第二十四話「強欲の魔王マモン」
ヒカル達はカンナギを先頭にルインパコ道と呼ばれるジャポニカの首都オーエドと港町ルインパコを繋ぐ街道を進んでいた。夜の闇を赤いカタナの光が照らす。始めは飛ばしていたが一時間くらいで馬が疲れたので速度を落としていた。
一人だけ走っているヒカルが馬上のカンナギに話しかける。
「この辺りに町はないのか? 宿を探したい」
カンナギははぁと驚きの声を上げ、怒る。
「何言ってるんだぜ! 宿に泊まって寝てる暇ないだろ!」
「そんなことは一言も言っていない。だが私達は朝から何も食べてない。腹が減っては戦はできないぞ」
「確かにヒカルの言う通りです。何か腹に入れておきたいです」
アクアが賛同する。ダートも頷いていた。しかし時間が惜しいとカンナギは言うがお腹の音が鳴る。体は正直だった。顔を赤らめる。
「クソ……わかったよ、途中にムースハタという宿場町がある。そこで腹ごしらえしようぜ」
カンナギは渋々ヒカルの提案を受け入れた。
それから一時間ほどしてムースハタの町に着いた。小さな町で宿屋はすぐに見つかった。唯一ジャポニカ語を話せるカンナギが宿屋の主人に話をして簡単な食事を出してもらえることになった。
「さぁ食えよ」
カンナギが皿に大陸ではお目にかかれない丸くて白い塊を載せて持ってきた。ヒカルはなんとなく推察する。
「もしかしてこれがコメか?」
「オニギリだ。コメに具を混ぜて握って形にしたものだ。美味いぞ」
そう言ってカンナギはオニギリを一つ掴んで齧った。彼女に倣い三人もオニギリを一つずつ手に取り食べる。
「これは……!」
「すごく美味しいです。もっちりとしていてほんのりと甘く、それでいて塩味も効いている」
「ブッテツ師匠がよく言っていた、ジャポニカのコメが恋しいとな。それがよくわかったよ。確かに美味い」
「だろ!」
ヒカル達はオニギリの味を称賛する。カンナギは嬉しくなって彼らを急かす。
「もっと食べろよ、中に具が入ってるから。それこそがオニギリの真骨頂だぜ」
「なんだこれは、すっぱい……種が入っている……何かの実か?」
「ダート、それは梅干しというんだぜ」
「私のは魚ですね、もしかして鮭ですか?」
「当たりだぜ」
「カンナギ、黒くてヌメヌメしたものが入ってるぞ。こいつはなんだ?」
「昆布も知らないのかよヒカル。海藻だ。常識がないぜ」
馬鹿にされてムッとするヒカル。
「陸育ちなんだよ。そういうカンナギのには何が入っているんだ?」
カンナギは一気にオニギリを口の中に押し込み平らげてから言った。
「悪いな、もう食べちまった」
「こいつ……」
するとヒカルも張り合うように残りのオニギリを一気食いした。
「ダート、アクア、お前らもさっさと食って行くぞ」
「ヒカルとカンナギって姉妹みたいですね」
「な!」
「何言ってるんだぜアクア、どこがだよ」
突然アクアがそんなことを言い出したので普段表情を崩さないヒカルも動揺しカンナギは顔を赤くする。
「いや兄弟姉妹ってお互い遠慮しないのでつまらないことで意地を張り合ったりするので、私と弟がそうでしたから」
「弟がいたのか……初耳だ。弟も異能者なのか?」
「いえ、私にしか発現しませんでした。家族は二代目四聖である祖父を除き一般人です。皆ザクスと運命を共にしました」
「そうか……辛かったな」
「仇の内ベルゼブブとレヴィアタンは討てましたし、ザクスも取り戻せました。マモンも倒せばきっと父も母も弟も浮かばれると思います」
「そうだ、必ずマモンを倒そう。我々の手で」
ダートが強い決意を口にする。四人は食事を終え、馬に乗って街道に戻ろうとした。しかしアクアがフラフラして落馬しそうになって、ヒカルが滑り落ちた彼を受け止めた。
「おいどうした! しっかりしろアクア!」
「すみません、なんだか眠気が強くてつい……」
「大丈夫かよ」
「平気です……」
「無理を言うな。アクアは朝から異能を使って一人働きすぎた。疲れているんだ。私の馬に乗って背中にもたれて寝ろ」
