしたね。では書類説明の前に”現物”を」
その現物はまさに今、目がくぎ付けになっている”それ”だ。
立ち上がりその目的の物の前に歩み寄っていく。
ラピスの目はキラキラと輝き、その表情が表すのは悲願達成以外の何物でもない。
「素晴らしく美しい。夢にまで見た私の”MZ-R10B”」
「ご注文のとおり、一般道飛行不可のサーキット仕様に仕上げてあります。もちろん……その、メーカーの保障などは対象外になっておりますが」
「コトマさん、ありがとうございます。持ち込みのエキゾーストまで組んでもらったうえに、ディーラーでありながらECUまでチューンしていただいて。もちろん、この件は他言しません」
目の前には欲しくて欲しくて仕方がなかった箒が鎮座している。
MZ-R10B。
マンリーのSSタイプのフラッグシップモデル。
通常のMZ-R10に世界最高峰箒レースの”BroomGP”(ブルームジーピー)のエッセンスがふんだんに盛り込まれている。
それゆえにMZ-R10”B”なのだ。
基本的な造形は現愛機のMZR4とほぼ変わらない。
MZR4はレーサーレプリカだが、まあ細かい定義をおいて一口に言えば同じような造形におさまる。
どちらのマシーンもスポーツタイプ、レース指向だからだ。
この末尾の数字はメイン推進力のジェット機構の数である。
すなわち、R10Bはジェットブースターが10基搭載されている。
「そういえば”例”の機能を確認したいのですが」
「かしこまりました。これがこの車体のキーでございます。まずはこちらにマナをお願いします」
箒の起動は盗難防止の対策でキーに持ち主のマナを注入する。
こうすることで持ち主以外の人間がキーを手にしても箒を起動できない。
つまりある種の生態認証だ。
そのまま車体を盗まれたら元も子もないが。
「注入しました。私が差し込んで起動しますね」
「かしこまりました」
キーの持ち手カバーが黒色から綺麗な青色に変わった。
マンリーブルーだ。
メーターの手前にあるシリンダーにキーを差し込み起動する。
──ポワァ
メーターに明かりが灯る。
R10のロゴが液晶に映り、デジタル出力メーターが一度マックスまで振り切りゼロに戻る。
起動直後、車両から左右にスラスターが飛び出した。
フロント、中央、リアから各1対。
中央のスラスターは比較的大きくさらに3対に分裂した。
このスラスターは設定された決められた位置にホバーしている。
「すごッ! ジーピーマシンじゃん!」
さすがブルームジーピーのエッセンスを最大限に注入したマシーン。
このスラスターは空力性能向上の一端であり現代のレースシーンでは必須。
特に箒のように直進だけでなくバンクもする場合、エアロダイナミクスはより複雑になる。
だって車体も人間もバンクする。故に求められる空力だって常に変化するのだ。
この一定の位置にホバーしているスラスターが走行中は車体の傾きに合わせて適切に動く。
スラスターにはエアロが一体化していて空力を最適化し走行をより洗練されたものにするのだ。
しかもスラスターの機能はこれだけではない。
スラスターの展開も完了し車体のあらゆる機構にマナがデリバリされた。
その間、約1秒。
微動だにすることないマシンとそれを囲む10基のスラスター。
アクセルをふかしたくなる気持ちを抑える。
「起動できましたらメーター付近にあります、FGNと書かれたボタンを押してください」
「これね」
ボタンを押下する。
直後、中央とリヤのスラスターが光を放った。
中央のスラスターが楕円の光を、リヤのスラスターはライダーのちょうど背中あたりに長方形の光を形成した。
そこにはブルームジーピーのマンリーのファクトリーチームであるマンリー・ブルームジーピーのスポンサーが照らし出されている。
スラスターはレースシーンでは空力以外にチームグラフィックやスポンサーを表示する役割をもつ。
それ以外にも他ライダーと直接接触しないための緩衝材など細やかな役割を果たすユーティリティな奴だ。
このR10Bは他モデルと違い、特別にブルームジーピーのスポンサーの全てが表示できる。
レース好きのオーナーからしたら、まさに極上の体験ができるマシーンだ。
「あの、これを”ファビオ”仕様にしたいんですが」
「このファクトリーグラフィックネオンボタンを押せば切り替えれますよ。画面にモードが表示されます」
1回押す。画面に”Fabio”と表示されグラフィックが切り替わった。
フロントカウルにゼッケンナンバー”20”が、背中側の最下部には”The Devil”と表示された。
その他、細かなデザインも変わる。
「キャーーーーー! ファビオのマシンデザイン! もう最高!!!」
「ファビオ=クアッタのファンでしたか。彼は良いライダーですよね」
「そうでしょ! そうでしょ! あの悪魔ちゃんは本当に見ててかわいい! レース前のルーティーンもそう! ずっと見てられる!」
「あの飄々と言いますか、ドシっと構えてる感じがいいと言いますか」
「そうなの! あのレース前のおちゃらけた人柄とレース中のデビルモードのギャップがもう! ……失礼」
