7. 政治家ぐらい何言ってるか分からん
桜との模擬戦から約一ヶ月後、この共闘で関係が深まった時男、雛、響斗は、揃って神奈川県の某トンネルに来ていた。
このトンネルで、あまりにも幽霊の目撃報告が多かったからである。このうちの二つは自動車事故にまで発展しており、そのため国からMISTに調査要請が来たのだ。
トンネルの東の入り口からは時男たちが、西の入り口からは別の隊外構成員たちが、それぞれ三人一組でトンネルの中心に向かって歩いている。
ちなみに幽霊というのは、悪霊ほど危険視されている存在ではない。そのため、隊員でなく隊外構成員だけで対応することとなったのだ。
「うぅっ、痛ててて……。また筋トレしすぎた。体がまさに阿鼻叫喚……」
トンネルの奥に向かいながら、時男が腕をさする。
「また無理な筋トレしたんでしょー。バカだね~」
「うるせぇ、俺は分かったんだよ。強くなるためには、守護霊に頼るんじゃなく、まず自分を鍛えなきゃダメだってな」
小馬鹿にする桜に対して、時男は口を尖らせて言い返した。
そこに響斗も入ってくる。
「体を鍛えるのは良いことじゃないか。だが霊能者が強くなるためには、それだけじゃダメだろ?」
「分かってるよ。だけど、まずはできることからしてーんだ」
「ふむ……できることねえ。じゃあ、まずは後ろでおどおどしている守護霊をどうにかしてくれ。こっちまで怖くなってくる」
そう言いながら、響斗は時男の背後を歩く茂左衛門に視線を向けた。
茂左衛門はキョロキョロと警戒しながら、忍び足でついてくる。
「おめー、怖いなら体ん中に入ってりゃいーじゃねーかよー」
時男は呆れた顔で、情けなさそうに言った。
『バカ野郎! お前の中にいたら、いざってときにすぐ逃げれねえじゃねーかっ!』
「いや守護霊が宿主おいて逃げんじゃねーよ。せめて一緒にいろっ。最低限、体ん中にいろっ」
『嫌だっ! 幽霊だぞ! 怖いじゃねーか!』
「だからあっ、てめーも霊だろーが! いいから、さっさと体ん中に戻れ!」
『嫌なもんは嫌だ! ぺっぺっぺっぺっ!』
茂左衛門が、時男に唾を飛ばして反抗しようとする。
「うわっ、きたなっ! てめえっ、ぺっぺっぺっぺっ!」
時男も唾を飛ばし返した。
「……子供のケンカね。こんなに仲が悪い宿主と守護霊っているのかしら……」
「……日本中探しても、いないだろうな。ある意味、この二人はすごいんじゃ……んっ!?」
――ヒュ~~~~ッ――
雛と響斗が話していると、突然異常な冷気がトンネルの奥から吹いてくる。
『おや、いい男じゃないか~』
その瞬間、茂左衛門の耳元で誰かが囁いた。
『ぎゃあ~~~~っ!!』
「うわあ~~~~っ!!」
茂左衛門が叫ぶと、時男もつられて叫ぶ。
「なんだっ!?」
響斗が目を向けると、茂左衛門の背後に老婆の幽霊が立っていた。
『よっ、寄るな山姥っ。俺は食っても美味くねえぞっ!』
茂左衛門が老婆に向けて鍬を構える。
『なんだよ、つれないね~。あたしゃ取って食ったりしないよ~』
『うっ、嘘だっ。お前の容姿っ、昔、じいちゃんのいとこの友達の一三郎さんが言ってた山姥そのまんまだ!』
真顔で言いながら、茂左衛門は鍬をさらに老婆の前に突き出した。
「つまり、ただの知り合いな。あと、長男なのか三男なのかはっきりしろよ……」
横で話を聞いていた時男が冷静に呟く。
老婆のほうは、茂左衛門の言葉で顔をしかめた。
『けっ、せっかく仲間に入れてやろうと思ったのにさ』