ダートが昔馴染みの仲間を配慮して手を差し伸べる。
「すみません、そうさせてもらいます」
アクアはダートの手を取り、彼の馬に乗る。
仕方なくアクアの馬を置き去りにして、二頭と一人は街道を駆ける。彼はダートの背中に掴まり、よほど疲れていたのだろう、すぐに眠りに落ちた。
走ってる最中、ヒカルはダートに尋ねた。
「マモンと戦う前に奴の能力が知りたい。異能を奪って使えると言っていたな。知っている限りでいい。教えてくれ」
「ああ」
ダートはザクスで戦った時にマモンが使ってきた異能をざっと説明する。それを聞くとカンナギは渋い顔をした。
「それを聞く限りじゃ無敵だぜ……」
「そうか? やりようはある。ありがとうダート、参考になった」
実際には聞いたよりももっと多くの異能をマモンは持っているだろうとヒカルは想像したが、戦ってみないことにはわからないとして自分の異能を駆使して勝つことだけを考えた。
夜が明けて正午も過ぎ、日が傾いていた頃、山道を抜けて一面の野が広がる風景の先に大きな川が見えてきた。そして川の向こうには密集する家屋。約100万人の人が暮らす大都市オーエドであった。
「川の向こうに大きな町が見える……あれがオーエドか?」
目の良いヒカルが呟くとカンナギは嬉しそうに言う。
「ああ! 良かった、オーエドは無事なんだな!」
「そのようだな、一旦町に入るか?」
「情報が欲しい。カンナギ、将軍に会えないか?」
ダートがそう言った途端カンナギは困った顔をした。
「会えなくはない、けど……」
「けどなんだ?」
「なんでもない。アタシが話を通したらあのクソ……ヨリヤス将軍は会ってくれるだろうよ」
カンナギはこれ以上自分の正体――ジャポニカ国のサムライの頂点に立つ将軍の娘であることを隠し通せないなと思った。
「カンナギってもしかして……」
感付いたアクアが小声でダートに話しかける。だが彼の言葉は遮られた。
「カンナギが自分の口から言うまで口にするな」
「そうですね」
一行はオーエドの前に流れるテンドーニン川へと近づく。すると橋を目前にして空が闇に覆われた。
「どうした? 日が落ちたのか? 何も見えないぜ!」
「ありえません、まだ夕方にもなっていませんでしたよ!」
「つまり敵の攻撃だ! マモンの闇を操る異能に違いない。奴が迫っている!」
「カンナギ、ムラクモを返せ。闇は向こうから来た。私についてこい」
この闇の中でも光を失わないムラクモをカンナギから受け取って、ヒカルは街道を逸れ敵に向かって突き進む。ダート達も遅れないように全力で光を追う。
「ヒカル、位置がわかるのか?」
「見えないが視覚以外の感覚を強化している。風の流れがどうもおかしい。奴は風を纏っている」
「風を操る異能……まさか!」
「近いぞ……む、竜巻が来る!」
「ヒカル、カンナギ、動くな!」
ダートは異能を使い周囲の土を盛り上げ全員を完全に覆う。竜巻は轟音を立てて彼らの頭上を通り過ぎていった。
「クソッタレマモンめ、ウィンドの異能を殺して奪ったな!」
いつも冷静なダートが激昂した。対して仇を前にしても落ち着いているヒカルが言う。
「ダート、土をどかせてくれ。マモンと会話し奴の位置を特定する」
「できるのか?」
「多分な。魔王ってのは力があるが故に驕りがある。だから付け入る隙はある。すまないがダート、セイラを頼む」
「承知した。アクア、すまないがカンナギの馬に行ってくれ」
「はい」
ヒカルはセイラの遺体を包んだ風呂敷を降ろしダートに預けた。アクアは邪魔になるのでカンナギの馬に移る。
土の壁に隙間が空き、そこを通ってヒカルは出ると、光放つ赤いカタナを天にかざして大声を出した。
「魔王マモン! 私にはお前がどこにいるかわかる! セイラの遺体は持っているか? 答えろ!」
すると闇の中から声が返ってきた。
「そのカタナの光で見えているというのか? そんな弱っちい光で? ハッタリじゃねーのか?」
マモンの言う通りムラクモの光ではせいぜい足元ぐらいしか見えなかった。しかしヒカルの狙いには引っかかった。声の発せられた位置をヒカルは感覚を研ぎ澄ませておおよそ把握する。さらに精度を上げるため会話を続ける。
