第二十五話「さらばカンナギ」
ヒカル達はオーエド城で一夜を明かした。ベッドではなく畳に布団で寝るよう言われた時こそ戸惑ったが酒も入っていたのでダートもアクアもすんなり眠った。彼女だけはすぐ寝ずに考え事をしていた。
性格がまるで正反対なのに、カンナギがセイラと重なって見えて仕方ない。最初はそんな風に思わなかったのに、いつの間にか彼女が自分の中で大きな存在になっていた。それを酒の席で改めて確認した。だからどうしたものかと考えていた。
翌朝、ヒカル達三人はフェニクシア語を話せる者に呼ばれて昨夜の大広間に連れていかれた。今度は多くの重臣達はおらず将軍ヨリヤスのみが座っていた。四人に豪勢な朝飯が振舞われる。
アクアがその奇妙な食事を見て尋ねる。
「ヨリヤス殿、これは一体……コメに生の肉のようなものが載っているのですが」
「スシといって新鮮な生魚をコメと共に握ったものだ。ご賞味あれ」
「魚って生で食って大丈夫なのか? 腹壊さないのか?」
「客人に腹を壊すようなものを振舞わないだろう」
ダートは冷静に言いつつも眼鏡を弄るだけで手を付けない。ヨリヤスは手本になるようにスシを手で掴んで口に放り込んだ。最初にヒカルが真似して咀嚼する。それを見てアクアも続いた。
「どうしたダート、食べないのか? 結構いけるぞ」
「……じゃあ頂こう」
ダートもようやくスシを食べ始める。すると手が止まらなくなった。
ヒカルはヨリヤスに出航準備のことを尋ねる。
「それで船はどうだ。いつ頃ジャポニカを出られる?」
「ああそれな。これから通達を出す。すぐには出られない。しばらく我が城で待っていてくれ」
「しばらくって何日かかる?」
「うむ……今日中には無理だ。船を整備して、人員を選定して……正直どれくらいかかるか私にはわからない。担当の者に訊いてみなければ」
「本当に人任せなんだな……なるべく早くしてくれ」
「わかった」
「そういえばカンナギはどうしてる? ここには来ないのか?」
てっきり一緒に食事をするのかと思いヒカルは質問をした。ヨリヤスは答える。
「あれは二日酔いで頭が痛いと言ってまだ部屋でぐずぐずしている。情けないことだ……今はそっとしておいてくれ」
「そうか」
ふとヒカルは思いついたことがあってヨリヤスに頼んでみる。
「なぁ、人が一人すっぽり入るくらい大きな布……風呂敷でもなんでもいいがないか? 大事な遺体を運ぶのに使いたいんだが」
「遺体を? ふむ……あるだろうから用意させよう。待ってくれ」
ヒカル達三人は食事を終えると大広間を出て客室に通された。そこで過ごすように言われる。しかし城の中でただ待てと言われても困るのであった。
「このまま待つだけというのか? 暇すぎるな……」
「だったらそう言ってみてはどうだ? 何か芸でもてなしてくれるかもしれない」
ダートは真面目に提案したがアクアは渋い顔をする。
「やめた方がいいですよ……要らぬ気を回させてはいけません。話でもして時間を潰しましょう」
「話か……そうだな。この機にお前達のことをもっと訊いてもいいか?」
「ええ、答えられる範囲で答えますよ」
アクアがそう言ったのでヒカルは質問する。
「お前達はいつ頃知り合ったんだ?」
「私やアクアの祖父は二代目四聖だ。その縁で幼い頃から顔合わせはしていた。親戚のような付き合いだった。物心ついた頃から三代目四聖として職務を引き継ぎ、ザクスを拠点に活動を始めた」
「ダートは年長だったので昔は本当にお兄さんって感じでしたよ。それに比べ私はまだまだ未熟でした。今みたいな性格になったのは思春期の後ですよ」
「ふーん、幼馴染なんだな」
ヒカルは次の質問を考える。
「四聖として私とセイラと戦う前にどんな仕事をした? まさか何もしてなかったわけでもないだろ」
