第二十一話「暴食の魔王ベルゼブブ」
ゲルが魔都ザクスを脱出してセブイ平原に戻った時は半狂乱状態だった。なので一旦衛生兵が彼を落ち着かせ、大小便を漏らしてしまっていたので着替えも用意させた。極度の緊張から解き放たれ、ようやくまともに喋れるようになるとヒカルや四聖達にザクスでの敵情視察を報告しに来た。
「……とにかくそういう魔物がザクスにはいっぱいいたんです! 数は数百……いや数千?」
「正確な数はわからないのか?」
「数千……」
「すまないダート、こいつはゴロツキ上がりの馬鹿なんだ。少しでも期待した私もこいつと同類の馬鹿だったよ」
「そりゃないですよボス……」
ゲルはしょげる。だが少しでも有益な情報を聞き出そうとアクアは質問する。
「ベルゼブブはどうでした? 見かけましたか?」
「ああ! ベルゼブブならギロチンの置いてある広場にいた!」
「革命広場か」
「俺がそこにやってきた時、ちょうどルシファーとダスク・ルシウスの野郎が来やがったんだ。恐ろしくて息もできなかったぜ……」
「何、ダスクが!? あいつは何しに来たんだ?」
「何かベルゼブブに怒ってました。頭が真っ白で会話をよく覚えてねぇです……すぐに去っていったので今はザクスにいないと思いますけど。ああ、どういうわけか知らないけど奴にはボスの動向が筒抜けのようでした」
「なんだと? ダスクめ、何らかの手段で私を監視しているということか……」
ヒカルは腕を組んで考える。今こうして話している内容も敵方に知らされているかもしれない。もっともダスクが一々そんなスパイみたいなことする性格とも思えないが、もたもたしていると危険性は高まると感じた。
「行動は早い方がいい。明日の夜明けと共にザクスに攻め入ろう」
「私もそう思っていた。皆もそれでいいか?」
「俺は異議ないぜ!」
「私もそれがいいと思います」
「アタシはなんでも構わねーぜ。どんとこいだ」
「なぁ、俺もまたザクスに行くんですか?」
ゲルが肩身狭そうに挙手する。
「当然だ。ゲル、お前は敵に見つからない異能を活かして伝達係だ」
「了解ボス……」
「良かったな、信頼されてるんだぜ」
カンナギがゲルの背中を叩いた。しかし彼は生きた心地がしなかった。
それから作戦が話し合われ、急ぎ各部隊に伝達される。その時にはもう夜になっていた。
ヒカルとカンナギは食事を済ませた後二人だけになって横になっていた。
「なぁヒカル、寝たのか?」
「いや……寝ようとしていたのに邪魔するな。お前も寝ろ。明日は早い」
「そんなこと言ったって、ドキドキして眠れないんだぜ。これから大戦が始まると思うと……アタシは戦を知らない世代だからな、こういうの初めてなんだぜ。だからなんかこう、ワクワクするっつーか」
「そんな楽しいもんじゃないぞ戦争なんて」
「ヒカルは経験あるのかよ」
「ああ。タイガニア王国とトータシア帝国が戦争していた時にタイガニアに雇われて何度か戦場に行った。凄惨なものだった。剣士が名乗りを上げて一騎打ちなんて物語の中だけだ。まぁ、似たようなことは実際あったけども例外みたいなものだ。ほとんどの兵隊がつい昨日まで畑を耕してたり店で下働きをしてた若造が銃を持たされてわけもわからぬまま流れ弾に当たって死ぬんだ。即死ならいい方さ。怪我して動けなくなって喚きながら死ぬ奴も多い。そんな奴をごまんと見てきた」
ヒカルの戦争体験を聞いてカンナギはうへぇと苦い顔をする。
「余計眠れなくなりそうな話だぜ……じゃあそんな経験豊富なアンタから見て今度の戦、勝てそうか?」
「残念ながらフェニクシア兵のほとんどが使えない。彼らは新兵も同然だ。練度が全然足りてない。対する敵は魔物。普通に戦ったら負けるだろう」
「じゃあどうするんだよ」
「私達と四聖で突破口を開き、速攻でベルゼブブの首を獲る。兵隊ってのは頭を潰せば総崩れさ。それから残党を潰す」
「兵法の基本だな。アタシも習ったぜ」
「ほう、誰にだ?」
「そりゃ軍略の先生に……じゃなくて、何言わせようとしてるんだよ!」
「カンナギって只者じゃないんだろ」
