第四十九話 【エイドロン編】おどろおどろしい、我が世界【球体、ルール、鳥居】
第三層三界-エイドロン
世界歴 104679年4月10日
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「……ねえ、君1年生だよね? 上履きの色が青だし。てか、ここどこ? なんで君はぶら下がってんの?」
「え、は、はい! 1年です! 僕はその、ハザマ=ジンって言います! ここは……わかりません。それに僕から見たらあなたが逆さになって見えますけど、なんでこっちに落ちないんですか!?」
「私も一年、名前はクマベ=ミオリ。なんで落ちないはこっちのセリフ。……てか、あんた幽霊とかじゃないよね? 本当に新入生? 今が何年か答えて」
「……えぇ。今年は世界歴104679年ですけど。と言いますか、クマって言えば熊を見ませんでしたか!? 渡り廊下で!」
「年は合ってるか。熊? 見てないけど、居たの? ジン君って呼ばしてもらうけど、ここに来る前に何してたか教えてよ」
髪は栗色でポニーテールの活発そうな女の子、クマベ=ミオリを名乗る人物とお互いの意見を話し合う。
ミオリは保健室から出て、走るジンの後ろ姿を見た瞬間にここに来たこと。
ジンは音楽室に向かう途中で熊を見たこと。
パニックになり逃げている最中に、中庭に人ならざるナニカを見たこと。
「フーン。熊と人っぽい何かね。きっとそれは幽霊。そしてここは幽霊の作った空間、ってとこね」
「ミ、ミオリさんはやけに、幽霊に繋げたがりますね」
「じゃあなんだってのよ。てゆーか、あんた男ならここを散策しなさいよ」
『友達出来た?』という言葉と同じくらい嫌いな言葉、『男ならXXしなさいよ』。
行動の根本に男も女も関係ない、とジンは考える。
重いものを運ぶなど、生物学的な筋力の差を考慮した結果として男が主として行動する、ならわかる。
他にも、男ではなく漢として女性が男性に求める行動があることも知っている。
しかし、それを鑑みてもミオリの発言はジンを一瞬で苦しめた。
なんで僕が散策するんだよ。
興味があるなら、そっちが自主的に散策すればいいじゃないか。
真上から目線を外し、改めて周りを見渡す。
なんでミオリさんは落っこちない? ミオリさんの乗っている球に重力があるのか?
そうじゃないと説明がつかないし、それに僕の球にも重力があるなら、歩いて外周を一周できるんじゃないか?
ジンの球が直径三メートルほどで、ミオリの球はそれより一回り大きく見える。
ジンの視点だと、数歩でも前に歩こうものなら、奈落に転落してしまうように見える。
本来のジンなら混乱しガタガタと切望しながらへたり込むところ、ミオリの存在が平静を保つ要素になっていることは間違いない。
改めてジン自身の立っている場所や状況を整理し、散策しようとするも不安と恐怖の波に感情が飲まれそうになる。
この球に重力が無ければ落下、あれば何事もなく歩ける。
死か、重力があるという実験結果が得られるか。
呼吸が早くなり、脳内に同じ言葉がリフレインされる。
『男なら』『男なら』『男なら』『男なら』『男なら』
「スゥー、ハァー、スゥー、ハァー、スゥー、ハァー」
「こっちはぐるっと歩けたよー。そっちも早く確かめなよ。多分ここ、上とか下とかないんじゃないかな?」
「えっ!」
過呼吸気味の状態で頭上から声が聞こえ真上を見上げる。
さっきまで見上げた先にいたミオリは移動し、ジンから見た頭上の球の弧の最端に立っている。
球体、そこから突き出るように仁王立つ女子、本来の物理学が物理学をすればとうにジンの方へ落下している。
その物理学に関しても、ジンが立っている場所を下、落下先、それらと考えた場合に限る。