「ええ、一つ大仕事がありました。王家の11人という名のテロリスト集団と戦いこれを壊滅させました」
「王家の11人?」
「共和国を打倒し王政を復活させようとする、フェニクシア王国初代国王ガイウス一世の子孫を自称し、いずれも異能者である11人のテロリストだ。植物を操る異能や人間を爆弾に変える異能などいろんな能力の使い手がいて普通の警察や兵には手が付けられなかったが我々がことごとく討ち取った」
「それは興味深いな」
「人知れず国の平和を守っているのですよ、我々は」
アクアは腕を組んで得意げにする。ダートも頷いた後、ヒカルに質問し返した。
「ヒカルこそ以前は何をしていた? 随分フェニクシア語が堪能だがフェニクシアに来たのはあれが初めてではないのだろう?」
「ああ……良い師匠に恵まれてな……少々話は遡るがいいか?」
ヒカルは幼い頃家族を殺された後ブッテツと出会い、共に諸国を旅する中剣や言葉を習ったことを語った。
「成程、師が剣聖ブッテツ・タイラか……あれほど強い理由がよくわかった」
「サタンの異能がなければお前達に歯が立たんがな」
かつて四聖と戦った時のことを思い浮かべ、ヒカルは謙遜した。その時のことをダートも思い出し言う。
「何を言うか。アクアに怪我を負わせておいて。あの時の傷痕がまだ残っているだろ。見せてやれ」
「そうだったか。それはすまなかったな……」
ヒカルは謝るがアクアは首を横に振る。
「よしましょう。あの時の恨みはありますが今は魔王を倒すという大目的の下一致団結する時ですから」
アクアは一旦話を戻そうとする。
「そういえばブッテツはタイガニア王宮で死んだと聞きました。あなたに襲われてね。何があったんです?」
「ああ、それは……ブッテツ師匠がタイガニア王の命でセイラを攫ったんだ。セイラを取り戻すために私は師匠と戦った。お互い譲れないものがあった。でも今はこうも思う。師匠は私に介錯を頼んだんだと……」
ヒカルの表情が沈む。いかなる理由があろうとブッテツを斬ったことは彼女にとって深い心の傷になっていた。ダートは気遣って励ましの言葉を掛ける。
「もし後悔しているとしても、過去を悔やんでも仕方ないと言っておく。未来へ向かって進むしかない。前へ向け。悩み立ち止まった時は背中を押してやる」
「そうだな……ありがとう」
それからも三人はそれぞれの人生経験を語り合った。するといつの間にか昼になり部屋に食事が運ばれてきた。昼食は大広間で食べるのではないようだった。コメに鶏肉と野菜の煮物と何やら茶色の汁物といったメニューで三人とも汁物が気になる。それで食事を運んできた者に何なのか尋ねてみた。
「これはミソ汁で御座います」
「ミソ?」
「豆を腐らせて作らせた物です」
「食って大丈夫なのかそれ……」
「ええ。とっても美味しくて栄養がありますよ」
恐る恐る三人はミソ汁を口にする。瞬間口の中にホッとする旨味が広がって意表を突かれた。
「なんか普通に美味いじゃないか……」
「美味い物ほど毒があるとも言いますよ」
「アクア、怖いこと言うなよ……」
だが結局全員ミソ汁含め出された食事を完食した。その後もしばらく暇な時間が続いたが、突然まだ10代くらいの少年が部屋に入ってきてヒカルを呼び出した。
「シンシア様、カンナギ姫様がお呼びです。こちらに来てください」
「カンナギが? 二日酔いは良くなったのか?」
「ええ」
少年に連れられてヒカルは部屋を出て廊下を歩く。しばらく歩いていると途中でカンナギと出くわした。
「姫様!? 部屋からお出でになったのですか?」
「ゲンノスケ、お前はここまででいい。部屋まではアタシが案内する」
「そうですか……失礼しました」
ゲンノスケと呼ばれた少年は足音も立てずに一瞬で二人の視界から消え去った。これにはヒカルも少し驚く。