ヒカルの鋭い指摘にカンナギは窮する。
「そ、そんなこと……」
「まぁなんでもいいがな。言いたくなければそれで。私だって本名を教えていないしな」
「ヒカルじゃないのかよ!?」
「ああ」
カンナギは驚くが、自分もちゃんとした名前を教えていないので追及することはしなかった。
「人には言えないことの一つや二つあるよな?」
「まぁな」
それを聞いてカンナギはホッとする。安心したら眠たくなってきた。
「これでいい夢見れそうだぜ……」
「そうか、良かったな。だが寝坊するなよ」
「子供扱いするなよな。アタシは16で、ジャポニカではもう……」
カンナギはあっという間に眠りこけていた。寝つきの良さにまだまだ子供だなとヒカルは思う。
ザクス奪還作戦のことやダスクのことを考えると眠れなかったがカンナギと話していると気が紛れた。ヒカルは明日はベルゼブブを倒しセイラの遺体を取り戻すことだけを考えるようにし、眠りに就いた。
夜明けの太陽が昇ると同時にフェニクシア軍約一万はセブイ平原から動いた。天気は快晴。雨ではフレイの能力は発揮できないので幸いと言えた。
午前9時。奪われた首都ザクスを目の前にして、普段感情を抑えているダートも思いを口にする。
「ザクスよ、私達は帰ってきた……ここまで長かった……だが今日こそ決着をつける。必ず取り戻してみせるぞ!」
「その意気だぜ」
馬上のダートに同じく馬に乗ったカンナギが近づいて声を掛けた。ヒカルとゲルも来る。彼女達は同じ部隊だった。
「本当に俺なんかでいいんですかい。ボスの大事なものを……」
「お前に預けておけば安全だ。頼んだぞ」
ゲルはセイラの頭部と右脚を包んだ風呂敷を背中に背負っていた。ヒカルが彼を信頼している証だった。
「はぁ、覚悟を決めるしかないようだ……」
尊敬するヒカルの信頼に応えるため、ゲルは恐怖と戦う決意をする。
部隊は大きく三つに分かれ、それぞれに四聖のフレイ・アクア・ダートが振り分けられ、彼ら異能者が先陣を切って三方向から革命広場のある中央区へと突撃してベルゼブブがいる場合は撃破、すみやかに中央区を奪還した後はそこを拠点に各地の残存敵兵を叩くという作戦だった。
「全軍、突撃ー!」
ダートの号令と共に進撃の合図のラッパが鳴る。四聖らは馬を駆り、その後ろを銃を持った若い兵士達が走り出す。そしてヒカルが先陣を切って悪魔のひしめく魔都ザクスに突入した。
家屋は荒らされていて魔王達にいいようにされた跡があったが、ひどく静かだった。ヒカルは辺りを見回すがゲルが報告したような魔物の姿が見当たらない。すると家の屋根から岩が転がり落ちてきた。
後続のダートらがヒカルに追いつき、状況を尋ねる。
「何だこの岩は?」
「何か不穏だ……通行の邪魔だしどかす」
ヒカルは怒り爆発で脚力を最大限強化し岩を蹴り飛ばす。すると岩だと思ったものが空中で爆発を引き起こした。直撃は免れるが爆風が彼女達を襲う。
「なんて奴だ……そういう兵器……いやそういう魔物か!」
信じ難いことだが生物だけが魔物ではなかった。鉱物のような爆発物もベルゼブブが使役する魔物の仲間であった。しかもこの一体のみならず次々と屋根の上から転がり落ちてくる。
「ここは私が全部始末する。ダートは急いで通り抜けろ!」
「ああ、任せる」
ヒカルが急いで爆弾処理している間にダートは一人でも多くの手勢を連れて先に向かう。
「アクアとフレイは大丈夫か……」
おそらく彼らも爆弾岩の洗礼を受けているだろう。仲間が無事切り抜けられたか心配になるダートだった。
ヒカルの活躍で爆弾岩ゾーンでは犠牲者を出さずに済んだがそれを抜けると大量の魔物が待ち構えていた。
「のこのことやってきたな、哀れな人間どもめ。ベルゼブブ様の命によりお前らをここで処刑する! かかれ!」
大勢の魔物が狭い通りに雪崩れ込む。空飛ぶ魔物は上空から自由自在に奇襲を仕掛けた。
「怯むな! 空中の敵を優先的に狙って撃て! 地上の敵は私とヒカルでなんとかする。ゲル、後方にも伝えよ」