スカートなどの衣服の形を見ても、ミオリの立つ球体に重力があり、その中心に引き寄せられ立っていることは明白だった。
ミオリはくるっとジンに背中を向け歩き、球体の死角に入って見えなくなる。
十秒もしないで、ミオリが消えた対角線上から歩いて現れた。
沈んで昇る、まるで太陽のように。
「ね? だからジン君もビビってないで歩いてみたら? てか、角度的に私のパンツ見たでしょ」
「…え、あ、うん。いや、パンツなんて見る暇ないですよ!」
ジンの真面目な回答に『ハハッ』っとミオリが笑い、ジンもつられて軽く笑う。
初めて、この場に笑いが生じた。
ジンも勇気を出して球体の外周を歩く。
歩みを進めど落下するような感覚は現れず、景色は変われど体がしっかりと重力を感じていた。
所々に生えた苔に『嫌な感覚』を覚えたので、跨ぎ避けて通る。
徐々にミオリが見え、元の場所に帰ってくることができた。
「さて、どおする?」
ミオリの言葉で次の壁を突き付けられる。
周りを見渡せば上下と言うものが存在しない、果てしない白の空間、そこに無数に点在する球体。
しかし、ジンには次に試したいことがすでにあった。
「あ、あの。僕がそっちに飛び移ってみます!」
「え? 距離結構あるよ?」
「この球体の外周を歩いたときに軽くジャンプしてみたんです。多分この球体の重力は本来の地面と比べて弱いですよ」
ミオリもジャンプして見て直感的に重力の弱さを感じる。
「確かに、少しふわっとするって言うか。体で覚えている落下速度とは明らかに違う。遅いよ」
「どおりで、ここに来た時に転んで顔を地面にぶつけたのに、あまり痛くないわけですよ」
ジンが少し後ずさり、身構える。
「そ、そっち行きますよ」
──ダンッ
ジンが地面を蹴ってジャンプする。
地面と離れた体は、ジャンプの瞬間ほどのスピードはないものの、ミオリのいる球体を目指し進み続ける。
球体間の中間あたりを過ぎたくらいから徐々にスピードが上がり、最終的には本来の自由落下より遅い速度で球体に着地した。
顔面から、みっともなく。
「ジン君、大丈夫?」
「全然、平気です」
立ち上がり体を払うも、特に汚れは付いていないようだった。
「そ、それより。今の着地は下手でしたが、慣れればクルっと回って足から着地できそうです」
「そっか、球体の移動お疲れさま。フー、これからは球体移動をし続けるくらいしかやることなさそうだね」
「ですね。ここは何処なのか、どうやったら戻れるのか。探りながらになりそうですね」
二人が全体を見渡す。
「あ、あの。ここが実際に元居た学校と違う空間というか世界だとして。ルールがあると思いませんか?」
「ルールって? 確かに、球体一つひとつに重力があるのは不思議だけどさ。上も下も多分ないし」
「僕その、宇宙科学的なものはあまり知らないですけど、球体同士が引き寄せ合わないにしては重力が強いと思いませんか?」
「そうなの? それってジン君が球体を移動したからわかる感覚なんじゃない? で、それがどおしたの」
「い、いやーその。球体間の中間を過ぎたあたりで、こっちの球体の重力圏に入った感覚があったというか。つ、つまり、上下がなければ落下も浮遊もない。基本的に行きたい球体に行けるんじゃないかって」
ミオリがジンの話を聞きながら周りの球体を観察し続ける。
「そもそも、私は夢でも見てるんじゃないかと思ってる。だから、実は恐怖心なんて今はないんだよ、ね!」
ミオリが突如としてジャンプし、ジンがその先を確認するが球体がない。
いや、球体はあった。
しかし、ジンが想像した十メートルそこらの距離ではなく、五十メートルは離れている球体を目指しているようだった。
ミオリは道中にある球体に引き寄せられるように、上下左右斜め、あらゆる方向に振れながら直進をし続ける。
