第四十八話 【エイドロン編】おどろおどろしい、我が世界【ジン、熊、何処までも広がる白】
第三層三界-エイドロン
世界歴 104679年4月10日
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──魔法世界アルカナのポアロ姉弟が、カブトムシの捕獲依頼に悪戦苦闘し
──狂気世界テリオンのグレイ達が、まだ死を考えもせず狂気に酔っていた頃
──アズマ帝国帝都
ガヤガヤと騒がしい教室。
アズマ帝国の帝都、その西に位置した高校。
小高い山の上に建ち、東を望めば首都圏が見える。
『でさー』『昨日のアレ見た?』『はは!それはねーだろ!』
生徒達は青春を謳歌し、誰が見ても活力に溢れている。
なんの変哲もない学び舎。
その空間の中心付近の座席、誰とも馴染まずただじっと座る男子がいた。
『おい、次は移動教室だぜ? ぼちぼち行こう』『お前場所わかる?』
入学式を終え、まだ一週間と経っていない。
そうだよ、次は移動教室だ。僕も移動しないと。
……でも、皆が行ってから移動しようかな。
いや、場所もわかんないし早めに散策しようかな。
朝の妹とのやり取りを思い出す。
──時は朝食に遡る
リビングの外、廊下の先からバタバタと足音が聞こえてくる。
「おはよー!」
「おはよう、オウカ。挨拶したの?」
「あ。我が友、万物よ。今日も共にあらんことを」
「もう、ちゃんと寝起きに挨拶しなさい。一日中、疲れるわよ」
妹が目の前の席に座って朝食のパンに手を伸ばす。
「ジン兄、おはよ。寝ぐせついてる」
「食べたら直すよ」
「ねー、友達出来た?」
昔から嫌いな問い。
なぜか皆は人生の節目節目で同じ質問を投げかけてくる。
「いや、出来てないよ」
返す答えはいつも一緒。
心配してくれるのは良いけど、それが重く感じる。
いいよ。僕の友人の有無なんて気にしないでくれよ。
「ふーん。友達いた方が楽しいよ。高校生活満喫しなよ」
「別に、そんなのいいよ。高校だって人生のうちに通らなくちゃいけない過程なだけで、そこn」
「ねえ。もしかしてジン兄って友達作らないんじゃなくて作れないの?」
「……」
妹がばつの悪そうな顔をしながらホットミルクを飲んだ。
「あはは、ごめんねー」
「もー、オウカは余計なこと言わないの。ジンだって作ろうと思ったら作れるよ。ねえ?」
母のフォローがフォローになっていない。
僕が友達を作れない人間の前提で『頑張ればいける』風に言ってるだけ。
それが僕なんだけどさ。
──。
『あ、俺も一緒に行っていい? 場所わかんなくて』『おう、行こうぜ』『サンキュ。俺、中学がムカイハラでさー』
クラスメイトがグループの輪に入って行く。
そうだよ、僕もあんな感じでいけばいいんだ。
友達を作れないわけじゃない。
ガタッっと席を立ち上がり歩み出す。
すぐに教科書を持っていないことに気付き、席に戻って教科書を取り出した。
……いや、もういいや。
焦って立って、教科書を忘れて、何をやっているんだ僕は。
やや猫背気味で小柄、こざっぱりした髪型に丸縁の眼鏡。
これと言った特徴のない少年ジンは、クラスメイトに声を掛けるのを諦めて移動先の教室を目指した。
目印になるクラスメイトの後を追うでもなく、入学時の資料を見ながら歩みを進める。
今のこの地に引っ越して来てから。
それからずっと一人で考え、自分を頼りに学生生活を送ってきた。
引っ越してきたあの時、四年前の転校初日から。
そうだよ、誰かと一緒に居たって『どっちも幸せにならない』かも知れないじゃないか。
三階建てのA棟とB棟、そしてそれを繋ぐ渡り廊下が各棟の両端から伸びている。
渡り廊下は一階と二階にあり、校舎は上から見下ろすと長方形の形をしている。
中庭があり、その中央には石垣の上に装飾された百葉箱とも祠とも形容しがたいナニカの御殿のような物が建っていた。
「(えーっと、音楽室は……。ここの突き当りだから、一階の渡り廊下から行けばいいのかな)」
A棟に学年教室や職員室、校長室など学校インフラが集中し、B棟はもっぱら特殊教室のみで、使われていない部屋も多いと説明があった。
ジンはA棟の三階から一階に下り、渡り廊下を目指す。
「(なんだ? 今、窓ガラスに反射した自分がおかしかったような)」
階段を下る途中、対してスペースの無いぐるりと旋回するだけの踊り場の窓ガラス。
そこに反射した自身の姿が、一瞬だけ歪んだように見え立ち止まるも、映るのは普段の自分自身だった。
「(ん? あ、間違ってる。音楽室はB棟の三階だから、二階の渡り廊下の方が近かったじゃんか。いいや、一階の渡り廊下を通って階段を登ろう)」
階段は渡り廊下同様に各棟の両端付近にある、それ故に階段を下ると目の前は渡り廊だった。
一階の階段隣、かつ棟の最端スペースには保健室がある。
──ガラッ
保健室のドアが開いた気がして一瞬そちらに顔を向けかける。
しかし、進行方向の渡り廊下の先に、突如何かが視界の端に現れたので、すぐに顔を体の向いた真正面に戻す。
廊下の先、渡り廊下からB棟に入ってすぐの、日の光が切れた影の中。
全身に苔が無造作に生えた白い体毛の『熊』が仁王立ちしていた。
──ドックン!