『誰がお前の仲間になんかなるかっ。俺はれっきとした霊体だっ! 成仏できてない幽体とは違うんだよっ』
茂左衛門の言うとおり、霊体と幽体は違うものである。人が亡くなり、その者の幽体が成仏して霊界に行くと、そこではじめて霊体と呼ばれるようになるのだ。
「幽体?」
「幽霊のことよっ。未練や遺恨に縛られた可哀想な幽体たちを、アタシたちは幽霊って呼んでんじょないっ。そんなことも知らないのっ!?」
時男が訊くと、雛は早口で答えた。
「ああっ、そういやそんな話聞いたなあ。二番隊の京園寺さんが、指導してくれた時に言ってたわ」
「でしょうねっ! ちゃんと覚えときなさいよっ!」
「いや、覚えてることもあるって~。確か幽体って、霊能者じゃなくてもけっこう見えたりすんだろ? 遺恨があるから霊体よりも見えやすいとかなんとか……」
「そうね。それに幽体って、けっこうな確率で何年も何十年も同じ場所を彷徨ってるらしいのよ。だから刺激がなくてボケちゃう奴も多いみたいなんだけど、このお婆ちゃんは明らかに意識がはっきりしてるわね」
「確かに、元気に人間を食っちまいそうだもんな。死んでる人に元気っつーのもおかしいけど……」
話しながら時男が腕を組む。
雛のほうは、少し考えてから口角を上げた。
「この状況、これはこれでラッキーかもね。意識があるなら話が早いわ。いわゆる幽霊って、優しく相談にのってあげると、だいたいが納得して成仏するらしいから」
「ホントかよ~。そんなタマには見えねえけどな~」
「まあ、見てなさい。お婆ちゃん、どうしたの? アタシでよければ力になるよ」
雛が、笑顔で優しく老婆に話しかける。
『うっさい、ぱっつんブスっ。あんたにゃ用はないんだよ。ウチ帰って厚化粧の練習でもしてな!』
老婆は辛辣な言葉を吐きながら、親指を下に向けた。
「…………はいっ、このババアは力づくで成仏させることに決定っっっっ!!!!」
キレた雛が豪語して力強く構える。
『へっ、あんたらごときに成仏させられてたまるかってんだい! みんな出ておいで!』
――フォォン、フォォォォン、フォン――
老婆が言い返しながら呼ぶと、トンネルの壁や天井から次々と幽霊が現れ始めた。
「げっ! ジジイの幽霊たちも出てきたっ。もといっ、若いのもいるっ!」
「なんとっ。なぜ一カ所にこんなに幽霊が集まってるんだ!?」
時男と響斗が左右を見渡しながら、驚きの声を上げる。
「確か遺恨を残したまま霊界に送ると、悪霊になりやすいのよね……。でも、そんなこと言ってられないわっ。蘭丸!」
――フォォォォンッ!――
二人と違い、雛は即座に戦闘態勢に入った。背後に出現した蘭丸が、すぐさま咒文を唱え始める。
「巴!」
『任せな!』
続いて、響斗も巴を呼んだ。
巴も同じように咒文の詠唱を始め、これで動いていないのは茂左衛門だけとなる。
「茂左衛門っ。あの二人が唱えてる咒文って、幽霊を霊界に送るやつじゃなかったかっ? あれって基本レベルの咒文なんだよなっ? なら、お前でもできんだろっ!」
時男も二人に遅れをとりまいと、茂左衛門に声をかけた。
『やったことはないけどなあっ。まあっ、前向きに検討して善処するよう努めるかもしれません!!』
「政治家ぐらい何言ってるか分からんがっ、とにかくやれっ!」
時男の言葉を機に、茂左衛門も咒文の詠唱を始めた。
茂左衛門の詠唱速度は意外にも早く、他の二人とほとんど同時に咒文を結ぶ。
『走れ言霊、幽葬昇天!!』
三人が、一斉に両手を幽霊たちに向かって突き出した。