「ただの子供かと思ったら……何者だ、あれは」
「ああ、ゲンノスケか? ニンジャだよ。技術を磨き諜報、そして破壊活動の任に就く者だ。異能者もいる」
「ほう」
あの歳で将軍のいる城に出入りできるということは相当の手練れだとヒカルは思った。
カンナギと並んでヒカルは歩く。歩きにくそうにする少女を見て彼女は言う。
「相変わらず動きづらそうな格好をしているな。いつもの服はどうした?」
「ああ、あれか? 実は男物で従者の借り物なんだよ。ここに帰ってきた時に取り上げられた」
「そうなのか。でもサムライの血筋の女がそんな恰好で大丈夫か? もし敵が攻めてきたらどうするんだよ。そういえばサムライは男ばかりで女のサムライを見ないな……」
「普通女子はカタナなんか持たないんだよ、戦国の世ならともかく今は」
「成程、差別的で平和ボケした国だな」
ヒカルは呆れる。カンナギも同感だと言って笑った。
「まぁでも今は平和が一番なのかもしれないなぁと思ってるぜ。魔王に殺された人は戻っては来ない……」
「ああ。だがこれ以上の被害を出さずに済んだ。そう考えろ」
「わかっているぜ……だが今も被害がどんどん伝わってる。マモンめ、滅茶苦茶にしやがって……」
カンナギは拳を強く握る。その拳をヒカルは手に取った。
「だがぶっ殺した。もうジャポニカを脅かす者はいない。お前は国を守ったんだ。それを誇れ」
「アンタのおかげだぜ。ありがとう……ええと、シンシア?」
「ヒカルでいい」
「ヒカル、感謝してる」
ヒカルの手を掴み、ブンブン振るカンナギ。
「さぁ行こうぜ!」
カンナギはヒカルの手を引っ張って目的地まで連れていく。城の中の一室に入ると、そこは私的な雑然とした部屋だった。
「ここが私の部屋だぜ。ゆっくりしていけよ」
「ふーん、結構本があるな。読書家なのか?」
「勉強のために読ませられている奴ばっかだぜ。でも800年前の小説とかもあってそれは結構面白い」
「へぇ」
ヒカルは一つ本を手に取って見るがジャポニカ語なので読めなかった。すぐに閉じて元に戻す。
「これならヒカルでも楽しめるんじゃないか」
そう言ってカンナギは表面にマス目の描かれた木の机を動かしてきた。ヒカルはそれはなんだと問う。
「ショーギだよ。大陸のチェスみたいなゲームさ」
カンナギが机に載っている箱をひっくり返すと木製の駒が散らばったので、それを一つ一つ盤の上に並べていく。
「ルールも似たようなものだ。駒の動き方がわかればできる。なんでもショーギもチェスも同じく魔大戦以前の古代文明で遊ばれていたゲームを起源に持つらしい。だから親戚みたいなものなんだよ」
ヒカルはいかにもセイラが言いそうな豆知識だと思い、またカンナギと死んだ彼女を重ね合わせていることに頭がどうかしてると自分を戒めた。
カンナギは駒の動かし方をヒカルに教える。そして最後に言った。
「重要なのはチェスと違って取った駒は自分の駒として使えるってことだ。これのおかげで奥深いゲームになってる。それじゃあ始めるぜ」
「ああ」
初めてショーギを遊ぶヒカルは序盤は感覚で駒を動かす。だが中盤から熟考して相手の手を読むようになった。しかし終盤追い詰められて考えても考えても手詰まりになっていく。
「ヒカル、そんなに考え込まない方がいいぜ。ヒカルが考えてる時間アタシも次の手を考えられるからな」
「そんなことはわかっているんだよ! クソ!」
「王手」
「く……こう王を逃がす他ないか」
「さらに王手だぜ」
ヒカルは盤面を見回し考えるが、完全に詰んでいた。どうしようもなくて降参する。
「参った。私の負けだ」
「やったぜ、ヒカルから一本取った!」
「お前、相当やり込んでるだろ。初心者が勝てるわけないじゃないか」
