8. 勝てる勝負は大好きです!
「覚悟しろよ、ババア~っ。咒文が効かねえなら、めちゃくちゃ弱らせて存分に効くようにしてやるぜ~っ」
時男が闘牛のように鼻息を荒くする。
「ちょっと、大丈夫なの!?」
「あれは痛いだろうな……。男にしか分からん……」
雛は心配し、響斗は顔を青くした。
「お前ら、二人とも手を出すなよっ。アソコの敵は俺がとるっ!!」
「なんかカッコわるっ!」
時男が引き気味の二人を片手で制し、そのまま茂左衛門に声をかける。
「起きろ、茂左衛門! 実戦で、あの二位一体の動きってのをするぞ!」
『うぅっ、痛てて。ホントに潰れたかと思ったぜ~。あのババア、ふてえ野郎だっ』
「聞いてるのかっ? この動きだけは、さんざん一緒に訓練したんだっ。できるだろ!」
『ああ、なんとかやってみるよ。とにかく魂帯が見えないように、お前にくっついて同じ動きしてりゃいいんだろっ』
「そうだっ、しっかり俺と同じ動きをしろよ! 離れちまったら、すぐに魂帯が無防備になっからな! いくぞっ!」
『承知!』
――ダッ!――
時男が老婆に向かって走りだすと、茂左衛門も同時に走りだした。
茂左衛門は時男と半分重なって、全く同じ動きをしている。
「へえっ、やるじゃん! 赤星さんと半蔵さんみたい! しかもけっこう速い!」
その見事な動きに、いつも馬鹿にしている雛でさえ関心の声をあげた。
「だろおっ! このまま鍬でたたっ斬ってやるぜえ!」
時男が老婆に向かって跳躍し、右手を大きく振り上げる。
すると、茂左衛門も跳躍し、鍬を握る右手を振り上げた。
『くっ!』
老婆が、地面を蹴って後方に飛び退る。
「あめえっ!」
――タッ、ダッ!!――
時男たちは一旦着地し、老婆に向かってもう一度地面を蹴った。
『なっ、なにいっ!』
「もらったあ!!」
焦る老婆に対し、時男の右腕が勢いよく振り下ろされる。それは、茂左衛門の鍬が振り下ろされるということでもあった。
しかし、鍬が老婆に当たることはない。
――バシィィーーーーンッ!!――
その瞬間、人の手の形を成す物体が現れ、時男と茂左衛門が叩き落とされたからである。
時男の身の丈ほどもある巨大な手は、黄金色に輝いており、不気味に浮遊している。
「時男!!」
――フッ……――
響斗が叫ぶのと同時に、この黄金の手は消え去った。
「くっ、今、いったい何がっ……」
うつ伏せで倒れていた時男が、痛みを堪えながら顔を上げる。
「ふっ、レベルの低い霊能者だな」
そこには、この場にそぐわない少女が立っていた。
冷たい目つきで時男を見定めた後、老婆に声をかける。
「せっかく集めた奴隷どもを逃がしやがって。婆さん、遊んでるんじゃないんだぞ。あいつらがいないと、早くあれを探せないだろうがっ」
『どっ、道満さまっ。来てくださったのかっ。こりゃ、ありがてえ』
老婆は、道満という少女を見て、年甲斐もなく目を輝かせた。
「使えない奴なら、お前も霊界に送るからな」
『あぁ~っ、すまねえ道満さまっ。また幽霊どもを集めますから堪忍してくださいませ~』
傲慢な老婆が、年端もいかない少女に頭を下げ、必死に謝罪する。
「ふん、まあいい。とにかく、こいつらを始末するか……。いつの時代も、正義を重んじる霊能者は邪魔にしかならん」
そう言うと、道満はすっと右手の人差し指と中指を立て、顔の前にもってきた。
「なっ、なんか、このお嬢ちゃん怖くない!? ってか、こんな所に少女がいるだけでめっちゃ不気味!」
道満が何かをしようと構えた瞬間、時男が立ち上がって雛と響斗に話しかける。
(……ん?)
道満のほうは、時男よりも自身の後方に気配を感じたらしく、動きを止めた。
「バカっ。ただの女の子じゃないわよっ。この子、完全に憑依されてるってば」
「しかも、かなり上級の悪霊にな。ドス黒い空気が、抑えておけずに口から漏れだしているっ」
雛と響斗が順に答え、時男が「えっ?」と再び道満を凝視する。
確かに、道満の口から悪霊特有の黒い光が漏れだしていた。
「そっか……。それならそれで話が早いっ。今度悪霊に出くわしたら、必ず俺の手で成仏させるって決めてたからな! やるぞ、茂左衛門!」
『だからあ、俺は嫌だって言ってんじゃ……ん? いや、やるぜ相棒! 俺の底力を見せてやる! さあっ来い、悪霊!』
いつになく茂左衛門がやる気を出して答える。
「んん?」
時男はこれをおかしく思ったが、道満の背後に目を向けると、すぐにその理由が分かった。
――スッ……――
道満の背後から、何者かが道満に密かに近づいていたのである。
これが西口からトンネルに入った隊外構成員たちであると、時男はとっさに気づいた。
すぐに茂左衛門に念話で話しかける。
(てめえ、だからいきなりやる気だしやがったのか……。三人も加勢が来たから、勝ち目があると踏んだんだろ?)
(勝てる勝負は大好きです! 特に楽に勝てる勝負が大好物です!)
(最低だ……。お前はやっぱり最低な……あっ!)