『うぅあぁっっっ!』
『ぬおぉぉぉっっ!』
幽霊たちが、首元を引っ張られるように急上昇していく。
――シュウゥ……パァッッッ! パァッッ! パァッ!――
すぐに体が散失し、無数の光の粒子となって消え去った。
「うおっ、茂左衛門でもできたっ! 1ミクロンも期待してなかったのに!」
青白く輝く残滓を見ながら、時男が声を上げる。
『ミクロンってな、おめー。少しは期待しやがれ。俺が本気を出せばこんなも……げっ!』
茂左衛門はドヤ顔を見せていたが、すぐに顔を青くした。
『けっ、おめーら程度の魂力じゃ、アタシを霊界へ送れねーよ』
最初に現れた老婆の幽霊だけは、咒文が効かずにこの場に留まっていたのである。
「そんな……。咒文が効かないなんて、こんなことあるの? 初歩の咒文なんだから、蘭丸が間違えるはずないし……」
雛が眉間にしわを寄せて驚く。
時男のほうは、片眉を上げて老婆を見据えた。
「う~ん……」
それからひととき考えて、真顔で老婆に訊く。
「……なあ、ばあさん。あんたの遺恨って何なんだよ?」
『……あ? 何だい急に?』
「そんなに強い遺恨を残すなんて、普通の人生じゃねえだろ。騙されたと思って、ちょっと話してみ」
『……っ』
老婆は、時男の目を見据えたまま動かなくなった。
『おいっ、時男。そんなことしたって無駄じゃねえのか?』
「そんなことねえって。喋って楽になることって、やっぱあるからさあ」
『ホントかよ……』
「マジマジっ」
時男が茂左衛門と話しながら、無防備に老婆に近づいていく。
茂左衛門は、そんな時男に渋々ついていった。
『この婆さんにそんな常識が通じるとはとても……』
『ふっ、実はな……』
『ええぇっ!?』
茂左衛門の予想に反し、老婆が突然しおらしく話しだす。
『本当に恥ずかしい話なんだがよお、この上なく好きだった男に、こっぴどく裏切られたのさ』
「……ああ、やっぱこうなった原因があったのかあ。ほらな、茂左衛門。こうなったのには、こうなった理由ってのがあんだよ」
時男が諭すように茂左衛門の顔を見る。
茂左衛門はバツの悪い顔をして、老婆を見据えた。
『今となっては、もう遠い昔のことだけどねえ。あまりにショックで、それでつい……うぅ……ついアタシはっ……』
『なっ、なんじゃい婆さん、泣くなよ。まっ、まあ人生にゃ色々あるよな。なんか分からんが、さぞつらかっただろう』
茂左衛門が同情の面持ちで、老婆の肩に手を添える。
――ニヤッ――
その瞬間、泣いていたはずの老婆がほくそ笑んだ。
『チーーーンッッッッ!!』
言葉を効果音にして、茂左衛門の股間を蹴り上げる。
『と大事なとこを潰してやったのさーっ! ひひひひーっ!』
老婆の笑い声で、二人はやっと騙されていたことに気づいた。
しかし、時すでに遅しとはまさにこのことである。
『ぐほおぉぉぉっ!!』
「んぎゃあぁぁっ!」
茂左衛門が股間を押さえて転げまわり、感覚を共有する時男も股間を押さえて両膝をついた。
「時男!」
雛も響斗も、焦って時男のもとに駆けつける。
『ふんっ、アタシがガキに絆されるわけねーだろ。なに老人に優しいアピールしてんだ? 優先席かよっ? バッカじゃねーの~?』
老婆は鼻をほじりながら、時男を見下した。
「ぐ~~~~っ、うぉ~~~っ!」
あまりの悔しさに、時男が痛みを我慢して立ち上がる。
「はいっ、このババアっ、力づくで成仏させること確定っ!!」
時男は顔を真っ赤にして、大声で宣言した。