「じゃあ勝てるように教えてやるぜ。まだ時間あるしな」
カンナギはヒカルにショーギの型や戦法を教える。それを踏まえて再戦する。
今度は惨敗とまではいかないが、やはり一朝一夕には強くなれずヒカルは敗北した。
「なぁカンナギ、一戦目は手加減してただろ。今回は本気出したな」
「さぁどうだか」
明言を避けるカンナギ。ヒカルは悔しくてもう一戦頼みこむ。
三戦目となるとカンナギの打ち筋もわかってくるかと思いきや、戦法をまるで変えてきた。ヒカルは翻弄され、相手の手を読めぬまま崩され負けた。
「クソ……なんて奴だ……」
「その顔が見たかったんだぜ。ぷくくく……」
「まだだ! 勝つまでやる!」
「ヒカルって負けず嫌いだよな」
「姫様、お食事の時間です。おや、シンシア様もいらっしゃいましたか」
部屋に小間使いの女がカンナギを呼びに来た。ショーギは終わりにせざるを得なくなった。
「ヒカル、夕食の時間だってさ。ここまでだ、続きは明日にしようぜ」
「そうだな」
二人は小間使いに連れられて大広間に来た。そこには将軍ヨリヤスと重臣達、客であるダートとアクア、他にも芸人がいた。
「今宵は魔王討伐を祝って我が国が誇る一流の芸者共を集め、宴を開かせてもらった。救国の英雄であるシンシア殿らにも存分に楽しんでいただきたい」
ヨリヤスは上機嫌に言った。しかしヒカルにはそんなことはどうでもよくて、ジャポニカを発つ準備はどうなっているのか訊く。
「ヨリヤス将軍、フェニクシアに向かう出航準備は進んでいるのか? 今朝通達を出すと言っていたと思うがどうなった。何日で出られる? 早くしてくれ」
ヒカルの剣幕にヨリヤスは押される。すると彼の代わりにダートが答えた。
「ヒカル、先程私が尋ねたが、早ければ明後日には船は出せるそうだ」
「そ、そう。もう一日だけ待ってくれ」
「わかった。頼むぞ」
そう言ってヒカルは小間使いに案内された席に着く。カンナギは昨日と同じく父親の隣に座った。嫌そうな顔をしながら。
食事中次々と芸人が持てる芸を披露した。舞を踊る者や大陸にない独特の楽器を演奏する者、さらには摩訶不思議な術を見せる者もいた。ヒカルは異能者かと思ったがなんてことはない、種も仕掛けもある手品である。
宴会が終わってヒカル達は客室に戻り布団で寝る。こんなところに長居するとこっちまで平和ボケしそうだと彼女は思った。ダスクと魔王への復讐心を忘れないようにあの日の記憶を回想する。
今でも鮮明に思い出せる。セイラが絶命した瞬間を。あの時の絶望を。嘆きを。悲しみを。そして怒りを。
一刻も早く大陸に戻り、ダスクとの決着をつける。改めて決意し、ようやくヒカルは眠った。
次の日もヒカルはカンナギに呼ばれて彼女の部屋に行っていた。二人だけになってアクアはダートと話す。
「四聖も私とあなただけになってしまいましたね……」
「そうだな……」
ダートはズレた眼鏡を掛け直す。
「思えば二代目と違って私達は良いチームとは言えなかった」
「フレイと私はことあるごとに衝突していましたし、ウィンドは言うことを聞かないし?」
「私にも不甲斐ないところがあった。セイラ姫の捕獲に失敗したのも私の責任だ。成功していれば魔王復活の企みを阻止できたかもしれない」
「終わったこと悔やんでも仕方ないとヒカルに言ってたじゃないですか。それにトータシアやダスクはセイラ姫じゃなくても違う方法で魔王復活を行おうとしたに違いありません」
「そうではあるが……私は歯がゆいんだ。自分に力がないせいで大事な仲間を死なせてしまうのが」
「私だって同じ思いですよ……」
アクアは長い前髪を弄る。ダートは腕を組んで壁にもたれかかる。
「それにしてももどかしいな。私達が離れている間にザクスやジイラングがルシファーに襲われているかもしれないと考えると居ても立っても居られない。しかし短くともあと二十日くらいの間はまだ戻れない」