ダートは大声で命令し、地面を隆起させて土の壁を前方に作った。そしてそれにとどまらず大規模な地割れを引き起こし、魔物達を地面の遥か下に引きずり落としてから地面を塞ぎ潰した。
そしてヒカルも二本のカタナをカンナギから受け取り駆ける。触れただけで圧殺されそうな金棒を振り回す魔物にその真価を発揮させることなく神速の斬撃で首を刎ねる。魔物達は彼女に群がり潰そうとするがことごとく返り討ちに遭う。
しかし一般兵は苦戦していた。翼の生えた魔物は太陽を背にして槍を投げ、新兵達を撃ち抜いていく。
「カンナギ、ありったけの剣を出せ!」
「わかったぜ」
カンナギはカタナを大量に生成して地面に生やす。それをヒカルは一本一本掴んでは空中にいる魔物に向かって投げ、急所を刺して撃ち落とした。怒り爆発による身体能力の強化があってこそできる芸当であった。
次々と敵を殲滅するヒカル達。しかしいかんせん数が多かった。
「ダート、こんなところで足止めを食っていたら革命広場に辿り着けないぞ」
「どうも敵の主力部隊を投入されているようだ。我々は警戒されている。もしくはお前がだ、ヒカル」
「ノブレス将軍からの伝達です。ここは我々に任せてダートさん達は先に進んでくださいと」
姿は透明化によって見えないがゲルの声がした。
「行くか?」
「ああ、ダート中隊は私と共についてこい!」
「ならば道は私が切り開こう」
ヒカルが先頭で敵を斬り倒しながらダート達は敵陣を突破する。だがその先にも魔物達が待ち構えていた。
「ここは通さねえぜ、命に代えても」
下位の魔物を操るベルセブブの異能、蠅騎士団によって彼らは忠誠心を高められていた。
「次から次へと……私の狙いはベルゼブブだ。雑魚に構っている暇はないのだが」
ヒカルは弾丸のように飛び出し、二刀流で首を狩る。それはさながら戦場の死神であった。修行を重ね人の身で剣聖の域に達した彼女が魔王と契約して異能の力を得た今、止められる者はいなかった。
革命広場の断頭台の上に留まっているベルゼブブに大蛇に乗ったアスタロトが戦況を報告しに来た。
「ベルゼブブ様、人間共は三手に分かれてここへ向かって侵攻中です。おそらくベルゼブブ様を狙っているのかと。ベルゼブブ様の命令通りヒカル・シルバーソードのいる部隊に戦力を集中させて足止めさせていますが……ここを離れますか?」
「いや、そんなことはしない。ここに来るというならその挑戦、受けて立とうではないか。三手に分かれた部隊を時間をずらして引き入れて各個撃破する」
「わかりました」
「アスタロト、お前は伏兵を準備せよ。期を見て儂と挟撃をかける」
「はっ」
アスタロトは革命広場から離れていく。それと入れ替わるようにしてアクアが率いる軍勢が革命広場に辿り着いた。
「どうやら私が一番乗りのようですね……」
途中でフレイやダートと合流する計画だったができず、ひとまず革命広場に本当にベルゼブブがいるかどうかの確認を独自判断で行うことにしたアクアだった。しかしかの魔王がいた場合、戦闘は避けられない危険な行為でもあった。
「ベルゼブブだ……」
「アクア様……」
「本当に勝てるのか……?」
これまで魔物達の戦いを乗り越えてきた兵士達も国を滅ぼした魔王ベルゼブブを前にして動揺する。
ベルゼブブは兵の先頭にいるアクアを見てほうと一本の手に顎を載せた。
「見たことのある顔だな。いつぞやの四人組の異能者の一人だろう」
「覚えていましたか。私はアクア・アラミスです。あの時の借りを返させてもらいます」
昂る感情を抑えてあくまで丁寧な口調でアクアは言った。ベルゼブブは断頭台から飛び立つ。
「アクア、そなたの能力が何だったかまでは覚えておらぬ。だがそれはいい。何故ならそなたは今から儂の地獄の火炎を受けて死ぬからだ」
ベルゼブブは口から猛烈な勢いで炎を吐いた。放射状に広がり革命広場を覆い尽くさんとする。それに対しアクアは自軍を包み込むように厚い水のバリアを張り、火炎放射から兵士達を守った。
「そうか、水を操る能力だったか」
「お生憎様。時間を稼がせてもらいます」