「私の問いに答えたらハッタリかどうか教えてやろう」
「は? 調子乗ってんじゃねぇよ人間が。死ねよ」
マモンはウィンドから奪った異能を使って再び竜巻を発生させる。
「お前がサタンから貰ったという異能は俺が貰う。お前の異能は俺の物、それこそが俺の異能なんだよ!」
竜巻が襲い掛かるが、ヒカルは逆に自ら飛び込んでいった。
「ヒカルー!」
ヒカルの持つムラクモの光が吸い上げられたのを見てカンナギは叫んだ。
ヒカルは竜巻の中で舞い上がる体の姿勢を制御して、ただ闇の中にいるマモンを見据える。竜巻に飛び込んだのは空中の高い位置にいる魔王と高さを合わせるためでなおかつ敵の虚をつく作戦であった。
宿敵を捉え、ヒカルは音速を超えて一閃による衝撃波を放とうとした時だった。彼女の動きが止まった。竜巻も動きを止める。なのに彼女は落ちず、空中に静止していた。
時を10秒止める怪盗ルブラン・クロックワーカーの異能をマモンは殺して奪っていた! マモンはヒカルに近づき、彼女の様子を観察する。
「やはり剣を振るおうとしていた……俺を狙っていたのか? マジか……でも残念だったな。この無敵の能力でお前はおしまいだ。バイバイ、ヒカル・シルバーソード」
マモンが勝ちを確信した時、彼の左腕がどす黒い血を撒き散らして斬り落とされた。馬鹿な、ありえない、魔王らしからぬ慌てようでヒカルを見たがカタナを振り下ろしていた。
止まった時で動けるはずないのにどうして動けたか。それは怒り爆発の異能で肉体の限界を超えた斬撃が時間という限界をも打ち破ったからだった。ただ斬るという行為を無意識のうちに繰り出していたヒカルだった。
気が動転したマモンは咄嗟にヒカルから距離を取ることしかできなかった。10秒経ち、魔王の斬り落とされた左腕が落ちる。左肩に掛かっていた鞄も共に落ちる。竜巻がやんでヒカルもまた落下する。
「いかん!」
ダートは光るカタナを持っているヒカルの真下の土を隆起させ、高さを稼いで落下の衝撃を和らげる。彼女はマモンを倒したかと思い、落ちたものを確認しに行った。そして魔王の鞄を見つけ、その中から人間の左脚が出てきた。セイラの遺体に違いないと確信する。
「やはりセイラの遺体を持っていたか……」
左脚を鞄に仕舞い、肩に掛けるヒカル。そんな彼女をマモンは怒りに震えながら見下ろしていた。
「許さねぇ……俺の物を奪いやがって……!」
「マモン、生きていたか。セイラは私の女だ。二度と離さない。次はその首を叩き斬ってやる」
「ただ殺すだけでは済まさねぇ。虫の脚を一本一本千切っていくみたいに、あのドラゴンの女のようにバラバラにして殺してやる」
「おい、もう一回言ってみろ」
「ああ?」
「もう一回言ってみろと言ったんだよ、このド外道が!」
ヒカルは怒りを滾らせ、ムラクモを音速を超えて振るう。マモンは空中を高速移動して衝撃波を避けた。ムラクモは一閃を使っても砕けない。衝撃波を連発する。
「クソ、動くんじゃねえ。重力十倍!」
「何!? ぐっ」
マモンの重力を操る異能によって十倍の重力がかかってヒカルは身動きができないどころか自分の重みに潰されそうになる。地面に足がめり込んでこのままでは埋まってしまう。魔王は笑う。
「重力二十倍! 重力三十倍! まだまだ出力を上げられるぜ。そして喰らえ、無限バリスタ!」
マモンの異能により生成された大量の弩砲によって矢弾が動けないヒカルに向かって雨嵐のよう降り注ぐ。彼女は避けることは諦め叫ぶ。
「ダート! 壁を!」
ダートは急ぎムラクモの光を目印に土の壁をヒカルの目の前に作る。弾幕は分厚い壁を穴だらけにしたが勢いを殺されほとんど彼女の手前で落ちた。
「フン、だがこれは防げねぇだろ。落ちろ隕石!」
ヒカルは何かが飛来する音を聞いて闇色の空を見上げる。マモンは戦ってる最中に異能を使い巨大な隕石をこのテンドーニン野に呼び寄せていた。彼女の頭上に隕石が迫る!