「ですね。今なら祖国が襲われると聞いて取り乱したカンナギの気持ちがわかります」
ダートもアクアも同じ気持ちだった。レヴィアタンとマモンを倒しジャポニカを守ることはできたが、祖国フェニクシアが滅んでしまっていたら本末転倒だった。
「焦ってもどうにもならないんですけどね……ちょっとお手洗いに行ってきます。すぐ戻ります」
そう言ってアクアは部屋を出るが、しばらく経っても戻らなかった。
ヒカルとカンナギは今日も私室でショーギを指していた。
「王手」
「そんな甘い手じゃ抜けられるぜ」
「駄目だ、詰められない……」
「王手だぜ」
「くっ……本当に強いな」
「5歳の頃からやらされてるからな。女だからといって馬鹿だといけない、頭を使うようにってあのクソ親父の教育で」
「私の剣と一緒だ。そりゃ強いわけだ」
ヒカルはカンナギに仲間意識を覚える。父親にしごかれた記憶を懐かしむが、今となってはその父の顔も朧なことに歳を取ってしまったことを実感する。
カンナギは無邪気に今後の予定を考えながら話す。
「なぁ明日ここを発つんだよな? ショーギ盤をミカサに持ち込ませるよう命令しておこうか? 船の中で暇するだろ」
「誰とやるんだよ」
「アタシとに決まってるだろ。親父には内緒でさ、乗り込むから。相棒だろ、ついて行くぜ」
ヒカルは大きく溜息をつく。そしてそれから真剣な顔をして言った。
「カンナギはこの国に残れ」
「はぁ? なんでだよ」
上機嫌だったカンナギは一転して不機嫌になる。ヒカルは理由を非情に告げる。
「私にはムラクモがある。お前の力は借りない。正直足手まといだ」
「なんだよ……利用するだけ利用して、もう用無しってことかよ……ふざけんなよヒカル、最低だ、絶交だ、アンタなんかクソ親父以下だ!」
「好きに思ってくれて構わない。ただもう私には付きまとうな。絶対に船に乗ろうなんて考えるな。お前は自分の国を守ったんだ。もう魔王と戦う理由はない」
「うるさい! ヒカルの馬鹿! 私の気持ちを裏切りやがって! ううう」
カンナギは癇癪を起こして盤上のショーギの駒を滅茶苦茶にした後、泣きながら自分の部屋を出て行った。
「はぁ」
また大きな溜息をついた後、ヒカルも部屋を出た。
中庭に面した縁側に座り込んでヒカルは一人黄昏ていた。寒い突風が吹いて彼女の銀髪のポニーテールが少し揺れる。するとアクアがやってきて声を掛けた。
「こんなところにいたんですか。随分探しましたよ」
「わざわざ探さなくていいだろ」
投げやりな態度を取るヒカル。アクアは隣いいですかと断ってから座り込む。
「お手洗いに行って廊下を歩いていたらカンナギが泣いているのを見付けまして、全部聞きましたよ」
「お前も私を責めに来たというわけか」
「そういうわけではありません。ただ、カンナギに本当のことを話したらどうかと思ったんですが。あんな突き放した言い方はあなたらしくないですから」
アクアが意外なことを言ったものだからヒカルは黙り込む。だがやがて感情を爆発させた。
「本当のことなんて、言えるわけないだろう! 怖いんだよ! また大切な人を守れずに失うことが! あいつをセイラの二の舞にしたくないんだ……ダスクは卑劣な奴だ、あいつがいたら絶対にあいつを狙う、その時あいつを守り切れる自信がない。でもあいつはあの向こう見ずな性格だ、正直に話したってこっそりついてくるかもしれない、だから私が嫌われてついて来たくなくなるしかなかったんだよ!」
ヒカルは捲し立てた後息を切らす。手が震えていた。するとその時誰かの立ち去る足音が聞こえてきた。
「誰か聞いていたのか!?」
慌ててヒカルは振り返るが誰も見当たらない。