その時、隊外構成員たちが三人とも道満に飛びかかった。
無論、それぞれの背後には守護霊が出現している。全員が武士の守護霊であり、揃って刀を抜いていた。
「行けえっ。彼女ごと叩き斬れっ。悪霊だけが斬れるはずだっ!」
隊外構成員の一人が、他の二人とその守護霊たちに向けて叫ぶ。
この判断は、悪霊を相手にした戦いでは正しい判断だった。
なぜなら霊体が持つ刀は、霊体と同様、人間に接触できないからである。ただすり抜けるだけなのだ。斬れるとすれば、体内に留まっている悪霊だけである。
そういう意味では、的確な判断であった。
ただ、今回は相手が悪かった。
――フブォォォッ!!――
少女の口から、ドス黒い霧が勢いよく吹き出される。
その霧は、少女から離れるほどに本来の道満の形を成していった。
瞬時に出現した道満は、漆黒の浄衣に身を包み、立烏帽子をかぶっている。片手には数珠を握り、もう片方の手には黄金の刀を握っていた。
――シャシャシャッッッッ!!――
出てくるや否や、道満の刀が金粉を撒き散らしながら宙を舞う。
「ぎゃあああっ!!」
『ぐおぉぉっっ!!』
その瞬間、隊外構成員たちと守護霊たちの叫び声が上がった。
「俺たちの魂帯があぁぁぁっ!」
隊外構成員たちは、揃って魂帯を斬られたのである。
『うがぁぁぁっ……』
――シュフォォォォッッ!!――
彼らの守護霊たちが、苦痛の表情で消えていく。
「あ……がっ……かはっ!」
宿主たちは倒れ込み、白目を剥いて意識を失った。
「そっ、そんなっ……」
時男を含め、雛も響斗も魂帯を斬られた者を見たのは初めてだったため、衝撃で動きが止まる。
「これが……魂帯を斬られた者の末路なのか……」
「こんな、無残に……」
響斗と雛が、恐怖に支配されながら呟いた。
「……っ」
静まり返った空間で、皆が放心状態となっている。
『ちっ……』
そんな中でも、一人だけ冷静に舌打ちをする者がいた。
『なにいきなり堅くなってんだ。泥臭さをしらねえ奴らは、これだから参るぜ』
茂左衛門である。
『おいっ、こいつはやべえぞっ! 逃げろぉぉぉぉっっっっ!!!!』
茂左衛門は、恐怖で足が止まっていた三人に対し、いきなり雄々しく叫んだ。
「……はっ」
「……そうだっ」
雛に続いて、響斗が我に返る。
――ダッ!――
三人が一斉にトンネルの出口に向けて走りだした。
「何やってんだっ。お前も来いっ、茂左衛門!」
声をかけただけで動かぬ茂左衛門を、時男が立ち止まって呼ぶ。
『……へっ。真の男ってのは、本当にやばいときは逃げないんだよ』
「何言ってんだ! 消滅させられちまうぞ!」
『バカ野郎。咒文使われたら、人間のお前らもタダじゃすまねえだろうが。だから、しんがりは俺が任されてやるよ』
「お前……」
『いいから行けぇっっ!!』
「くっ! 魂帯だけは斬られるなよ! まだ別れには早いからな!」
時男は迷いつつも、茂左衛門を残して走りだした。
『……ああ、分かってるよ』
茂左衛門が、振り返って道満に目を向ける。
『おい、悪霊! 俺が相手をしてやる!』
『……ふっ。何を言い出すかと思えば。時間の無駄だな。俺は探したいものがあるんで忙しいんだよ。逃がしてやるから、そこをどけ下人』
『ここを通りたかったら、まずは俺を消滅させてみろよ!』
『勇ましいことだなあ、おい。たかが百姓の霊体が俺に敵うと思っ……ん? お前……』
その時、道満の侮蔑の表情が、ふと怪訝な表情に変わった。
そんなことは意に介さず、茂左衛門が叫ぶ。
『受けてみろっ、俺の最高の咒文っ』
そのまま、すぐに詠唱に入った。
『……いいだろう。気が変わった。受けてやるからお前の一番の咒文を見せろ』
道満が腕を組んで茂左衛門を待つ。
『…………』
『………………』
『……………………っ』
茂左衛門の詠唱は長く、三分が過ぎた頃、もどかしくなった道満が話しかけた。
『……おい、まだか?』
『……もう少しだ。焦んな』
『ちっ』
道満が舌打ちをして再び黙る。
しかし、それから二分も過ぎるとまた声を上げた。
『…………お前、いい加減にしろよ! どんな咒文を出そうとしてるんだ!?』
『ふっ。たった今準備が整ったぜ』
『やっとかっ』
『いくぞ!』
『こいっ!!』
茂左衛門が両腕を大きく広げ、道満は防御の構えを見せる。
『走れ言霊っ!! 走走走走!』
――ピューーーッ!――
茂左衛門は、振り向くと猛ダッシュで逃げだした。
『…………は?』
道満が呆気にとられ思考が止まる。
しかし、すぐに我に返って叫んだ。
『お前ぇ~~っ! 騙したな~~っ! 奴らを逃がすための時間稼ぎかっ!!』
『騙されるほうが悪いんだ、バーーカッ』
すでに遠くまで走っている茂左衛門は、尻をぺんぺん叩いて道満をコケにする。
『じゃあなーっ、悪霊っ!』
そう言うと、トンネルの外に消えていった。
『…………あの百姓め~~っ』
『だっ、大丈夫ですかな、道満さま?』
――キッ!――
『ひっ!』
老婆の幽霊が訊くと、道満が悔しそうな顔で老婆を睨みつける。
その後、茂左衛門が出ていったほうに視線を戻すと、顔を赤くして叫んだ。
『あの百姓、いつか必ず消滅させてやる~~~~っ!』
この上なく悔しそうな叫び、この道満の叫びは、長いトンネルにとてもよく響いたという。