アクアは水のバリアを維持しつつその水を使って鉄砲を撃つみたいにベルゼブブに向かって高速で放水した。蠅の魔王は飛び回りながらこれをかわす。かなり俊敏だ。
「地獄の火炎が効かぬならば他の手を打とうぞ。喰らい尽くせ、葬送蠅」
ベルゼブブは羽根から大量の蠅を放出した。生き物に憑りつき灰へと変えるという恐るべき蠅だ。それが雨のように降り注ぐ。しかしそれらは水のバリアを突き抜けることはできなかった。蠅は泳ぐことはできないからだ。
だが構わずベルゼブブは葬送蠅を散布し続ける。
「愚かですねベルゼブブ。あなたの異能は私には効きません」
「それはどうかな」
ざぶんと水のバリアを突き抜ける音がした。ベルゼブブ本体が侵入したのだ。大量の蠅は目くらましに使ったのだ。アクアはしてやられたと思って水のバリアを一人一人に張っていくが遅い。魔王の羽根から葬送蠅がぶわっと射出されて辺りを飲み込んだ。
「うわ、ああああ、嫌だあああああああ!」
兵士達は全身蠅に覆われると体が崩れていき、灰になって風に攫われていく。世にも恐ろしい光景だった。この即死攻撃を水のバリアで逃れた者もベルゼブブに直接その発達した四本の腕のうちの一本で首根っこを掴まれ、首をへし折られて殺された。
とてもじゃないが敵わない。ここは一旦退いてダート達と合流して立て直さなければ。馬を使って逃げるアクアにベルゼブブの魔の手が迫る! 死を覚悟したその時。
「アクアー!」
フレイの叫び声が聞こえた後、猛烈な勢いで業火が吹き付けられた。アクアは水の膜に覆われ無事だった。一方ベルゼブブは飛び上がって回避し、命を狙っていた彼から距離を置かざるをえなかった。
フレイの率いる部隊が革命広場に到着した。アクアは命を救ってくれた仲間に悪態をつく。
「味方ごと攻撃するなんてどうかしてるんですかあなたは!」
「いや、アクアは水で防御してただろ? だからいいかと思ったんだよ! 結果オーライだろ!」
「はぁ、昔からあなたのそういうところが……いえ、今は不問にします。まずはベルゼブブを倒さなければ」
「だな! 燃えてきたぜバーニング!」
フレイは火炎放射で葬送蠅を焼き払っていく。その間にアクアは彼の引き連れてきた兵士一人一人に水のバリアを張っていく。
「動かないでください、その水の中にいれば蠅を通しません。ベルゼブブを狙って撃て!」
「はい!」
兵士らはベルゼブブに集中砲火を浴びせる。しかし大半はかわされ、当たっても平気な顔をして飛んでいた。
「効いていない? 化物か!」
「小癪な人間共よ。そんな豆鉄砲で儂を倒すことなどできんというのに。喰らえ葬送蠅!」
ベルゼブブはまた空を覆い尽くすくらいの大量の蠅を放出する。アクアが一人一人に水のバリアを張っていく速度よりも、フレイが火炎放射で迎撃する分よりも、物量で勝っていた。無防備な兵士達が哀れ蠅に覆われ犠牲になっていく。
「クソ! 蠅が多すぎる!」
「私の能力でどれだけの人間を守り切れるか……正直限界が近い……見捨てるしかないというのか……」
「こうなりゃ奥の手だぜ」
フレイは両手をかざし、掌から炎を発射する。それで味方の兵士にたかろうとする葬送蠅を焼き払った。しかしアクアは血相を変えた。
「フレイ! そんなことをしたらあなた、手が焼け爛れますよ! やめなさい!」
「そんなこと言ってる場合じゃねぇぜ! やるしかねぇだろ!」
「しかし……」
言われた通りフレイの手が焼け爛れ指が溶け始めていた。このまま火炎放射を続ければ手がなくなってしまうだろう。それでも彼は構わなかった。仲間の命を救う方が大事だった。それは四聖として生まれてきた時から持っていた使命感でもあった。
二人の会話を耳にしていたベルゼブブはフレイの行為を目にして言った。
「追い詰められた人間は時に捨て身の行動を取る……それは怖い。何をしてくるかわからないからだ。だから儂は全力で応えよう」
太陽を蠅の群れが覆う。ベルゼブブは葬送蠅で空間を埋め尽くす。先程までは余力を残していた。これが魔王の全力。とてもちょっとやそっとの炎で消せるものではなかった。
「こいつは……」
「無理です……」