「気のせいでしょうヒカル」
アクアはそう言うがヒカルの耳は異能で強化されているため聞き間違いはなかった。
「ともかくあなたの本音はよくわかりました。少し安心しました。カンナギを大切にしていることが改めてわかったので」
前髪を掻き上げ、アクアは立ち上がる。
「さぁ戻りましょう。ここは冷えます。いい加減ダートを待たせていますし」
「ああ……」
ヒカルも立ってアクアの後ろをついていく。誰が会話を盗み聞きしたのか彼女は気になったが考えても仕方のないことだった。
そして翌朝、ヒカル達はオーエド城を出発した。
三人は人が担ぐ籠の中に入ってオーエド港まで運ばれた。港に到着して籠から出ると、救国の英雄達を一目見ようと集まった見物人達が今にも押し寄せてきそうだった。彼らの存在はもうオーエド中に広まっていたのだ。オーエド城から随伴したサムライ達が人波を押し留める。
波止場でヒカル達はこれから乗り込む蒸気船ミカサを目にする。カンリンマルより立派な砲門を備えた最新鋭の軍艦で他の船ではなくこれを使わせるヨリヤスの気前の良さが窺えた。
ミカサの前で何人かの船員と共に待ち受けていた、一人だけ豪華な軍服を着たジャポニカ人の中年のおそらく艦長らしき人物が進み出て、ヒカル達にフェニクシア語で挨拶した。
「初めまして、話は伺っております。ミカサ艦長、マンジロウ・ヤマモトです。よろしく」
「ダート・アトスだ。こちらこそ」
「アクア・アラミスです。よろしくお願いします」
「どう聞いているか知らないがヒカル・シルバーソードと呼んでくれ」
「それではマンジロウ艦長、彼らを頼んだぞ」
「はっ! 必ず命に代えましてもフェニクシアに送り届けます」
送りに来ていたヨリヤスが声を掛けるとマンジロウはかしこまった。
「シンシア殿、どうしても行かれるのだな。そなたは十分戦った。この国に残っても誰も文句は言わないと思う。できれば……」
未練がましくヨリヤスが言う。しかしヒカルはきっぱりと断った。
「私は行かねばならない。倒さねばならない宿敵がまだ残っているんだ。それでは失礼する」
オーエド城で貰った大きな布に包んだセイラの遺体を背負い、ヒカルはダートらと共にマンジロウ達に案内されて船に乗り込んでいく。
船内に入ってすぐヒカルは甲板に移動した。船酔いを軽減するためだ。甲板から港の見送る大勢の人達が見えた。
「な!」
その人込みの中に男物の服を着てこっそり城を抜け出してきたカンナギの姿を見つけ、ヒカルは動揺する。相手も船の上の彼女を見つけ、手を振りながら大声で叫んだ。
「ヒカルの馬鹿~全部終わったら絶対絶対、会いに来いよ~!」
カンナギの表情は晴れやかだった。ヒカルも大声で返事する。
「カンナギー、お前絶交したんじゃなかったのかー」
「何言ってんだ、アタシはアンタの相棒だろ! またなぁ!」
錨を上げ、ミカサが出航する。カンナギは船が遠く小さくなるまで元気よく両手を振っていた。
オーエドを出てしばらくしてアクアが甲板に出て冬の冷たい潮風を浴びているヒカルに声を掛けた。
「気分はどうですか、ヒカル」
「相変わらず気持ち悪い。よくお前らは平気だな」
「私達は子供の頃から祖父である二代目四聖に船に乗せてもらってましたから。まさにこういう日のために」
「そうか……」
ヒカルは先程のカンナギの態度を思い出し、アクアに尋ねる。
「なぁアクア、お前カンナギに本当のこと喋っただろ」
「何のことですか。あの後はずっと一緒でしたしそんな時間なかったじゃないですか」
「そうか……すまん、私の勘違いかもな」
「何かあったんですか?」
「別に」
アクアはヒカルが妙に嬉しそうにしていると気付いたが、追及するのは野暮だと思い何も言わなかった。
次回「たった三人の反攻」