光るムラクモを掲げることでヒカルは隕石の大きさを見て知り、動揺する。これは自分どころかダート達まで巻き込む。マモンは嘲笑する。
「お前一人なら逃げられるかもしれねぇなぁ? でもお仲間はどうだ? ハハハ、潰れて死ね!」
隕石は地面に落下する。ヒカル達は全員潰された、かと思われた。しかし隕石は完全に地面に到達しておらず、少し浮いていた。
ヒカルはムラクモを捨て、怒り爆発を最大限引き出して両手で隕石を受け止め持ち上げていた。恐るべき馬鹿力!
「私は剣士なんだ……こういう戦い方はしたくないんだよ……」
「馬鹿な、あり得ねぇ!」
ヒカルの声がしてマモンは驚愕する。彼女は空中の魔王目掛けて隕石を投げた。強欲の魔王は自らの奪った異能に押し潰される。
「これで終わりか……まさかな」
数十倍の重力の負荷から解き放たれたヒカルは素早く隕石の方に移動する。すると隕石をかち割って体を鋼鉄に変えたマモンが飛び出してきた。
「はぁ、数多の星を渡り異能を奪ってきた俺が負けるか……俺の異能は108あるんだぞ、奴を倒す異能は……」
「遅い!」
マモンが戦略を考えている間にヒカルは接近し、神速の一閃で首を刎ねた。どす黒い血が首の断面から噴き出す。
「ちくしょう、この俺が殺られたのか? こんな人間に……」
体がドロドロに溶け、マモンが絶命した途端に闇が晴れて夕刻になり赤くなった空が広がった。
「ヒカルー!」
カンナギが駆け寄りヒカルに抱き着く。
「よくやったな! ありがとうオーエドを守ってくれて。今回アタシ何にもしてないぜ……」
「こいつのおかげだな……思った通り一閃に耐えられる。流石伝説のカタナだ」
ヒカルはムラクモを掲げてみせた。ダート達も近づく。
「これでウィンド達も浮かばれるだろう。ヒカル、これからどうする」
「そうだな……大陸に戻ってルシファーとダスクを倒す」
「しかしどうやって帰るんです? 港はあの惨状でしたし」
「オーエドにも港があるぜ。幕府と話をつければ帰れるはずだ」
「そうか、ではオーエドに向かおう」
いよいよ自分の正体を明かす時が来たとカンナギは思った。その時馬に乗ったサムライの集団がテンドーニン野にいる彼女達のもとへやってきた。
「昼なのに川の向こうが闇に包まれて、魔王が襲ってきたと見たが、闇が晴れてまさか倒したのか!?」
サムライ達はヒカル達に話しかけたがジャポニカ語なのでカンナギにしかわからなかった。なので彼女が事情を説明する。
「ああ、アタシ達というか、このヒカル・シルバーソードという大陸から来たサムライが強欲の魔王を倒したぜ。ちなみにルインパコの近海で嫉妬の魔王も倒してきた」
「なんと! それは真か。是非詳しい話を城でお聞きしたい。我々と共に来てくれないか?」
「ああ。それはいいがアタシ達は大陸に戻らないといけないんだ。船を用意してくれとクソ親父……ヨリヤス将軍に伝えてくれ。アタシはカンナギだ」
「まさか、カンナギ姫様であらせられますか? 失礼しました!」
「おい、カンナギ、なんて言ってる?」
「事情を話した。将軍のいる城に連れていってくれるぜ」
「そうか」
サムライ達に囲まれ、ヒカル達はテンドーニン川を渡り、ジャポニカの首都オーエドに入った。
オーエドは魔王襲来の知らせを受けて平時より慌ただしくなっていたが、それでも崩壊した大陸と比べると平和で活気のある町のようにヒカルには思えた。彼女達は町の中心部にあるオーエド城に向かう。
城は大陸の物とはまるで建築様式が違った。町の家屋と同じで建物は木造で、積み上げらた石の上に建っていた。
「それではお客人はこちらへ。姫様はこちらへ」
途中でカンナギは三人と別れた。さらにヒカルも城の中に入って廊下を歩いているとフェニクシア語を話す女性に呼び止められる。
「あなたこちらに来てください」
「私か? 何故だ?」