やってしまった。
私はジーピーライダーのファビオが大好きだ。もちろんファンとして。
まさかコトマさんの前で変に自分自身を出してしまうとは。
「いえいえ、熱中できる人がいるのは良いと思います。それにファビオ好きならこのマシンはまさにお宝ですよ」
「そうですよね! いやー苦労した甲斐があった。とはいえローンがあるので壊せませんが」
「そうでしたか。一括でお支払いいただいたので知りませんでした。お気をつけてお乗りください」
「そうします。大事だからと言って乗らないのでは意味がないですからね」
計10パターンに切り替えられるグラフィックをファビオ以外に設定しないと心の中で自分に誓った。
あぁ、早く”アクラ”のエキゾーストサウンドを聞きたい。
この車体にはそれはもう様々な機能がふんだんに詰め込まれている。
しかしそんなに難しい話じゃない、要は”速い・曲がる・カッコいい”。これに尽きる。
「オリジナルのグラフィックを表示したい場合はオーナーズマニュアルを読んでください。納車時にお渡しします」
「わかりました。後で確認します。(絶対にファビオから変えないけどネ)」
時計は7時2分を指している。
「急いでいるので早速書類の確認をさせてください。外観や装備のチェックや操作方法は問題ないです」
「かしこまりました。万が一、何かございましたらお気軽にお問い合わせください」
先ほどと同じテーブルに案内される。
書類に記載されている情報に誤りがないことを確認し、保険の保証開始が今日の日付であることを確認した。
”マナペン”に自身のマナをこめ、必要な書類にサインをした。
「ありがとうございます。これで納機の手続きが完了しました。では早速、R10Bを外に出しましょう」
「ありがとうございます」
コトマさんからキーを受けとった。
それはそれは博物館の至宝に触れるかのように、R10Bを丁寧にコトマさんは外に移動した。
さぁて、早速ぶっ飛ばして帰るぞー。
ホバーしてるR10Bに跨った。
「ラ、ラピス様! そのR10Bは一般道の飛行ができない、保安基準不適合機なのでそのまま乗っていかれるのは……」
「え? ああ! すみません!」
私としたことがサーキットしか走行できない仕様にしたのに白昼堂々、R10Bに跨ってしまうとは。
それにMZR4もブルームパーキングに置きっぱなしだ。
コトマさんが何とも言えない気まずい顔をしている。
それはそうだ。
なんせ、私のMZR4もサーキット仕様で一般航空道の飛行が”本来”はできない。
コトマさんがそこに関しては目をつむってもらっているのを察した。
「あー、R10BはホバーモードにしてMZR4で家に帰ります」
「かしこまりました。……その、少し店から離れてもらえれば、まあよろしいかなと」
ぎこちない笑みを返しMZR4を起動し跨った。
「何から何までありがとうございます。弟にも店を勧めますね」
「こちらこそありがとうございました。今後もこのコトマ=レジャイエにお任せください」
会釈しアクセルを開けて帰路についた。
「(もうそろそろいいかな?)」
適当な建物の上で箒を乗り換える。
「(さあ、処女ライドよ)」
R10Bに跨りMZR4をホバーモードに切り替えた。
ポケットからケースを取り出し、中からゴーグルを取り出し装着する。
深呼吸──。
頭の中でレーススタートのシグナルを想像する。
アクセルを開け一定のマナ出力生成を維持。
クラッチを握り出力はジェット機構にエネルギーを伝達しない。
ライツアウト。
ウィリーを防ぎながら絶妙なクラッチとアクセル操作でスタートダッシュを決める。
──バァァアパァァアァゥォオォォォァォン!!!!!
さながら化け物の咆哮。
モンスターマシンと呼ぶには相応しいパワーとスピード、そしてサウンド。
景色が、空気が、日常が、一瞬で非現実的なシチュエーションに移行する。
アドレナリンが出ているのがわかる。
圧倒的なGが全身を支配する。
が、アクセルは緩めない。ジェットブースターのギアを上げていく。
メータ読み、時速318km/h。
「すごい! 車体が浮かない! 走りたい道に吸い付く感覚!」
世界最高峰エキゾーストであるアクラ製ブースターの轟音が鳴り響く。
「(この音はアクラか。ラピス様、思ったより近場で乗り換えたな。……どうかこの件、お上にバレませんように)」
遠方でMSPのコトマがラピスの乗り換えに気づいたがそれを知る由もない。
家までの道中にある時計塔を目指す。
時計塔の右側へ突っ込み、瞬時にフルブレーキング。
ブランボー製のブレーキホバーが素晴らしい制動力を生み、左にバンクしながらアクセルを開ける。
膝を突き出しハングオフで旋回する。
「(うそでしょ! 何この制動力!? 何この安定性!? スラスターのエアロがこんなに実感できるなんて! 最高だ!!!)」
──バパァァァァァァアアァアァァァアァァァ!!!!!
コーナーを立ち上がりフルスロットルで家の方向に操舵する。
バリバリバリと、通り過ぎた建物のガラスが振動する。
目をバキバキに見開きながら、笑みを浮かべたティーンエイジャーが轟音とともに走り抜けた。