アクアは絶望する。だがその時だ。馬の蹄の音と足音が近づいた。ようやく革命広場に彼らが到着した。
「アクア、フレイ、無事か?」
「ダート!」
「遅かったじゃねぇか!」
「すまない、敵の主力を相手にしていたようだ。突破に時間がかかった。フレイ、どうしたその手……まさか異能を使ったのか?」
「ああ、猫の手も借りたい状況だ。見てみろよ」
「そのようだな……」
ダートは最悪な状況を把握する。アクアの率いていた軍は壊滅状態。フレイの方も損害が大きい。その上あれだけの葬送蠅で襲われたらひとたまりもない。
「ありゃヤバすぎるぜ、ヒカル」
ダートと共に来たカンナギがヒカルに声を掛ける。だが彼女はただベルゼブブだけを見据えていた。
「ようやく会えたな、ベルゼブブ」
「そなたがヒカル・シルバーソードか。あの時大空洞にもいたよな」
意外なことをベルゼブブが口にしたのでヒカルは感心する。
「ほう、私のことを覚えている魔王はお前が初めてだ。他の魔王は見下して私のことなど眼中になかったからな」
「儂は人間を見くびらない。故に儂の負けはない」
「ふん。その手に持っている人間の左腕は、セイラの……ドラゴンに変身していた娘の遺体か?」
「これか」
ベルゼブブは右の二本目の手に持っている人の左腕を見せつけた。
「そうだ。これが欲しいのだろう? 力づくで奪ってみせよ」
「そうさせてもらう。カンナギ、物干し竿」
「あいよ」
ヒカルは自分の身長より長い、魔王を殺すためのカタナを掴んで構える。
「ダート、奴に近づきたい。足場を頼む」
「承知した。しかし奴に近づけるか? この状況で」
ダートは周りの葬送蠅の大群を見て言った。ベルゼブブはフハハと貫禄たっぷりに笑う。
「ここでそなたらは死に、儂は星の光を吸って、永遠に生き続けるのだ!」
ベルゼブブは自らが展開した葬送蠅を纏う。蠅の大群が魔王の手となり足となり羽根となり、体高約60メートルの超巨大な蠅の王となった。
これだけの数の葬送蠅に覆われていたらベルゼブブ本体を斬ることなどできはしない。近づくだけで蠅達にたかられ、灰と化すからだ。
「こいつはどうしようもないだろ……」
カンナギはあまりのスケールの大きさに眩暈を覚えた。超巨大蠅の足が踏み下ろされる。ヒカルは走ってそれをかわす。だが葬送蠅の大群は広がって追いかけてくる。
ヒカルは追い詰められたかと思いきや、火炎放射が葬送蠅を焼き払った。フレイは一旦火を吐くのをやめて大声で叫んだ。
「ヒカル! 小さい蠅共は俺がなんとかする! 目の前に何もなくなったなら、ただ宿敵に向かって走れ!」
フレイは大きく息を吸い込むと、全身の毛穴から火を放出した。それは一見ただ火達磨になっているようだったが、炎は超巨大蠅に向かっていきその蠅でできた体を焼く。
「人間の意地ってもんを見せてやるぜ! ベルゼブブ!」
「やめろフレイ! 限界を超えた異能の使い方をしてはその身をも焼き尽くすぞ! そんなことはやめろ!」
動揺のあまり素の口調でやめるよう呼びかけるアクア。だがフレイはここで自分の命を使い切っても構わないと思っていた。
無敵と思われた超巨大蠅は燃え盛り、崩れていく。
フレイは燃え尽きて灰になる。炎の消え去った後に現れたのは、澄み渡る青空だった。
焼け焦げていたがベルゼブブは生きていた。ヒカルは憎き魔王に向かって全速力で走る。ダートが地面を隆起させ、空中の目標に届くための滑走路を作った。
「ぬう!」
ベルゼブブはヒカルに向かって地獄の火炎を口から吐く。
「いけない!」
炎がヒカルに届く前にアクアが水の壁を作って防いだ。
「ここで決める!」
炎と水がせめぎ合う境界をヒカルは思いっきりジャンプして飛び越え、ベルゼブブの頭上を取り、反撃される前に一閃を発動しつつカタナを物凄い速さで振り下ろす。だがカタナはすんでのところで止まった。咄嗟に蠅の魔王は二本の手で刀身を挟み押さえつける……所謂白刃取りしたのだ。
「勝った! 儂が一枚上手だっ……た? 馬鹿な……」
ヒカルの斬撃は音速を超えていて刀身から衝撃波が発生し、それによってベルゼブブは裂かれた。