「そんな恰好で将軍様とお会いになるつもりですか。着替えを用意してあります」
「ああ……」
ヒカルは女性に連れられ一室に入る。そしてボロボロになった黒い革のコートを脱いだ。
「墨染の羽織です。男物ですがお似合いになると思います」
ヒカルは黒い羽織を着る。そして鏡を見たが中々良いと思えた。
着替えを済ませたヒカルはその女性に案内されて城内を歩き、大きな部屋の中に入る。部屋は畳が敷かれていて、椅子などはなかった。先にダートとアクアが来ていて畳に座っていた。
「楽にしてよいぞ」
部屋には沢山の年配のジャポニカ人の男が正座していて、一番奥にいて声を掛けてきた男だけが胡坐をかいていた。ヒカルはこの男が将軍ヨリヤスとみてダートの隣に座る。言われた通り楽な姿勢をした。
「それで良い。ダート・アトス、アクア・アラミス、それにヒカル・シルバーソードといったな、此度は嫉妬の魔王レヴィアタン及び強欲の魔王マモンの討伐、大儀であった。ジャポニカ国将軍ヨリヤス・ミナモト、皆を代表して礼を言う」
「ミナモト?」
「どうかしたか、ヒカル」
「いえ……」
「ヨリヤス様、姫様が到着しました」
戸の向こうから女の声がした。ヨリヤスは入れと返す。すると煌びやかな姿の少女が家来の女に連れられて入室した。
いつもと違って動きにくそうな足元が見えないほど丈の長い、幾重にも重ねられた服を着て、化粧をして見違えたカンナギだった。ヨリヤスは彼女に皆に挨拶しなさいと言う。
「えーと、アタシは別人に見えるけどカンナギだぜ……」
「こらカンナギ、言葉遣いが悪い。そうじゃないだろう。ちゃんと教えた通りに言いなさい」
「クソ親父……じゃなくて御父上……私はジャポニカ国将軍ヨリヤス・ミナモトの娘、カンナギ・ミナモトで御座います。今後ともよろしくお願いします」
「言えたじゃないか」
カンナギは内心クソ親父と毒づくが父親の横に座る。ヒカル達は彼女の正体に薄々感付いていたので特に驚かなかった。
ただ自分がカンナギと同じ血族ではないかということはヒカルには意外だった。奇妙な縁を感じずにはいられなかった。
「将軍ヨリヤス殿、カンナギ、言っておきたいことがある。実はヒカル・シルバーソードとは仮の名、私の先祖はジャポニカ人で、私の本名はシンシア・ミナモトという」
「なんだって!」
「なんと。その証拠はあるのかね?」
ヨリヤスが言うとヒカルは袖を捲り、腕にある刺青を見せた。
「子供の頃親に家紋を掘られた。それがミナモト家の物か確かめていただきたい」
「見えん。近う寄れ」
ヒカルは重臣達の間を通って将軍の前まで行き、ヨリヤスとカンナギに刺青を見せる。二人とも感嘆の息を漏らした。
「これはまさしくミナモト宗家の家紋だ。大陸に渡ったミナモト家の者といえばええと……戦闘の天才と言われたヤスツネ公かもしれぬな」
「ということはヒカルはアタシの……じゃない、私の遠い親戚ってことか?」
「そうなるな」
「そうか……まさか救国の英雄がミナモト家の者だったとは……これはなんとめでたい! 盛大にお祝いしなければな! 皆の者」
「はっ!」
「すまないが、私達は大陸に戻って最後の魔王、傲慢のルシファーを倒さなければならない。私達がいない間に大陸がどうなってるかわからない、急を要する。宴会をしている場合ではない。船を用意してくれ」
「まぁまぁそう言わず。もてなさせてくれ。船は新造艦ミカサを手配する。準備があるから城でゆっくりするといい」
「仕方ないな……」
ヒカルは下がってダートの隣に戻る。しばらくして女官達が食事を持ってきた。椀に盛られた白いコメに箱には魚と野菜が敷き詰められ、透明の水のような、されど独特の香りのする飲み物もあった。そしてナイフもフォークもスプーンもなく、代わりに串にしては太い二本の棒があるのみだった。
「これは……どうやって食べるんです?」