結果、到達目標にしてたであろう球体の、二十メートルほど前にある別の球体に引き寄せられてそこに着地した。
「早くきなよー!」
「は、はい!」
ジンは一番近い球体に飛び乗りながら、ミオリのいる球体を目指す。
一度だけ、斜め上の球体に移動する際に、最初の移動同様に顔面から着地しそうになるも、空中で上手く前転して足から綺麗に着地した。
一気に視点が変わり一瞬ミオリを見失うも、すぐさま見つけて合流した。
「さっきの着地、綺麗だったね」
「い、いや、まあ。でも視点が変わって上下が反転したのでビックリしました。多分慣れれば大丈夫ですけど」
「フーン、そっか。ジン君は気にしてないようだけど、私スカートだから。私はできないなー。それともパンツ見せろって言ってる?」
「な! パ、パンツだなんて! 思ってもないですよ! 止めてくださいよ!」
ミオリがからかい、ジンが赤面し否定する。
「わかってるよ、からかったんじゃん。ジン君っておもしろいね」
「お、おもしろいって、それは僕をからかう行為がでしょ! 別に僕は面白いカテゴリーの人間じゃないですよ」
「からかいがいがあるってのは、面白い人ってことだと思うけど?」
「もういいですよ、わかりましたよ。……それより、次はあそこを目指しましょう」
ジンの指の指す方に、ひと際大きな球体があった。
他の球体より五倍ほどの大きさはあるだろうか、球体のほとんどに苔が生えている。
「確かに今までのとは違うけどさー。苔っぽいの生えてんじゃん。あれ嫌な感じがするんだよね」
「え、ミオリさんもですか? そうなんですよね。嫌な感じがするんです。けど、あそこには行かないと。明らかに他と違いますからね」
「はぁ、だよねー。なるべく苔に触りたくないからさ、近づいたらぐるっと外周見てみようよ」
「そうですね。じゃあ僕が先に行きますね。スカートとか気になると思いますし。何かあったら声をかけてください」
「……へー。紳士じゃん」
ジン、ミオリの順に、苔むした大きな球体を目指して移動する。
二百メートルほど進み、すぐに飛び移れるところまで来た二人は、ミオリの提案の通り球体を移りながら、大きな球体の外周を散策する。
二人共、少し散策しすぐに立ち止まった。
その苔むした大球に林のような一帯があり、二人の目線と思考がそこに釘付けになった。
立派な杉のような木が生い茂り、林全体をご神木のように注連縄が囲って、紙垂が縄に等間隔で垂れている。
二人は林の上を通り過ぎ、反対側へ移動する。
林の一部が開き、入り口のようになっていて、その前には大きな赤い鳥居が建っていた。
林を囲う注連縄がその赤い鳥居に結び付けられていて、鳥居より先の林の中は鬱蒼と暗く奥が見えない。
その鳥居の足元からは、苔が生えていない部分がまるで道のように蛇行しながら、林の反対方向に下降するように伸びていた。
その道の終着点にもまた、赤い大きな鳥居が建っている。
「最悪。やっぱりこの球には行かないとダメそうだね。じゃないとここから出るためのヒントが得られないよ」
「ぼ、僕もそう思います。ただ苔がすごいですね。距離もありますし、直接林の入り口の鳥居を目指すと苔に着地しそうですね」
「そうだよねー。やっぱり、あの球に移るなら下の鳥居のとこからじゃない? 近くに球体もあるし」
「ですね。そ、それに、苔がない所に着地すれば後は道なりですし、大丈夫ですよ!」
二人はさらに、苔むした大球の外周を球体を移りながら移動し、目的の鳥居付近まで来た。
ジャンプし、苔が生えていない道らしいところに着地する。
「ふぅ、じゃあ行きますか」
「で、ですね」
道のすぐ目の前に建つ鳥居を見上げ、さらに先にある林と鳥居を見つめて歩みを進めた。