落ちながらヒカルはベルゼブブからセイラの左腕を奪い取る。そしてダートが隆起させた地面に着地する。地面はゆっくりと陥没して元の高さに戻った。
「セイラ……私はまた一つ仇を取った。これで半分だ。あと半分でお前の体も取り戻してやれる……」
ヒカルはセイラの左腕を抱きしめる。その後ろでどす黒い血に塗れながら崩れゆくベルゼブブが言う。
「そう上手くいくかな……今レヴィアタンとマモンが南洋諸島を攻め滅ぼしに行っておる……その次は西洋……最後は東洋の島国ジャポニカ……」
「なんだと!?」
「そなたらに止められるかな? 最後に勝つのは人間か魔王か、今度こそ決めようではないか……」
その言葉を最期に暴食の魔王はドロドロに溶けて絶命した。その瞬間から蠅騎士団の異能による支配が解け、魔物達のベルゼブブへの忠誠心が消えた。アスタロトは伏兵で革命広場に集まったフェニクシア軍を主と挟み撃ちにするつもりだったが心変わりし、部下達に命じた。
「クソッタレベルゼブブは死んだ! 奴の負け戦にこれ以上付き合う義理はない! 我々は我々の聖地へと帰ろう! 私に続け!」
アスタロトに率いられて魔物達はザクスから撤退を始める。
その動きを察知したゲルはダート達に伝えるため革命広場に向かった。しかし広場に入るとベルゼブブを倒したというのに重い空気が漂っていた。
「フレイの馬鹿! 単細胞! なんでこうなることがわかって、こうできてしまうんです! あなたのことが理解できませんよ!」
アクアはダートの胸にもたれて泣いていた。そんな彼を四聖のリーダーは優しく頭を撫でる。
「あいつは自分がすべきだと思ったことを即座に判断し実行できた。それが自分の命と引き換えの行動であってもだ。あいつは馬鹿だがとても勇気のある男なんだ。四聖の誇りだよ」
一方でカンナギはヒカルに突っかかっていた。
「次の目標はジャポニカって、こんなところで悠長してる場合じゃないぜ! 今すぐジャポニカに行かないと!」
「どうやってジャポニカに行く。港まで行って船か、それで何日かかる? そんなすぐに行けないのはわかるだろ。どうせ時間がかかるなら準備した方がいい」
「しかしだぜ、今喋ってる間に侵略されてたら」
「水でも飲んで落ち着け」
ヒカルは水筒をカンナギに差し出す。意固地になってぷいっとそっぽ向いて拒否するが、無理やり手に持たせられる。仕方なく水を飲んだ。
「はぁ」
「落ち着いたか? ベルゼブブはジャポニカは最後だと言った。まだ余裕はある。魔王と戦うなら確実に勝つ算段を立てなければならない。四聖はジャポニカに連れていくぞ」
「マジか」
「あのう、ボス……」
ゲルは思い切って会話に割って入る。すると突然の声にヒカルもカンナギも驚いた。
「なんだ、ゲルか。いたのか……どうしたんだ?」
「敵が撤退していきます、理由はよくわかりませんが……」
「どういうことなんだぜ?」
「さぁ、俺には……でもベルゼブブを倒したんですね! そのせいなんですかね」
「ベルゼブブには魔物を操る異能があった、ベルゼブブを倒せば魔物は言うことを聞かなくなり、逃げた……こう考えると辻褄が合う」
ダートが推理すると皆納得した。そしてこれは幸運であった。今戦っているのはたんに暴れたいだけの魔物のみでそいつらを倒せばザクス奪還はなるのだから。
「アクア、いつまでも悲しんでいられない。今は残党狩り部隊を編成し、ザクス奪還を完遂させることだ」
「ダートがいつも冷静で助かります」
部隊を再編成しアクア・ダート・ヒカルがそれぞれの部隊の中心となった。
ダートは葉巻を取り出し、辺りをキョロキョロする。
「フレイ、火を点けてくれ」
「ダート、フレイは……フレイは死にました」
「そうだったな……」
葉巻をくしゃくしゃに丸めて捨てるダート。そんな彼を見てアクアはいたたまれなくなった。四聖のリーダーとして人前では感情を抑えているが実際には相当心に来ているのがよくわかって。
それ以来、ダートは葉巻を吸わなくなった。
次回「いざジャポニカへ」