アクアは二本の棒が食器だと気付くも使い方がわからず困惑する。すると他のジャポニカ人達は器用に棒を指に挟んで食べ物を摘み取って食べ始めた。
「親父……じゃなくて御父上、ヒカル達は外国人だからハシの使い方がわからないんだぜ……ですわ」
「そうか、それは失敬。すぐにフェニクシア人用の食器を用意させろ」
ヨリヤスが命令しほどなくしてフォークとスプーンが三人分持ち込まれるが、その間ヒカル達は謎の飲み物を口にしていた。それは水のように清らかな味わいだったが甘味と辛味があり、そして身体が熱くなるアルコールを大いに含んでいた。
「これは……酒か」
「コメで作った酒だぜ。美味いだろ。ジャポニカ人は皆この酒が好きなんだ」
「カンナギ」
「でございますわ……」
父に咎められ嫌な顔をするカンナギ。彼女もくいっと酒を飲む。ジャポニカでは15歳から大人なので思う存分飲むことができた。しかし酒に弱い体質なのか、一瞬で出来上がる。
「ヒカル、ヒカル、アタシ達親戚なんだよな、嬉しいぜ!」
カンナギは急に立ち上がり、はしゃぎながら千鳥足でヒカルのもとへ向かう。その途中で躓いて倒れそうになったのでヒカルは異能を使って急いで駆けつけ彼女を支えた。
「おい、危ないじゃないか。相当酔ってるだろ」
「そんなことない、ぜ……」
そのままカンナギは眠りに落ちた。ヒカルは酒の弱さでセイラを思い出す。
「寝たぞ……誰かお前らの姫様を寝室に案内してやってくれ」
「では失礼ながら某が」
「変なことはするなよ」
買って出た家来にヒカルはカンナギを任せる。酔い潰れた少女は大広間を後にした。するとヨリヤスが立ったままの彼女に声を掛けた。
「ヒカル、いやシンシア殿。少し二人だけで話したいが良いか?」
「あ? ああ」
大広間では相も変わらず宴が繰り広げられているが、その喧騒を離れて城の中庭にヒカルはやってきた。少し欠けた月が晴れて良く見えている。ヨリヤスは冷えるなと言った。
「そろそろ冬だ。今年は雪が積もるだろうか」
「この辺はあまり降らないのか?」
「パラパラと降ることはあるが、積もるまではいかないことが多い。オーエドの雪景色を楽しみにしている者もいるのだがな」
「私の生まれたトータシア帝国は雪国だ。毎年人が埋まるくらい雪が降る。雪には嫌な思い出しかないよ。しかしそんな話をするためにここに呼び出したのか?」
ヒカルはじれったくて本題に入るように促す。ヨリヤスは話を切り出す。
「シンシア殿、私の代わりにジャポニカの将軍になってはくれないか?」
「はぁ!?」
あまりにも突飛な話だったので流石にヒカルも驚く。だがヨリヤスは真剣に譲位を語る。
「ジャポニカを救った英雄だ。しかもミナモトの血筋の者。他の誰よりも将軍に相応しい。皆も納得するであろう」
「しかし……」
「私には後継ぎがいないのだ。分家の者がカンナギと結婚して次代の将軍となることになっている。しかしあまり気が進まない……分家の者は宗家に敵対的だしカンナギを大事にするとは思えない。しかしカンナギが後を継ごうにも女が将軍になる前例がない。しかしシンシア殿、あなたなら皆も納得する。あなたさえ将軍になってしまえば次はすぐカンナギに継いでもらえばいい」
「あのなぁ……私は外国人だぞ。ジャポニカの政治なんて何にもわからない。正気の沙汰とは思えないぞ」
ヒカルは呆れかえる。しかしヨリヤスは縋る。
「仕事は部下が全部やってくれる。将軍なんてどっしりと構えて部下の言うことをはいそうですかと頷いていればいいんだ。だから頼む!」
「そんな面倒ごとはごめんだ。私にはやるべきことがある。魔王ルシファーとダスクを倒すという大事がな。それを邪魔しないでくれ。カンナギが一人で自分の国を飛び出していった気持ちが少しわかる気がするよ」
ヒカルはヨリヤスを置き去りにして一人城の中へと戻っていった。
次回「さらばカンナギ」