心臓が一回大きくポンプする。
一瞬で血の気が引く感覚に襲われ、脳みそが猛スピードで思考を巡らせる。
なんで!? あれは!? 熊!? 侵入!? どこから!? 死ぬ!! 食われる!! やばい!!
逃げろ!!!
咄嗟に体を反転させて駆け始める。
逃げる! どこへ!?
職員室は二階にあり、最短で人が居そうなのは一階の事務室か校長室しかない。
ヤバい! とりあえず昇降口を目指せ! その途中に人が居る部屋に入る!
バタバタとぶっきらぼうな走り方で廊下を進む。
ジンは運動があまり得意ではない。
その現実がより、ジンの気持ちを焦がす。
僕の足じゃ無理だ、食われる! 殺される!
恐怖、焦り、混乱、絶望。
ありとあらゆる負の感情に苛まれる中、中庭からの視線を感じた。
視線、そこに人の気配を感じ、反射的に中庭を見る。
目が合ったソレは、暖かいようでどこか冷たいそんな目をしていた。
自身より少し高い目線の高さで宙に浮き、人間の形をしているのに裸で、全身が白い毛に覆われていた。
こざっぱりした髪型のわりに前髪が長く伸び、目線以外に表情はわからないが、熊同様に苔が所々に生えている。
……なんだよ、あれ。
──弾指
──指を弾くほどの短い時間。
「ッヒグ!」
足が縺れて転び、顔面を床にぶつけたが、思いのほか痛みは少ない。
急いで立ち上がり、動けなくなった。
目の前から廊下が消えた。
正確には、『すべて』が消えた。
その代わり、眼前には何処までも広がる白と、その距離感もわからない果てまでの間に浮かぶ、大小様々な球体の数々。
振り返ると後ろも同様、熊も廊下もそこにはなく、同じ景色が何処までも続いていた。
下を見る、自身の立っているそれが、数多ある球体の一つであると確信する。
所々に苔がむした球体に。
思いのほか小さい球体の上から下を見下ろすと、下もまたどこまでも果てしなく続き、奈落が見えない。
何が起きているのかわからない。
「(……なんだよここは。……どうなってるんだよ。だって僕は熊を見て、それで廊下を走って逃げて。転ぶ前に、中庭で……、中庭で見たアレはなんだ)」
「なんなの……、ここは何処?」
真上から声が聞こえて上を見上げる。
「うわ!」
思わず声が出た。
自身の頭上にも球体があり、そこに人が居た。
直感的にその人物が落下してくるように錯覚したため、声が出たのだ。
しかし、その人は落ちてこない。
「きゃあああ!!!」
相手もジンの声に気付き、こちらを見て叫ぶ。
しかし、何も起こらない。
「……なんで?」
ジンから見たら、頭上の人物がコウモリのように、球体にブラ下がっているように見える。
あちらも同様なのだろう。
ジンから見たら相手が真上の球体に逆さまの状態で座り込み、相手からもまた、ジンが真上の球体の上に逆さに立っているように見えている。
お互いの乗る球体に重力があるかのように、五メートルほど離れて目が合ったまま二人は固まった。




